あなたにとって父親はどんな存在だろうか。すごく仲が良い人もいれば、どうしても馬が合わない人もいるだろう。家族は、必ずしも賛美されるものとは限らない。

でも、少なくともこの映画を観ると、親子っていいなあと思う。自分の父親のことをふっと思い出す。

4月8日(金)公開の映画『とんび』は、父と息子の物語だ。豪放磊落、不器用でちょっと頑固な父・ヤスを演じるのは阿部寛。温和怜悧、聡明で心優しい息子・アキラを演じるのは北村匠海。過去2度にわたって映像化された重松清のベストセラー小説を、この2人が令和の時代に届ける。

不器用な父子の愛は、現代の観客にどのように響くだろうか。

ヤスを見て、息子なんだけど親心に近い愛情が湧いた

突然の悲劇によって、男手ひとつで息子を育てることとなったヤス。周囲の温かな愛に支えられながら生きる父子の姿は、観る人の瞼を熱くさせるものがある。

「僕は、反抗期を迎えたアキラにヤスが怒られるシーンがすごく心に残りました。息子が後輩に暴力をふるうのを見て叱ったら、逆に初めて息子に反抗されて。あそこのシーンは演じていても本当に悲しかったし、反抗期というのは子どもにとって、親から脱皮して、ひとりの人間として新たに成長するために絶対必要、僕も経験があるしね。あのシーンが、それからのヤスとアキラの関係の起点になった気がします」(阿部)

「実は僕、反抗期がなかったんですよ」(北村)

「そうなんだ」(阿部)

「でもおっしゃる通り、あそこのシーンでヤスとアキラがぐっとつながったなというのは僕も感じました。ちゃんと親とぶつかることも大事なんだなと思いました。そのあと、ヤスが自分の顔を殴るじゃないですか。あのヤスを見て、息子なんですけど、親心に近い愛情が湧き出てきたんですよね。涙が出るよりも先に、この人を支えなきゃと思った。ヤスも悲しいし、アキラも悲しい。2人の不器用さがいちばんよく出たシーンでした」

感涙必至の本作。名場面を挙げだすと、止まらない。

「僕は、由美さんを連れて帰ってきたアキラが『夕なぎ』でヤスと話すシーンがグッと来ました。由美さんを悪く言う照雲さんにヤスが怒るんですけど、すごく愛を感じて。照雲さんの好きなシーンでもあるし、ヤスの好きなシーンでもある。この映画の魅力が凝縮された、父の愛を感じる場面でした」(北村)

「息子が嫁を連れて帰ってきたことがうれしいんだけど、素直になれないところがあって。本当は涙が出るくらいうれしいんですよ。でもヤスは不器用だから、なかなか言い出すきっかけが掴めない。ヤスの意地なんです。だから僕も全力で演じました。(照雲役の)安田顕げんこつがすごい痛かったということはよく覚えている…(笑)」(阿部)

「本気の叩きでしたよね(笑)」(北村)

「そう、毎回痛かった(笑)」(阿部)

アキラの目に温かさを感じたのは、北村くんだから

阿部と北村は本作で初共演。57歳の阿部と、24歳の北村。33歳の年齢差だが、カメラの前では年齢もキャリアも関係ない。同じ演技者として、心と心でぶつかり合った。

阿部さんの懐の深さというか、器のデカさというか、そういう年輪みたいなものを節々で感じました。阿部さんの人としての厚みがヤスと直結していたから、アキラとしても自分としても心が動いたし、阿部さんの言葉一つ一つにとても愛情を感じました。今この一瞬をヤスとして生きる阿部さんの姿を見て、僕もスタッフさんもみんなついていこうと思った。(監督の)瀬々(敬久)監督と阿部さんの熱量がこの作品をつくったと思います」(北村)

「北村くんが演じるアキラの目から、ヤスを包み込んでくれるような温かさを感じたんですね。その目を見て本当の親子ってきっとこうなんだろうなと思った。子どもってどこか親を客観視しているところがあるじゃないですか。だから親のダメなところもよくわかっている。ヤスはダメな父親なんだけど、そんなヤスを見放さず、何も言わないけどそばにいてくれるアキラの姿がすばらしかったし、そこに温かさを感じたのは北村くんだから。北村くんは、人の感情の機微を繊細に表現できる俳優さん。今回一緒にお芝居ができて本当に楽しかった。」(阿部)

親父みたいに息子と趣味を共有できる父親になりたい

男にとって、父親は特別だ。ふたりにとって、父親とはどんな存在だったのだろうか。

「うちの親父はエンジニアで、職人的な人なんですよ。寡黙で、感情を出している姿をあんまり見たことがない。そんな父親だから、近所付き合いはおふくろの仕事でした。おふくろはもう亡くなりましたが、親父は今95歳。元気なうちにいろんな話を聞いておきたくて、親父が遊びに来ると、いつも今までの話をしてもらって。そのたびに子どもの頃にはわからなかった親父のことがわかるようになって、どんどん好きになっているところがありますね」(阿部)

「僕も父も同じ11月生まれのB型。蠍座のB型って独特な人が多いと聞いたことがあります(笑)」(北村)

「ははは」(阿部)

「僕と父もそうで、性格は凝り性。釣りが好きだったときは、ずっと自分で浮きをつくっているような人でした。あと毎週月曜は父が料理をつくる日で、いつも前日から気合いを入れて仕込みをしたり。僕の凝り性なところは間違いなく父の影響です。2人のときは、包丁の研ぎ石はあそこのがいいよとか、デニムのデッドストックはここがいいよとか、そんな話をよくしていて。革靴をシェアしたり、趣味嗜好が何から何まで似ていて。人付き合いがあまり得意ではない父の友達になっているような感覚ですね。いつか自分が子どもを持ったら、父みたいに息子と趣味を共有できる父親になりたいなと思います」(北村)

子はいつか親元を離れる。その巣立ちも映画の中では感動的に描かれている。

「きっと親からしたら寂しかったと思うんですけど、家を出ることになった前日、僕は友達と飲んで家に帰ったら、みんな仕事でもう家に誰もいなかった(笑)。なので、引っ越し当日はあっさりした感じでした」(北村)

「そういうものだよね、現実は(笑)」(阿部)

「ただ父はやっぱり寂しいみたいで、それからはよく『今日飲もうぜ』みたいな連絡が来るようになりました。不思議なんですけど、親元を離れてからの方が親とのコミュニケーションが増えた気がするんですよね。家にいたときは、ご飯がすんだら部屋にこもって携帯をいじってるのが普通だったけど、大人になってから実家に帰ると親と仕事の話をするようになって。社会人になったことで、より親と対等に喋れるようになりました」(北村)

「僕が家を出たのは確か25くらいのときで、さすがにもうその当時のことは記憶にないけど、離れてみて初めて親のありがたみがわかるというのは実感した覚えがあります。うちの親父はヤスのような押しの強い人ではなくて。教育はお袋任せだけど、その分、すごく働いて、僕たち子どもを育ててくれた。この世界に入るときも、最後は親父に相談しました。そのとき、『チャンスがあるんだったらやればいい。もしダメだったらやり直せばいいんだから』と言ってくれて。その親父の言葉を頼りに若いうちは無我夢中でやってきたし、自分の人生の節目一つ一つで、親父の意見というのはすごく頼りにさせてもらいましたね」(阿部)

おふくろを看病する親父の姿に、夫婦の愛を感じた

やがて大成するアキラの存在は、ヤスの誇りだった。芸能界という競争の激しい世界でトッププレイヤーとして活躍する阿部と北村も、きっと父の誇りとなっているだろう。

「この仕事を始めて親孝行できたと思った瞬間は2回あって。1回目が、日本アカデミー賞で新人俳優賞をもらったとき。そのときのスピーチでも言ったんですけど、『今は小さい役かもしれないけど、きっとそれがつながるから』という親からの言葉が、ずっと支えになっていました。8歳でスカウトされて、そこからこの仕事を続けてきた僕のいろんな姿を親は見てきた。それが初めてああいうかたちで評価されたことで僕も報われたし、きっと親も同じ思いだったと思います」(北村)

そして2回目の親孝行が、昨年、DISH//として初出場を果たした紅白歌合戦だ。

「紅白は出場が決まったとき、親がものすごく喜んでくれたのを見て、紅白の大きさを知りました。僕たちの出番なんてほんの一瞬で、時間にしてみれば2分くらい。でも、そのわずかな時間を親やおじいちゃんおばあちゃんが本当に誇りに思ってくれたことで、親孝行ができたのかなとうれしくなりました」(北村)

「うちの親父も、僕が出ているドラマは毎回見てくれています。映画の完成披露イベントがあったら必ず来てくれて。だいぶ年だから、ちゃんと見られてるのかはわからないですけど、そうやって応援してくれることが力になります」(阿部)

阿部自らも年を重ねたことで、さらに父親への愛情も深まった。

「最近は親父と散歩をするのが楽しみで。そこでいろんな昔話をするんです。やっぱり自分の話を聞いてほしいんですよね、あの年になると。普段は兄貴が親父の世話をしてくれている分、親父の話の聞き役になるのも、たまに遊びに来る僕の役目。それに僕自身が親父の歴史を自分の中に刻んでおきたいという気持ちが強くて、親父とよく話すようにしています」(阿部)

そう父のことを語る阿部の目元には、優しい笑い皺が浮かんでいる。

「おふくろが亡くなったときも親父が一生懸命看病していて。最期を迎えるときに、おふくろに感謝の言葉を伝えたんですよ。その姿に、子どもには見せない2人の歴史というか愛情を感じちゃってね。それからというもの、芝居でもなまじ簡単に『愛している』と言えなくなりました。愛なんてものはそんな簡単に口できるものじゃないんだと、親父とおふくろから教えてもらった気がします」(阿部)

見守ってくれることが当たり前すぎて、親に感謝の言葉を口にする機会はそう多くない。だからこそ、映画を通して伝えてみるのもいいかもしれない。あなたの子どもに生まれて良かった、と――。

『とんび』は4月8日(金)より全国公開。

撮影/鬼澤礼門、取材・文/横川良明