瀬戸内エリアで開催される現代アートフェスティバル瀬戸内国際芸術祭2022』の開幕が、いよいよ目前に迫ってきた。ここでは、開幕を目前に控えた某日、都内にて行われた開幕直前発表会の様子をレポートする。会場にはメディアのほか、ボランティアサポーター「こえび隊」の説明を受けに集まったサポート希望者たちの姿も。静かに、しかし確かに熱く、3年に一度のお祭りを心待ちにする興奮が満ちていた。

実行委員会事務局長 小川剛氏コメント

まずは『瀬戸内国際芸術祭2022』実行委員会事務局長の小川剛氏が登壇し、出席者やオンライン視聴者への挨拶を述べた。

実行委員会事務局長 小川剛氏

実行委員会事務局長 小川剛氏

「いよいよ今月14日から 『瀬戸内国際芸術祭2022』が開幕いたします。実行委員会では、アート作品の制作やイベントの企画、受け入れ体制の整備、そして広報……と準備を進めて参りまして、ほぼ準備が整ったところでございます。コロナ禍での開催にあたり、飛沫の抑制、手洗い消毒など基本的な感染症対策を徹底するほか、会場の多くが医療体制の脆弱な離島であることを踏まえ、島の実情に応じた適切な対策を講じて参ります。アートを通じて、美しい風景や豊かな伝統文化に彩られた瀬戸内の島々の魅力をお伝えしたいと思います。ぜひ、多くの皆様に訪れていただければ幸いでございます。」

感染対策として活用されるオリジナルリストバンド

感染対策として活用されるオリジナルリストバンド

その後、同氏によって感染症対策の解説が丁寧に続く。具体的な施策として注目したいのは、こちらのポップなリストバンドだ。島を訪れた鑑賞者は、まずエリアの要所ごとに設置された「検温スポット」で体調確認を実施し、異常なしの証としてリストバンドを受け取る。そして各作品の受付ごとに、そのリストバンドを提示してから鑑賞へと進むという流れだ。日替わりで適用されるという3種のデザインが可愛く、検温に文字通りの彩を添えている。

総合ディレクター 北川フラム氏コメント

続いては、総合ディレクターの北川フラム氏が登壇。芸術祭の意義や春期開幕に向けた思いを、これまでの経緯を交えながら語った。

総合ディレクター 北川フラム氏

総合ディレクター 北川フラム

「島国である日本が、こんなにも文化的・人類的な幅広さを持つことができた背景には、“国土面積の広さは世界62番目であるにも関わらず、海岸線の長さは世界第6位” という日本列島の地理的な特徴があるでしょう。そしてそこには、瀬戸内海という豊かで穏やかな海の存在がありました。それも、日本列島のいわば子袋(こぶくろ)のような重要な位置にあったということが大切なのだと思います。ところが近現代、日本全体の海や水に対する思いは薄くなってきた。それが直撃したのが瀬戸内の島々です。島々は、産業廃棄物の不法投棄場、精錬所、あるいはハンセン病の隔離場所といった “隔離される場所” となってきた。そういったなかで、この芸術祭は『海の復権』というコンセプトでスタートし、島の元気を取り戻すべく行ってきました。」

今回のメインビジュアルでは、本芸術祭のキャッチコピーである「おじいちゃまおばあちゃまの笑顔」が中心となっている

今回のメインビジュアルでは、本芸術祭のキャッチコピーである「おじいちゃまおばあちゃまの笑顔」が中心となっている

「『瀬戸内国際芸術祭2019』には100日間で100万人を超える方々にお越しいただき、サポーター「こえび隊」として8000人近くが運営を手伝ってくださいました。しかもそのうちの半数以上は海外からのサポーターだったというのにはびっくり仰天しましたね! そして、海外メディアで “世界で一番行くべきところ” に選ばれるなど、ようやく世界的にも瀬戸内の島々が知られてきました。アートが持っている大きな力がいろんな方々に伝わって、日本政府もこの芸術祭が地域づくりのひとつのモデルであると評価してくださるようになった。……と、そう思っていた2020年の3月、パンデミックが発生しました。」

総合ディレクター 北川フラム氏

総合ディレクター 北川フラム

「コロナ禍になって2年間、残念ながらほとんどの外国人アーティストが来日できなかったという事実があります。海外からここまで来られなくなると予測しきれなかったために、いろんな作業が遅れてしまいました。そして、芸術祭の場面を作るためには、3年間1100日、掃除や道普請などで多くの方々が動いていました。芸術祭そのものはたった100日ですが、残り1000日の活動が極めて重要で、そこに国内外からも多くの人々が関わってくれていた。それが今回できなかったということは、非常に厳しいことです。こういう流れの中で、徹底したコロナ対策を取りながら、それでも前回までと同じように、できるものは可能な限り良い形でスタンバイしようという構えでおります。ようやく今日、こうして内容の発表ができるのは本当に嬉しいです。」

たとえ厳しい状況にあったとしても、島と鑑賞者それぞれのためにベストを尽くそうという決意がうかがえるスピーチに、会場からは力強い拍手が起こった。配布された資料によると、『瀬戸内国際芸術祭2022』で出会えるアートは214作品。33の国と地域から184組のアーティストが参加するという。

瀬戸内で待つアートたち

ここからは『瀬戸内国際芸術祭2022』の参加アーティストや作品について、エリアごとの紹介があった。以下にその一部をピックアップしてお伝えする。

直島にあるヴァレーギャラリー

直島にあるヴァレーギャラリー

直島では、2022年3月にオープンしたばかりの新スポット「ヴァレーギャラリー」が注目を集めそうだ。安藤忠雄による祠(ほこら)のような空間に、草間彌生《ナルシスの庭》や小沢剛《スラグブッダ88 -豊島の産業廃棄物処理後のスラグで作られた88体の仏》が展示されている。また、同じタイミングでオープンした「杉本博司ギャラリー 時の回廊」も見逃せない。ガラスの茶室に座して直島の風景とひとつになる瞬間は、想像するだけで気持ちがよさそうだ。

メッセージ動画(柳建太郎)

メッセージ動画(柳建太郎)

一方、人口減少に悩む女木島(めぎじま)は、島の新しい道を探るため、前回以来の「小さなお店」プロジェクトをさらに本格化するという。ライフスタイル、アミューズメント、アパレルと多岐にわたる “お店たち” では、アーティストの作品や、アーティストが手を加えた島のモノなどを実際に購入可能。スタートアップ企業も巻き込んで、非日常お買い物体験を島の新たな名物にしようという意欲的なプロジェクトだ。北川氏いわく、これらは芸術祭の「やがて大きな目玉になると思います」とのこと。

作家の柳建太郎(ガラス造形作家兼漁師)からは《ガラス漁具店》に並べる作品紹介の動画が寄せられており、ガラスの釣具が動く様子を見ることができた。ちなみに、切子ガラスで出来たウキはちゃんと水に浮くそうである。

メッセージ動画(青木野枝)

メッセージ動画(青木野枝)

アーティストからはもうひとり、小豆島で参加の青木野枝からも「絶賛制作中です!」とにこやかな映像が届いた。瀬戸内海を一望できる日本有数の絶景スポット「寒霞渓(かんかけい)」に、直径約4メートルの鉄の球体でできた見晴らし台《空の玉》を設置するのだという。作品は4月30日(土)からの公開予定だが、それに先立って4月19日(火)までの期間は公開制作が行われる。作家の仕上げを近くで見られる貴重な機会だ。

レオニート・チシコフ《月への道》(イメージ)

レオニート・チシコフ《月への道》(イメージ)

沙弥島(しゃみじま)の旧小・中学校では、ロシアのレオニート・チシコフによる新作《月への道》が展示される。こちらは旅立つ宇宙飛行士や、月のオブジェなどを組み合わせた広範囲にわたるインスタレーションだ。

渡辺篤によるプロジェクト「同じ月を見た日」(イメージ)

渡辺篤によるプロジェクト「同じ月を見た日」(イメージ)

また “高松港周辺エリア” に分類される屋島では、月という存在に人と人の繋がりを仮託した渡辺篤のプロジェクト「同じ月を見た日」の映像作品が展開される。

これらの作品を例に挙げ、北川氏が「今回の芸術祭の中で、月というモチーフもいろんな形で出てきてますね。元々この土地の持つ石や塩といった背景もあるかと思いますが、これは時代のひとつの特徴なのかもしれません」とコメントしていたのが印象的だった。意識的にせよ無意識にせよ、パンデミックや揺れる国際情勢の不安を受け、いまアーティストたちは太陽ではなく月に思いを寄せているということだろうか。

保科豊巳《屋島での夜の夢》(イメージ)

保科豊巳《屋島での夜の夢》(イメージ)

そして屋島ではもうひとつ、秋から公開予定の保科豊巳《屋島での夜の夢》も見逃せない。こちらは2022年夏、屋島山上に新たに建設されるコミュニティセンターに、「パノラマ館」をつくるという企画だ。パノラマ館、パノラマ絵画とは超巨大な絵画で視界を包み込み、鑑賞者にまるでその場に入り込んだような感覚を呼び起こす大掛かりな仕掛けのこと。いわば没入型アートの先駆けとしてかつて世界中で楽しまれ、日本でも明治時代に大流行した。今回は平安時代の「屋島の戦い」をテーマに、約5×40メートルの絵画とその前面に設置したジオラマで観客を包み込むという。

「旅型の芸術祭」をもっと快適に

作品紹介ののちに、チケットやグッズといった芸術祭の各種インフォメーションのため、再び小川事務局長がマイクを取った。

「利便性の向上や接触機会の低減などの観点から、デジタルパスポートを導入いたしました。 またコロナ禍で日帰りなどのマイクロツーリズムの需要が増えてることを踏まえて、新たに1デイチケット(1,800円)、それから2デイチケット(3,200円)もご用意しています。これまで芸術祭になじみの薄かった層の方にも、気軽にご利用いただけたらと考えております」

瀬戸芸デジパス ホーム画面

瀬戸芸デジパス ホーム画面

試しに「瀬戸芸デジパス」アプリをダウンロードしてみたところ、各所で見られるアート作品の情報がパッと一覧できて、非常にテンションが上がった。パスポートの購入に関係なく無料で楽しめるので、興味のある方はチェックしてみてほしい。

マップ機能では、気になる作品の場所や、近くにある他の作品を調べることができる

マップ機能では、気になる作品の場所や、近くにある他の作品を調べることができる

各作品をタップすると、詳しい情報も。片手で情報収集が完結するのがありがたい

各作品をタップすると、詳しい情報も。片手で情報収集が完結するのがありがたい

内側から見る新しい世界も

ボランティアサポーター「こえび隊」には老若男女様々な人が参加している

ボランティアサポーター「こえび隊」には老若男女様々な人が参加している

開幕直前発表会の終了後、続けてボランティアサポーター「こえび隊」の説明会が実施された。前回は半数を占めていたという海外からのサポーターがなかなか参加できないこともあり、現在も芸術祭の運営に携わるメンバーを大募集中とのこと。2日手伝って1日は自由観光、など自身の鑑賞プランと共存する形での参加もできるそうなので、どうせならさらに深く、内側から芸術祭に関わってみるのもアリではないだろうか。

「こえび隊」の資料に添えられた手描きのイラストにほっこり。現場の和やかな雰囲気を感じられる

「こえび隊」の資料に添えられた手描きのイラストにほっこり。現場の和やかな雰囲気を感じられる

現代アートフェスティバル瀬戸内国際芸術祭2022』は、【春期】が2022年4月14日(木)から5月18日(水)まで、【夏期】が2022年8月5日(金)から9月4日(日)まで、【秋期】が2022年9月29日(木)から11月6日(日)までの3期にわたって開催。いよいよ、瀬戸内エリアにひときわ熱い視線が注がれるシーズンの始まりである!


文・写真=小杉美香

『瀬戸内国際芸術祭2022』開幕直前発表会