「あれ、こんなところでおじさんが働いてる……」

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 近年、非正規労働の現場で、しばしば「おじさん」を見かける。しかも、いわゆるホワイトカラーの会社員が、派遣やアルバイトをしているケースが目につくようになった。

 45歳定年、ジョブ型雇用、そしてコロナ禍──。中高年男性を取り巻く雇用状況が厳しさを増す中、副業を始めるおじさんたちの、たましくも、どこか悲壮感の漂う姿をリポートする。

(若月 澪子:フリーライター)

 コロナをきっかけに副業を始めたサラリーマンは多い。そのほとんどが、パソコンやスマホを使って在宅で副業をしているというデータもある。

 試しに「副業 オフィスワーク」などのキーワードで検索をかけると、数えきれないくらいの求人サイトが表示される。そこで紹介されているのは、動画制作やホームページ制作、記事作成、データ入力などだ。ただ、これらの仕事で、いきなり高報酬を得ることは難しい。

 在宅オフィスワークのほとんどが多くても月に数万円、少ない人は数百円にしかならず、「在宅の副業は報酬が低い」「思ったほど稼げない」という悩みを抱えることになる。特に50代以上の男性となると、スキルや年齢がネックとなり、ネット上の仕事で収入を得ることが難しいと感じる人が多いようだ。

 Dさん(54)もそんな中高年の一人。Dさんは、自宅のパソコンを使って在宅副業にチャレンジしようとしたものの、全く収入に結びつかず、結局、夜の物流倉庫でアルバイトをしている。なぜこんなことになってしまったのか。

 Dさんは大手通信インフラ企業の系列会社で、長年、営業として働いてきた。Dさんが営業で扱っているのは、企業や地方公共団体オフィスで使用する通信機器だ。
 
「私が就職したのはバブル時代。当時は、顧客の元に足繁く通い、根性で売っていればよかった。でも、インターネットが普及すると、お客さんの中にも専門家のような人が出てくるんです。すると、『こんなことも知らないの?』と、私の方が言われることが出てきまして……」

 そんなDさんが、「社内での自分の立場が微妙」と感じ始めたのは、40歳になった頃だった。

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10年ほど続いたウジウジした状況

「40歳を過ぎて周りを見ると、5~6歳下の年次の子が、自分と同じ役職に就いていたり、自分を追い越していたりしたんです。自分はこれ以上出世できないことがわかってしまって」

 それでも給料は年功序列で上がっていくはずだった。しかし、Dさんの会社はいつの間にか、昇進しなければ、給料も上がらないシステムになっていた。Dさんの手取り年収は現在も、40代の頃とあまり変わらず600万円程度だ。

 35歳の時に35年の住宅ローンを組んでいたDさんは困った。40歳以降に給料が上がることを想定してローンを組んでいたのに、当てが外れてしまったのだ。それでも当時のDさんは、状況を嘆き続けるだけだったという。

「どうせオレは負け犬だと、ずっとウジウジしていました。転職する勇気なんてありません。とにかく会社に認められなかったことがショックでした」

 しかし、おじさんの試練は終わらない。

 ウジウジした状況を10年ほど続けた結果、Dさんは「何かやらなければ……、お金もないし」と考え始めた。きっかけは、コロナだった。Dさんが勤める会社の系列グループすべてに、「副業していいよ」というお触れが出たのだ。

「副業」という言葉を聞いた時、Dさんの頭に、「自分を認めてくれる何かに出会いたい」という欲求が湧いた。

「私は営業しかやってこなかったので、ほかにできることがありません。会社の看板を失うと、個人では何もできません。このままじゃ死ねない。新しい出会いと、新しい可能性を求めて、何か始めようと決心しました」

 その「何か」がなんだかわからないまま、Dさんはまず、インターネットを使って副業を探してみることにした。

意外に厳しかった在宅パソコンワーク

「サラリーマンの副業は外にバイトに行くのではなく、パソコンを使ってデータ入力や情報収集をするようなイメージでしたし、そういう仕事は簡単に見つかると思っていました」

 Dさんは3カ月ほど、自宅のパソコンでできそうな仕事を探し、ネット上をさまよった。ところが、実際には「そんなに都合のいい仕事はほとんどないと気が付いたんです」。

 Dさんの場合、求人に応募してみると、「この仕事をやるには、次のような講習を受けてください。講習代は3万円です」「この商品をまず購入してください」というような、詐欺まがいの案件に次々あたったという。

 実際に履歴書を送ってみても、採用まで至らない。「初心者でも大丈夫」「実績がなくてもOK」という募集を見て、テストを受けても結局は不採用。人材を登録するサイトにプロフィールを掲載しても、どこからもオファーはない。仕事をさせてもらえる案件に出会っても、報酬は数百円程度。

「記事を書くというような仕事をやってみるんですけれども、案外難しいんだなと気づかされました。時間がかかる割に、100円くらいしかもらえないこともあって」

 Dさんは在宅での副業をあきらめ、大手通販会社の物流倉庫で、夜間に宅配便の荷物をエリアごとに仕分けるバイトを週3回始めた。時給は1450円、翌日が在宅勤務の時は、夕方6時~深夜2時くらいまで働く、完全な肉体労働だ。本業の半分がリモートワークだから続けていられるという。

「正直、自分にはこれしかできないのかとガッカリしました。一体、オレは何をやっているんだろうと」

 それでも、定年までに住宅ローンを完済しなければいけない。来年は息子の大学受験もあるので、そのお金も備える必要がある。
 
「YouTubeなんかを見ていると、副業で一発当てたと自慢げに話している人がいるじゃないですか。自分も何かできるかも……なんて思ったのがバカでした。もっと早く何かに取り組んでいれば、こんなことにならなかったかも」

 Dさんは、今度は副業でウジウジすることになった。

在宅副業するなら「仕事のリストラ」をせよ

 実際に在宅の副業で稼いでいる人は、どのように収入をアップさせたのだろうか。パソコンを使って、自宅で事務の副業をしているという50代女性に話を聞いてみよう。

 Eさんはひきこもり気味の娘さんに寄り添うため、正社員として働いていた会社を50歳でセミリタイア。元の会社に週3回通勤しながら、在宅で副業をしてきた。

「在宅副業で月に5万円以上稼ぎたいなら、『副業』という考えは捨てた方がいいです。『もう一つの本業』という気持ちでやらないと、収入にはつながりません」

 副業開始から5年、Eさんは現在、副業で月に10~15万円ほどの副収入を得ているという。EさんはDさんと同じように、プログラミングなどの特別なスキルはない。パソコンで、ちょっとだけ高度なオフィス作業ができるレベルだそうだ。

「私の場合は、リストカットをしてしまう娘を見張らなくてはいけないという事情があり、自宅でできる仕事を探していました。最初から高望みして、高報酬の仕事に応募しても、50代はなかなか採用してもらえません。それより、安くてもできそうな仕事を複数同時にやってみるといいと思います」

 Eさんはいくつかの仕事に並行してチャレンジし、コスパの悪い仕事はどんどん辞める「仕事のリストラ」をしていったという。

 引き受けた仕事のうちの一つに、月3万円で、とある会社の事務作業をするという案件があった。仕事を発注していたのは、若者が数名でやっているような小さなIT企業だったという。

 Eさんは完全在宅で、スタッフの給料の支払い手続きや、ちょっとした調査、データ入力などの仕事を頼まれた。しかし仕事は時給ではなく、月極めなので、仕事を振られれば振られるほど割に合わなかったという。

「ハッキリ言って、時給300円くらいのレベルでした。時間ばかりかかって、全く収入に結びつきません。しかし、在宅でできるのだから、通常の給料の半額以下でも仕方ないと考えることにしたんです」

 そんな割に合わない仕事を3カ月ほど続けた結果、Eさんは発注者に報酬の不満を述べた。すると、Eさんの誠実な仕事ぶりが評価され、最終的には月10万円の業務委託契約を結ぶことになったという。

おじさんが「自分探し」する時代

「ネット上で顔が見えない同志が一緒に仕事をするのですから、発注する側も最初は信頼できる人間かどうかを見極めています。でも、きちんと仕事をすれば、相手も評価してくれるようになります。ただ、報酬を上げるには交渉が必須。黙っていても給料は上がりません」

 Eさんはその後、ほかの会社とも契約を結び、在宅でデータ入力や事務作業をこなしている。在宅で働く時間は1日あたり4時間程度、家事や本業の合間に行える点もメリットだ。
 
「こういう在宅ワークを発注するのは、小規模な会社や個人事業主が多く、たくさんの報酬を払ってくれない。会社が潰れるリスクも高いから、複数の仕事をキープしておくこと。とにかく最低半年はあきらめずにいろいろやってみることですね」

 ちなみに、長らくひきこもっていたEさんの娘さんは、プログラミング専門学校に通い始めるようになったという。

「娘が独り立ちするまでは、仕事を選んでいられません。現在の報酬に納得できない部分もありますが、とにかく在宅で働けることをありがたいと思っています」

 さて、話をDさんに戻そう。

 依然として倉庫でバイトを続けているDさんは、最近、時給1600円の医療品を扱う倉庫のバイトに移ったそうだ。やはり夜の仕事だが、大手通販サイトの倉庫よりは肉体的に楽で、時給も高い。

「私も本当は在宅の副業がしたいんです。今後のためにちょっとずつでも、データ入力などの事務仕事をやってみようかなと思っています」

 Dさんにこれからの自分の理想のイメージを聞いてみた。

「できれば何か事業を起こせたらと考えています。それができなかったとしても、人に恵まれて、起業メンバーに入れたらいいなと。やりがいのあることに巡り合いたいし、巡り合わなければいけない」

 かなり漠然としていて、「起業」というキラキラしたイメージにとりつかれているように思える。まるで夢見る大学生と話しているようだ。いや、今の大学生ならさっさと起業しているか。

「とにかく自分探しをしなければいけないなと。僕らバブル世代は、ふざけて生きてきたんです。最初は恵まれていた。でも、自分に何ができるのかを考えてこなかったから、今、何もないんでしょうね……」

 中高年のおじさんから「自分探し」という言葉を聞く時代になろうとは。Dさんのフワっとした夢を応援したい反面、Dさんの試練は今後も続くなと思ってしまう春だった。

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