米国のアカデミー賞授賞式で、俳優のウィル・スミス氏がプレゼンターのクリス・ロック氏を平手打ちした一件は、いまだに議論が続いています。スミス氏に同情的な声も多かった日本に比べ、海外では彼に厳しい批判が集まったように、日本と海外で平手打ちの受け止め方が大きく異なったことも話題となりました。スミス氏が平手打ちをしたのは、脱毛症に悩む妻の短髪をジョークのネタにされたからですが、もし、愛する家族を侮辱された(と感じた)場合、あなたならどうするでしょうか。何人かの声をピックアップして紹介したいと思います。

最初は「平手打ち」に賛同

「ひどいことを言った相手にはきちんと抗議すべきだと思いますし、そうした発言をした人は、何らかの形で制裁を受けるべきです。だから私は、ウィル・スミスさんが間違っているとは考えていませんでした。クリス・ロックさんにビンタで不快感を伝え、制裁する役割を果たしたからです。

しかし、その後の世間の批判的な反応を見ると、ビンタは妥当な手段ではなかったと、私も思うようになりました。『ビンタの是非』や『ウィル・スミスさんの処遇』に注目が集まり、本人が一番伝えたかったであろう、『家族を侮辱するようなジョークはよくない』というメッセージが薄まってしまったからです。

ですので、言葉の暴力を含む“暴力”に頼ることなく、相手のよくなかった部分を丁寧に伝えられるのが理想的だ…ということが、今回のことを通して分かりました。

でも、実際に自分がウィル・スミスさんの立場だとしたら、理想的な方法をできる自信はないです。頭に血が上ったら正常な判断ができなくなってしまうので、手は出さなくても、相手と口論を始めていたかもしれません」(23歳女性)

 海外では、「どのような形であっても、暴力は決して認めるべきではない」という見方が強かったようですが、日本では「言葉の暴力」についての議論がより活発だった印象です。

 ともあれ、暴力が出てきた時点で問題の焦点は大きく変わります。「相手にきちんと非を自覚してほしい」といった明確な目的がある場合は、どんなに腹が立っても我慢して、暴力によらない方法を模索した方が賢明なようです。

空気を読み周囲の笑いに同調

 一方、「自分がもしあのとき、ウィル・スミスさんの立場だったら、何も言えずに固まってしまうのではないか」と考えた人も多いようです。

「家族の容姿をジョークのネタにされ、周りが笑っていたら、すごくモヤッとしつつも一緒に笑っていると思います。『そんなことで腹を立てるなんて、自分の心が狭いのかな?』『ここで笑っておかないと、場の空気を壊してしまうかも…』など、自分を納得させる理由をもんもんと考えつつです。

そして、後から思い出し、眠れないくらい悔しくなると思います。相手への怒りと、何も言い返せなかった自分に対しての怒りを覚えるはずです。ウィル・スミスさんはその場で自分の意思を表明できたので、うらやましいとすら思えます。平手打ちはよくないと思いますが…」(35歳女性)

 怒りを制御する方法である“アンガーマネジメント”では、「怒りを感じた点を、相手に上手に伝える方法」についても教えています。これを参考にするなら、今回の平手打ち事件の場合、怒りのピークをいったんやり過ごしたあと、低めの声でゆっくりと、「自分は不快に感じた」「今後そういったジョークは控えてほしい」と伝えることが、適切な対応のようです。

 怒りに身を任せるわけでなく、自分が感じた疑問や不快感を相手へ冷静に伝える…「言うはやすく行うは難し」ですが、これが実践できるようになれば悔しさで眠れない夜を減らすことができそうです。

大切なのは侮辱された当人のケア

 また、侮辱によって傷つけられた人をまずケアするべきだ、と考える人もいます。

「家族が侮辱されて怒るのは、自分の勝手です。許せない気持ちは理解できますが、本当に大切な人のことを案じるなら、まず自分の感情をいったん置くべきです。ウィル・スミスさんの妻であるジェイダさんは、夫がビンタまでして『私のことで怒ってくれてうれしい』という思いはあったかもしれませんが、気まずい気持ちの方が強かったと思うんですよねえ…。

僕がもしウィル・スミスさんだったら、パートナーに声を掛け、2人そろって無言で席を立っていたと思います。傷つけられたであろうパートナーを落ち着ける空間に連れていけますし、ジョークを言った相手への抗議のメッセージにもなります。それに、怒りをありのままにぶつけるより、周りの人を味方に付けやすかったと思います。

と、偉そうなことを言いましたが、実際に僕がそうした立場になったら、この理想通りに動ける自信はまったくありません。自分がその時に適切な行動を取れるよう、普段からイメージトレーニングしておいた方がいいかもしれませんね」(39歳男性)

 誰かのために怒る行為は、実は自分のためかもしれない…という、なかなか示唆に富む考え方です。土壇場で、自分の怒りを横に置いてパートナーのことを真っ先に思いやる難しさはありますが、これができれば自分の怒りに振り回されずに済むはずです。

 アカデミー賞授賞式という特別な場に限らず、自分の前で大切な人が侮辱される・傷つけられるシーンは日常でも同様に起こり得ます。そのような機会に出くわした際、「自分がどう感じ、どのように動こうとするか」「何を一番優先すべきか」などをあらかじめ考えておくことは、備えとなり無駄ではないはずです。

 さまざまな意見が飛び交ったウィル・スミスさんの平手打ち事件ですが、これを通して自分や大切な人のことを改めて考えることは、きっと有益な試みになることでしょう。

フリーライター 武藤弘樹

クリス・ロック氏(左)を平手打ちしたウィル・スミス氏(2022年3月、AFP=時事)