(土田 陽介:三菱UFJリサーチ&コンサルティング・副主任研究員)

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 3月8日欧州連合(EU)の執行部局である欧州委員会は「リパワーEU」と名付けた政策文書を発表した。この中で欧州委員会は、2030年までにロシア産の化石燃料の利用をゼロにするという計画を明らかにした。具体的な手段としては、天然ガスの調達元の多様化と、化石燃料の使用量そのものの削減が掲げられている。

【関連資料】
◎「リパワーEU」(https://ec.europa.eu/commission/presscorner/detail/en/IP_22_1511

 EUは2021年時点で、天然ガスの輸入の45.3%をロシアに依存していた。この部分について、そもそもの使用量の削減とともに、非ロシア産のLNG(液化天然ガス)の輸入増、ロシア以外からのパイプラインによる天然ガスの輸入増で補うイメージである。LNGの輸入元としてはカタールや米国、エジプト、西アフリカなどが挙げられている。

 パイプラインによる天然ガスの輸入に関して、EUはアゼルバイジャンアルジェリアノルウェーなどを念頭に置いている。それ以外にも、再生可能な天然ガス(renewable natural gas)として知られるバイオメタンや水素エネルギーの利用を増やしていくことで、ロシア産の天然ガスからの「自立」をEUは図ろうとしている。

 本当にEUが2030年までにロシア産の化石燃料から自立できるかどうかは定かではないが、こうしたEUの意向に呼応する動きも出てきた。例えば、西アフリカナイジェリアはその筆頭とも言える存在だ。ナイジェリアはすでに世界有数の産油国だが、開発次第ではさらなる石油やガスの採掘が可能になると期待されている。

ガスが欲しいヨーロッパ、投資が欲しいアフリカ

 ナイジェリアのシルヴァ石油相は3月25日、首都アブジャでEUの高官と会談を行い、EU向けに天然ガスの供給を増やす意向があると表明した(下記参照)。一方でシルヴァ石油相は、英国のシェルやイタリアのエニ、フランスのトタル・エナジーといったヨーロッパの石油・ガス大手企業に対してナイジェリアへの投資を増やすように要請した。

【関連記事】
Nigeria offers to plug EU’s Russian gas supply gap(https://www.euractiv.com/section/energy-environment/news/nigeria-offers-to-plug-eus-russian-gas-supply-gap/

 ナイジェリアは隣国ニジェールアルジェリアとともに、ヨーロッパに天然ガスを供給する「トランスサハラ・ガスパイプライン(TSGP)」の建設で合意している。こうしたプロジェクトなどに必要な資金を、ナイジェリアはEUから引き出したいわけだ。ロシア産天然ガスからの自立を図るEUとしても、そうした投資は必要経費だろう。

 アルジェリアの国営石油・ガス会社ソナトラックも、アルジェリアイタリアを結ぶパイプライン「トランスメッド」を通じEU向けに供給を拡大する意向を示している。そのソナトラックはイタリアのエニとアルジェリアで積極的な油田開発にも取り組んでおり、3月20日には東部ベルキーヌで大規模な油田を発見したと発表した。

 なおEUは2月下旬、アフリカ連合(AU)向けに1500億ユーロ超のインフラ投資計画を発表している。アフリカ諸国の脱炭素化とデジタル化を支援することを目的としているが、こうした機運もまたヨーロッパ勢によるアフリカ向け投資の加速につながり、天然ガス開発プロジェクトに対する投資の増加につながるかもしれない。

パイプライン経由地として浮上するトルコとEUの関係

 アフリカと同様に、トルコもまたEUにとって戦略的な重要性を強めている。アゼルバイジャン産天然ガスを総延長3420キロの「南部天然ガス輸送路(SCG)」を通じてヨーロッパに輸送するうえで、トルコがその中継地点となるためだ。EUがSCGを通じて安定的に天然ガスを得るためは、トルコとの関係改善は不可欠である。

 SCGはアゼルバイジャントルコを結ぶ「南コーカサス・パイプライン(SCPX)」とトルコ国内を縦断する「トランスアナトリア・パイプライン(TANAP)」、さらにギリシャからアルバニアを経てイタリアに至る「トランスアドリア・パイプライン(TAP)」からなる。2020年末に3区間の全てが接合し、稼働を開始している。

 またSCGは、ギリシャ北東部の都市コモティニでインターコネクター/ギリシャブルガリア(IGB)とも接続し、中東欧諸国にも天然ガスを供給する。供給量はトルコ向けに60億立米、またヨーロッパ向けに100億立米であり、ノルドストリーム2(550億立米)には劣るが、かなり大きな天然ガス輸送プロジェクトである。

 近年、EUは強権的なトルコに対して厳しく接してきたが、一方で関係改善への道を模索してきた。こうした中で生じたEUとロシアとの関係悪化が、EUとトルコの関係改善を推し進める力になりそうだ。EUとの関係改善は、2023年6月に国政選挙を控えるトルコエルドアン政権にとっても追い風と言えるかもしれない。

EUは現実的な外交スタンスに転じることができるか

 2030年までにロシア産の化石燃料の利用をゼロにするという欧州委員会の計画はかなり野心的であり、本当に実現できるかどうか分からない。そうしたEUの足元を見透かすかのように、ロシアプーチン大統領3月31日、天然ガス貿易の決済をルーブルに限定する法案に署名するなど、EUを中心とする国際社会に揺さぶりをかける。

 そうは言っても、EUの「脱ロシア」を見据えた動きは不可逆的であろうし、現にそれを前提にEUと関係各国との関係は大きく変わろうとしている。こうしたEUにとっての「脱ロシア」シフトが上手く行くかは、EU側のスタンスにかかっている。つまりEUが実利的な志向を強めることができるかどうかということだ。

 執行部局である欧州委員会は経済的なメリットを重視するが、立法機関である欧州議会は法の支配や基本的人権、民主主義といった価値観を重視する。アフリカの国々やトルコが、そうしたEU流の価値観を直ぐに受け入れるとは限らない。そこにこだわり過ぎると、アフリカトルコとの関係深化は難しくなる。

 とりわけ、アフリカには政治的・社会的に未成熟な国が多く、法の支配や基本的人権、民主主義といったEU流の価値観を受け入れるまでにはまだ相当の時間がかかると考えられる。欧州委員会を中心とする実利的な立場でEUがアフリカトルコなどにアプローチできるかどうかが、EUの「脱ロシア」の成否を握るカギになると言えるのではないか。

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