(金 興光:NK知識人連帯代表、脱北者)

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 去る3月24日北朝鮮は米本土を射程に収める大陸間弾道ミサイル(ICBM)「火星17」の発射実験を敢行。ミサイル開発技術が高度化していることを世界に誇示した。今年に入ってからのミサイル発射は12回目だ。

 北朝鮮労働新聞3月28日付の1面で、金正恩総書記が「火星17」を開発した科学技術者に面会し、次のように述べたと報じた。

「真の防衛力とは、まぎれもなく強力な攻撃能力のことだ。誰もが逃げ出す恐るべき攻撃力、圧倒的な軍事力を備えてこそ、戦争を防止し、国家の安全を確保し、あらゆる帝国主義者などの威嚇・恐喝を制圧し、統制することができる。我々は、今後も継続して、国防建設の目標を成し遂げ、強力な攻撃手段をさらに多く開発し、我が軍隊に装備させることになるだろう」

 防御力ではなく、「誰もが逃げ出す恐るべき攻撃力」を云々するということは、それだけ今後の攻撃力増強に自信があるということだろう。

 国際社会が把握している北朝鮮の内部状況を見ると、金正恩氏が核・ミサイル技術の高度化を実現するにはあまりに力不足な状態である。北朝鮮経済は疲弊しており、住民の大半は食糧難に苦しんでいる。

 2017年12月23日に決定した、歴代で最も苛酷な北朝鮮制裁である「国連安保理対北朝鮮制裁2397号」は、今日まで4年3カ月にわたって、北朝鮮経済を締め上げている。中国とロシアが庇護しているが、北朝鮮が受けたダメージは深く、大きい。

 さらに、新型コロナの感染が世界的に広がると、感染拡大を防ぐため、北朝鮮は自ら国境を閉ざした。2年あまりのパンデミックで、ミサイルなどの防衛産業と民需を担う中央工場を除いた地方工場の多くは操業を止めてしまった。

 紙幣を刷るための外国産の紙とインクを買う外貨がなく、質の低い国産紙とインクで紙幣の代わりに「金票」という代用品を発行し、流通させているほどの窮状だ。

 以上の状況から推察するに、経済的に破綻している北朝鮮がミサイルの発射実験を続けるのは難しいはずだ。金正恩氏が喧伝するような核・ミサイル技術の高度化も、極めて困難である。

 それでは、金正恩氏はどのようにしてICBMや極超音速ミサイルなどの開発資金をまかなっているのだろうか。

盗んだ技術と資金でICBMを開発した北朝鮮

 国連の対北朝鮮制裁委員会の中にある様々な専門家パネルは、膨大な情報分析を通して一つの結論に達した。それは、サイバー犯罪による資金や技術の獲得である。

 4月3日読売新聞は国連安全保障理事会・対北制裁委員会専門家パネルの定例報告書を引用し、北朝鮮が極超音速ミサイル技術をサイバー攻撃によって盗み取った可能性が高いと報じた。

 報道によれば、4月1日に発表された対北制裁委報告書では、北朝鮮が2021年9月と今年1月に発射実験した極超音速ミサイルについて、国連加盟国情報として「開発に必要な技術的な情報を、ハッカーの支援により入手、あるいは窃取したと見られる」と指摘した。

 また報告書は、北朝鮮が極超音速ミサイルの迎撃回避技術を完成させた可能性にも注目している。極超音速ミサイルは変則軌道で素早く低空飛行するので迎撃が難しい。

 さらに報告書は、様々な兵器を開発する資金を調達するため、北米や欧州、アジアなど少なくとも3カ所の暗号資産仮想通貨)の取引所を攻撃し、5000万ドル以上を奪取したことにも言及している。

 北朝鮮は、サイバー攻撃を通して世界屈指の軍需企業から先端技術を盗み出すにとどまらず、盗んだ技術を利用して核・ミサイル技術を高度化し、加工し、組み立てるのに必要な資金を調達するなど、全方位的に活動しているわけだ。

 北朝鮮制裁委員会の報告書を信頼すれば、金正恩氏は国民が飢えに苦しんでいる中、数千人規模のサイバー部隊を総動員し、核・ミサイル技術や開発資金を短期間のうちに世界中から盗み出していることになる。

文字通りの「泥棒国家」となった北朝鮮の泥棒部隊

 もちろん、報告書の中身が事実で正確かどうかも考慮しなければならないが、苛酷な制裁を受けている北朝鮮が核・ミサイル開発を続けるには、「盗む」以外に手段はない。

 かなりの大規模な窃盗だが、2004年に北朝鮮を脱出する時まで、北朝鮮の咸興(ハムフン)コンピューター技術大学でサイバー部隊の要員を教育していた私の経験と、昨今のサイバー攻撃の技術革新などを考えれば、十分に可能なことのように思える。

 以上のように、北朝鮮が存在し続けるには、もはや盗み以外の方法はない。核とミサイルを高度化するためにも、内部統治のための資金を調達するためにも、金正恩氏はサイバー窃盗を続けなければならない。

 それでは、北朝鮮サイバー泥棒は誰が担っているのだろうか。この点に関しては諸説あるが、北朝鮮サイバー要員を養成した私は「朝鮮人民軍偵察総局第3局」だと考えている。

 2012年5月に権力を継承した金正恩氏が真っ先に視察したのは、偵察総局だった。そこで、新世代の金正恩氏はサイバー戦力を構築し、国防を高めていくサイバー戦略を指示した。

 金正恩氏は偵察総局の戦闘目標を韓国の政治・軍事情報の収集とサイバー攻撃による撹乱、核・ミサイルの開発支援に設定し、偵察総局のすべての組織と力量をサイバー戦闘に集中させた。

 そして、朝鮮人民軍偵察総局は金正恩氏の指示のもと、第3局傘下にある部隊を3つのサイバー戦闘部隊に編成した。91部、180部、121部である。

3つのサイバー部隊の役割分担

 91部は、世界屈指の核およびミサイル関連機関と企業に対するハッキングを通じて、核・ミサイル高度化に必要な先端技術と資料を盗み出すことがミッションである。

 180部は、国際金融網に対する攻撃や仮想通貨取引所の攻撃など、様々な戦法で必要な開発資金を盗み出す。

 そして、核心部隊である121部は、韓米日3国の国家基盤施設に対するサイバー攻撃と社会関係網の掌握を担当している。91部と180部が最大限多くの技術と金を盗み出せるようにするための支援である。

 金正恩氏が権力を継承してからの10年間、この3つの部隊は国境のないオンライン世界を縦横無尽に、あらゆる手段を尽くして先端技術データと資金となる仮想通貨を盗み、金正恩氏に捧げてきた。

 経済は疲弊し、国民が飢え死にしている北朝鮮にあって、金正恩氏が絶えずミサイルを発射し、その都度、高性能化しているのは、この部隊の存在があってこそである。

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北朝鮮が発射実験したとされる新型ICBM「火星17」(提供:KCNA/UPI/アフロ)