世界初の100%電気推進タンカー「あさひ」が登場。ゼロエミッションという環境性能だけでなく、内部の快適さは、もはや従来の貨物船とは別世界の域。この快適さが世の中を変えるかもしれません。

世界初の電気推進タンカーの実力とは

世界初のピュア電動タンカー「あさひ」が2022年4月19日(火)、東京の有明西埠頭で報道陣へ公開されました。

「あさひ」は旭タンカー(東京都千代田区)が発注した内航船で、電気推進船のベンチャーであるe5ラボ(東京都千代田区)が共同開発。3480kWhという大容量リチウムイオン電池を動力源とする100%電気推進のため、排出されるCO2NOx、SOx、煤煙などのゼロエミッション化を達成し、環境負荷を低減するといいます。

船の寸法は全長62.0m、全幅10.3m、深さ4.7mで、総トン数は499トン。タンカーとしては一般的なサイズだそうです。船内には重油を運ぶための容量1280立方メートルのタンクを備えています。運ぶ貨物は主に重油で、川崎港を拠点に東京湾内で運航されます。

就航にあたり、川崎港に船のための給電設備が設けられました。ただ、災害発生時には「船が給電設備になる」ことも。船内の大容量バッテリーに貯めた電気を非常用として陸上で活用することもできます。容量としては、おおよそ一般的な電気自動車100台分、一般家庭450世帯分の電力を賄えるレベルだといいます。

船内は操船を行うブリッジと、居住スペース、推進器室、バッテリー室、機関室などで構成されます。ただ、動力用のエンジンは積んでいません。「エンジンがないので、主機メンテナンスの仕事は実質ありません」(旭タンカー 経営企画部 澤田 真さん)とのこと。

これ以外にも、EV船となることで従来、当たり前だったことが大きく覆る要素がいくつも見受けられました。

操船室はさしずめゲーム部屋?

まず操船室にはゲーミングチェアのような椅子が置かれ、そこでバッテリー状況や推進器の状況、船内外のカメラ映像などを一元的にモニターできます。

アジマススラスターサイドラスターといった離着岸をサポートするシステムは、個別に操作装置も設けられているものの、基本的には“ジョイスティック”1本ですべて動かせるため、それだけで操船は可能です。加えて、小回り性能なども大幅に向上しているといいます。

操船室の下は船員室ですが、上からそこまで吹き抜けになっており、壁面にはおよそ貨物船とは思えない木製の大型書棚が据え付けられています。船員室には木製のテーブルとチェア、そしてキッチンが置かれ、まるでワンルームマンションのリビングのようでした。

「内燃機関ではないので船内がブルブル震えていないでしょう。きわめて静かで、まさに『家』です」。旭タンカーの澤田さんはこう話します。

隣接する機関室にも入りましたが、やはりエンジンがないので広々。「機関室といえば、“うるさい・狭い・熱い”ですが、ここは“静か・広い・涼しい”なんです」と澤田さん。

その機関室には、重油で動く発電機が備わります。これは繁忙期に長時間、充電拠点へ戻れない場合や非常時などに、船の動力を補うためのものですが、動力用のバッテリーも2系統あることから、バッテリーと発電機のハイブリッド的運用も考えられるということでした。

ちなみに、これら船の推進システムは川崎重工業が手がけています。「欧州の方が電気推進船の技術は進んでいますが、運用を考慮し、あえてこの船はオールジャパンで建造しています。何かあった場合に時差なく日本のなかで対応できるもの強み」(澤田さん)ということでした。

これではアカン! 内装に込めた思い

旭タンカーの澤田さんによると、この船の標準的な充電時間は9時間とのこと。朝に出航して夜に帰港し充電という運用が可能だそうです。「スイッチひとつで船を起動できるので、内燃機関の船のような暖機運転も必要ありません。そのために1時間早く出勤するようなこともなくなります」とのこと。

EV船はこのように従来の船の運用を大きく変えるものになりますが、それは言い換えれば、船員の労務環境が大きく変わることを意味します。澤田さんが「サラリーマンのような働き方が可能になる」と話していたのが印象的でした。

「これまで、長いときで2週間も船に乗りっぱなしで、若い人がなかなか定着しない課題がありました。これをデザインの力で変えたい、ここで働いてみたい、と思える船を目指しました」

こう話すのは、船の内外のデザインを手がけた株式会社イチバンセンの川西康之さんです。JR西日本長距離列車WEST EXPRESS 銀河」や、観光船「シースピカ」などを手がけたことで知られます。

なかでも川西さんが力を入れたのが、リビングのような船員室だそう。コミュニケーションが生まれ、会話が弾む環境を目指したそうです。上から下までの吹き抜けも、周囲の反対を押し切り、1室分のスペースを削ってでも設置したのだとか。

「コミュニケーションのなさがチームワークの乱れにつながります。そのような環境で働く船員が、日本の物流を支えている……これではアカンと思いました」(川西さん)

旭タンカーは今回のEV船を、世界市場へ売り込みたい考えです。赤系の複数色を使った外観も、その宣伝塔とする目的があるそう。

ただ、課題は従来船の1.5~1.6倍ほどかかる建造コストだそうです。それでも、世界的に環境意識が高まり、船員の不足から労務環境の改善も急務となるなか、この船がひとつの「答え」になる可能性があります。

電気推進タンカー「あさひ」(中島洋平撮影)。