(湯之上 隆:技術経営コンサルタント、微細加工研究所所長)

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戦争による半導体産業への影響

 ロシアによるウクライナへの軍事侵攻が始まって1カ月以上が経過した。世界経済は深刻な影響を受けており、半導体業界も例外ではない。

 この戦争によって、ロシアウクライナも、複雑に入り組んだ半導体産業のサプライチェーンの一端を担っていることが明らかになった。

 まず、2022年2月28日の「EE Times Japan」の記事「ロシアのウクライナ侵攻が半導体市場に与える影響は」によれば、ウクライナは、ネオン(Ne)、アルゴン(Ar)、クリプトン(Kr)、キセノン(Xe)などの希ガス(レアガス)の供給国であるという。

 また、米国の市場調査会社「TECHCET」が2022年2月1日に発表した“Supply-Chain Threats from Russia-US Tensions”によれば、ロシアは半導体向けエッチングガス「C4F6」の供給国であり、米国市場では年間8万トンを消費しているという。

 さまざまな希ガスもC4F6も、半導体の微細加工に必要不可欠なガスであり、これらの供給が止まって、半導体工場などから在庫が無くなれば、半導体製造ができなくなってしまう。このような事態はこの戦争が起きて初めて発覚したことであり、筆者も驚いている。

 その後、新聞や半導体の専門誌の報道などにより、ただちに半導体製造が止まるわけではないことが分かってきた。しかし、戦争が長期化したり、たとえ戦争が収束しても、ロシアウクライナのガス工場が稼働しなければ、世界の半導体産業に深刻な影響が出ると思われる。

 特に筆者は、C4F6の影響を心配している。というのは、希ガス(特にネオン)については、その影響や代替案などについての報道があるが、C4F6についてのニュースは何一つなく、したがって、先行きの見通しが立たないからだ。その前に、C4F6が半導体製造のどこにどのように関わっているかの報道もない。

 そこで本稿では、まず、半導体の微細加工について簡単に説明する。次に、種々の希ガスが半導体製造にどう関わっているかを論じる。さらに、C4F6が半導体製造のどこに使われているかを詳述する。

 結論を先に述べると、C4F6の供給が止まり、半導体工場の備蓄もなくなると、(特に米国で)半導体が全くつくれなくなる可能性がある。事態は極めて深刻であると言わざるを得ない。

半導体の微細加工の原理

 図1に、半導体の微細加工の原理を示す。図1から分かるように、半導体の微細加工は、大きくリソグラフィ工程とエッチング工程から構成されている。

【本記事は多数の図版を掲載しています。配信先のサイトで図版が表示されていない場合は、JBpressのサイト(https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/69603)でご覧ください。】

 まず、リソグラフィ工程では、シリコンウエハ上に加工したい薄膜を成膜し、その上に、コーターと呼ばれる製造装置で感光性材料のレジストを塗布する。そのレジストに、回路パタンが形成されたレチクルを介して、露光装置の光を照射する。すると、光が照射されたレジストが化学反応を起こし、現像液で溶けやすい性質に変化する。そこに、デベロッパと呼ばれる装置で現像液をかけると、光照射で変質したレジストが溶解し、レジストパタンが形成される(これは「ポジ型レジスト」と言われるケースであり、逆に露光した部分が残る「ネガ型レジスト」もある)。

 この一連のプロセスを、リソグラフィ工程と呼んでいる。リソグラフィ工程では、如何に微細なレジストマスクを形成するかが課題となる。

 リソグラフィ工程の次は、エッチング工程に移行する。半導体製造において、エッチングする材料は、シリコン、各種のメタル、絶縁膜の3種類ある。そして、エッチング工程の60~70%が絶縁膜を対象としている。読者はこのことを記憶に留めておいていただきたい。

 さて、エッチング工程では、材料ごとに最適なガスによるプラズマを形成し、そのプラズマから発生する反応種(ラジカル)とイオンによって加工を行う。そして、エッチング後に不要となったレジストマスクは、酸素プラズマにより、灰化(アッシング)して除去する。

 プラズマによるエッチングとアッシングの一連の工程により、パタンが形成される。このエッチング工程では、如何にまっすぐ加工するかが課題となる。

露光装置の原理

 リソグラフィ工程では、如何に微細なレジストマスクを形成するかが重要であると述べた。そして、露光工程での解像度は、レイリーの方程式「R=k1×λ÷NA」で決まる。ここで、λは光の波長、NAはレンズの開口数である。

 このレイリーの方程式から、解像度Rを小さくする方法の一つは、光の波長λを小さくすればよいことが分かる。実際、露光装置の歴史は、光源の光を短波長化する方向に進化してきた(図2)。

 1980年過ぎには水銀ランプから出るg線(436nm)やi線(365nm)を使っていたが、1990年代に入ると波長248nmのKrFエキシマレーザーを光源とする露光装置(KrF)が登場し、2000年過ぎには、波長193nmのArFエキシマレーザー光源の露光装置(ArF)が開発された。このArFは、レンズとウエハの間に水を入れるArF液浸として延命された(ArF液浸と区別するために、水を入れない露光装置をArFドライと呼ぶ)。さらには、2019年には、波長13.5nmのEUV露光装置が量産に適用されるようになってきた。

 さてここで、今回の戦争の影響を大きく受ける露光装置は、KrF、ArF、ArF液浸である。読者の中には、最先端の露光装置EUVが量産適用されるようになったら、全てがEUVになると思っている方もおられるかもしれないが、実際は、そうはならないことを以下で示す。

2020~2021年のASMLの露光装置の出荷台数

 露光装置市場の約90%を独占しているのがオランダのASMLである。そのASMLの2021年第4四半期の決算報告書によれば(図3)、2021年にASMLが出荷した露光装置の台数は、i線が33台(34台)、KrFが131台(103台)、ArFドライが22台(22台)、ArF液浸が81台(68台)、EUVが42台(31台)だった(カッコ内は2020年の出荷台数を示す)。

 例えば、現在、TSMCの最先端5nmプロセスで製造されている米AppleのiPhone用プロセッサであっても、EUVも使うが、ArF液浸、KrF、i線も使っている。つまり、最先端の半導体であっても、露光装置の全てがEUVというわけではなく、i線、KrF、ArF液浸などをまんべんなく使っているのである。

戦争の影響をどう受けるのか?

 KrF露光装置は、その光源にKr(クリプトン)を使う。また、ArFドライやArF液浸露光装置の光源には、Ar(アルゴン)を使う。そして、ASMLに光源を供給しているのは、米Cymerと日本のギガフォトンの2社である。したがって、これら光源メーカーが、KrやArを入手できなくなったら、光源を生産することができなくなる。

 また、KrFとArFエキシマレーザーには、バッファガスとしてNe(ネオン)を用いている。そのため、光源メーカーがNeを入手できなくなっても、やはり、光源を生産できなくなる。

 ここで、2022年3月15日の野村証券のレポート『ネオンガス供給問題 有力メーカー2社操業停止』によれば、ウクライナの主要なネオンサプライヤーは、Cryoin、Ingas、Iceblickの3社で、この3社が世界の約70%を供給しているという(図4)。その上、今回の戦争で、CryoinとIngasの2社が操業停止となり、この2社の合計の世界シェアは約50%であるとのことである。

 Ne、Kr、Arのどれ一つ欠けても、KrF、ArFドライ、ArF液浸の各露光装置の生産に支障をきたす。そして、その影響はもっと広範囲に及ぶ。

定期的にメンテナンスを受ける光源

 まず、半導体メーカーがKrF、ArFドライ、ArF液浸の各露光装置を稼働させるに当たり、少量のNeを流し続けているという。したがって、半導体工場へのNeの供給が途絶えると、これらの露光装置を稼働させることができなくなる。

 加えて、KrFやArFの光源は、稼働を続けると、エキシマレーザーが「へたって」くる。そのため、光源メーカーに送って、定期的にメンテナンスをする必要があると聞いたことがある。その頻度は、正確には分からないが、1年に1回位は必要かもしれない。そして、そのメンテナンスには、当然、Neが必要になる。

 筆者の推定では、現在世界中に4000台位のKrF、ArFドライ、ArF液浸露光装置が稼働していると思われる。これらの露光装置が今後も安定して稼働を続けるためには、Neの供給が必要不可欠になる。

 もし、それが途絶えたら? あまり考えたくないが、世界中の半導体工場の稼働に深刻な影響が出ることになる(そうはならない、という意見が大半であるが・・・)。

 ここまで、リソグラフィ工程の中核を担う露光装置に対して、戦争がどう影響するかを説明した。リソグラフィの次はエッチングである。もしかしたらエッチングの方が深刻かもしれない。

絶縁膜エッチングの原理

 エッチングには、シリコン、各種メタル、絶縁膜の3種類があり、その中でも絶縁膜エッチングが60~70%を占めていると前述した。その絶縁膜エッチングの原理を以下で説明する(図5)。

(1)絶縁膜(SiO2)上にレジスト(PR)パタンを形成した後、CF系のガスとArの混合ガスによりプラズマを発生させ、プラズマ中で生成したCFx(X=1~3)ラジカルが拡散によってSiO2表面に飛来して吸着する。

(2)ウエハに電圧を印加することにより、プラズマ中のArイオンなどをウエハ表面に打ち込む。そのとき、イオンの運動エネルギーが熱エネルギーに変換され、局所的な高温状態ができ、化学反応が促進される。

(3)CFx(X=1~3)ラジカルとSiO2の間の化学反応により、揮発性物質のSiF4とCOが形成され、これらが蒸発することによって、エッチングが進む。

 逆に言うと、揮発性物質のSiF4とCOを形成したいから、CF系のガスによるプラズマを使うのである。このようにして、絶縁膜はエッチングされる。

C4F6を使う現在の絶縁膜エッチング

 このような絶縁膜エッチングにおいては、エッチング速度を速くしたい、レジストをなるべく削りたくない(“レジストとの選択比を上げたい”と表現する)という要求がある。そのためには、CF系のガスがプラズマ中で、CとFに完全にバラバラになってしまうのは良くないことが分かっている。そして、この要求に応えるためには、CF2ラジカルが高密度に発生する条件が好ましいことも分かっている。

 筆者が日立に入社して、半導体の技術者になったときには、CF系のガスとしてはCF4が使われていた。その後、CF2を効率よく発生するガスとして、C4F8が最もよく使われるガスとなり、2000年前後には、絶縁膜エッチングには、C4F8+Ar+O2の混合ガスが標準的になった。そして、筆者が日立を退職することになった2002年頃に、新たなCF系ガスとして、C4F6が登場してきた。

 それから20年が経過した現在はというと、CF系のガスとしてC4F8、C4F6、CH2F2などを混合し、これらにArとO2を加えたガスでプラズマを形成することによって、絶縁膜エッチングを行っている(CF系のガスの混合比は各社によって異なると思われる)。

 さらには、3次元NANDなどでは、非常に深い孔を開ける必要があり、その際には、上記のガス系に希ガスの一種であるXe(キセノン)を導入することも知られている。

 このように、半導体のエッチング工程の60~70%を占める絶縁膜エッチングにおいては、ロシアが供給国であるC4F6と、ウクライナが供給国となっているArやXeを使うのである。ただし、ロシアウクライナの市場シェアが明確ではないため、ただちに、絶縁膜エッチングができなくなるかどうかは、分からない。しかし恐らく、世界の半導体メーカーは、ロシアウクライナ以外の代替輸入先を探しているに違いない。

今後の展望

 ロシアによるウクライナへの軍事侵攻によって、Ne、Ar、Kr、Xeなどの希ガス、およびC4F6の供給に影響が出ること、その影響は半導体の微細加工を直撃することを説明した。

 各半導体メーカー、ASML、その光源メーカーは、ある程度(例えば6カ月くらい)の備蓄があると言われており、ただちに半導体製造が止まるとか、露光装置の生産やメンテナンスができなくなることは無いと思われる。

 ただし、戦争が長期化したり、戦争が収束してもガス工場が稼働できない状態が長期間続くと、世界の半導体製造に深刻な影響が出る可能性がある。特に、年間8万トンのC4F6をロシアから輸入している米国の半導体メーカー(Intel、Micron、GlobalFoundries、Texas Instrumentsなど)への影響は問題かもしれない。

 世界平和のためにも、世界の半導体産業のためにも、この戦争の早期収束を願わずにおれない。

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