(三田 宏:フリーライター)

JBpressですべての写真や図表を見る

出来レース」ともささやかれたTOB(株式公開買い付け)が波乱の展開になっている。海洋土木(マリコン)大手、東洋建設を巡るTOBである。

 東洋建設を完全子会社化するため、準大手ゼネコンの前田建設工業を傘下に持つインフロニア・ホールディングスは3月からTOBを実施している。前田建設はもともと東洋建設の筆頭株主で、東洋建設の経営陣もTOBに賛同していたため、インフロニアのTOBは問題なく成立すると見られていた。

 ところが、インフロニアに横やりを入れる形で、「WK」1~3という投資ファンドが東洋建設の株式を取得していることが判明。あれよあれよという間に25.28%の株式を買い進めたWKは前田建設を抜き、東洋建設の筆頭株主になった。

 しかも、WKのご本尊が任天堂創業家の資産運用会社「ヤマウチ・ナンバーテン・ファミリー・オフィス(YFO)」という点も、市場の耳目を集めた。今のところは純投資のようだが、「山内家のファミリーオフィスがなぜ東洋建設に?」という疑問がわき起こったのだ。

 インフロニアは2021年10月に、前田建設、前田道路、前田製作所の持ち株会社として発足した。前田建設が筆頭株主だった東洋建設も持ち株会社に加わる方向で調整していたが、この時は議論の時間が足りないということで、インフロニアへの参画を見送った。

 そして、水面下で議論を尽くしたということか、半年後の今年3月にインフロニアは買い付け価格770円でTOBを発表。東洋建設も、「将来の成長性を鑑みて現時点では最高の選択」と賛同した。

 それに対して、YFOは東洋建設の経営陣に当てた書簡で、現状のTOB価格には、今後の拡大が期待できる洋上風力関連事業や海外への事業展開における成長を織り込んでおらず、東洋建設の中長期的な企業価値の向上に資するか危惧していると疑問を呈している。

 TOBの期限は5月9日だが、買い付け価格の引き上げがなければ、TOBは不成立となる可能性が高い。

 実は、インフロニアがTOBで注目を集めるのは今回で2回目だ。前回は2020年1月、前田建設が持ち分法適用会社だった前田道路に仕掛けたTOBである。最終的にTOBされる側の前田道路が反発。敵対的買収という形になったため、「親子げんか」「異常事態」などと報じられたのは記憶に新しい。

建設業界の異端児が力押しの再編を進める理由

 後述するが、インフロニアは従来の請負を中心としたビジネスモデルから、道路や橋、上下水道など社会インフラの投資・建設・運営を一体的に手がける総合インフラ企業への脱皮を図ろうとしている。同社が掲げる「脱請負」である。

 実際、前田建設は愛知県有料道路コンセッションに代表企業として参画し、有料道路の運営を手がけている。昨年も、大阪市が実施した大阪市工業用水コンセッションを落札した。インフロニアは、ゼネコンの中でも積極的にコンセッションを推し進めている。

 コンセッションとは、一定期間、社会インフラの運営権を民間コンソーシアムに売却する官民連携(PPP)の一手法である。

 この「脱請負」戦略を推し進める上で、舗装技術を持つ前田道路をグループ内に取り込むメリットは大きいと判断して当時の前田建設はTOBに踏み切ったが、歴史的に独立意識の強い前田道路は猛反発。最終的にTOBは成立したが、会社の魅力を下げる特別配当計画や、同業大手NIPPOとの資本・業務提携協議を打ち出されるなど、前田道路の徹底抗戦に遭った。

 TOB自体はゼネコン業界でもしばしば見られるが、このように資本の論理を前面に押し出してグループ再編を進めるインフロニアは保守的な建設業界では珍しい。同社が「異端児」といわれるゆえんだ。

 それでは、なぜインフロニアは「力押し」とも言える形でグループ再編しようとしているのか。それは、将来の建設市場に対する強い危機感である。

 1990年代後半以降、将来の人口減少に加えて、無駄な公共事業が社会的な指弾を浴びたこともあり、中長期的に国内の建設市場は縮小していくと見られていた。現実を見れば、東日本大震災からの復興や東京五輪の特需もあり、過去10年の建設市場は底堅く推移したが、人口減少社会に突入した今、少なくとも公共投資が右肩上がりで増えると考える業界関係者は少数派だろう。

 他方、高度経済成長時代から本格的に整備し始めた社会・公共インフラは老朽化しており、修繕や更新の時期を迎えつつある。だが、税収に限りのある現状、これまでのように国や地方自治体インフラ整備のために資金を出し続けることは難しくなる。そうなると、必然的に社会資本整備は民間の技術と資金を活用するPPPにシフトせざるを得ない。

 その中で、従来の請負ビジネスに拘泥していれば、限られたパイを同業他社と奪い合うことになる。そんな消耗戦を避けるためには、「建てる」以外の市場に乗り出す必要がある。その方向性はいろいろあるだろうが、インフロニアが導き出した答えは「脱請負」、すなわち総合インフラ企業への脱皮だった。

 世界の建設市場を見れば、インフロニアが志向している方向性は決して間違いではない。

プロジェクトの川上と川下に進出するグローバル大手

 日本の場合、スーパーゼネコンから準大手、中堅に至るまで、基本的には施主と請負契約を結び、報酬の対価として完成した建物を納めるというビジネスを展開している。日本にいると、それが当たり前のように思えるが、グローバルの建設大手、特に欧州の建設大手はより川上と川下にシフトしている。

 具体的に言えば、有料道路や上下水道、再生可能エネルギー関連の発電所などの社会インフラプロジェクトの組成と運営である。

 各国政府の入札に参画する場合や企業自身が政府に提案する場合、純粋な民間プロジェクトなど形は様々だが、グローバルの建設大手はインフラプロジェクトを組成し、建設や運営を手がける企業のコンソーシアムを作り、資金を集め、入札・発注で施工する業者を決め、完成後は20年、30年の長期にわたって運営するというビジネスを積極的に進めている。

 このサイクルの中で、運営収入を得たり、運営母体であるSPCの持ち株を売却したりして、利益を得ているわけだ。この中では、施工はプロジェクト全体の一部に過ぎない。

 インフロニアが目指しているのは、この世界だ。

 もちろん、日本にはインフラプロジェクトになるような案件が少なく、どこまでコンセッション収入が伸ばせるのかという課題はある。海外のPPPプロジェクトを取りに行くにしても、その分野で先行する欧米や中韓の建設大手が立ちふさがる。それでも、100年前から変わらずに来た請負ビジネスに立脚することは、それ以上のリスクだとインフロニアの経営陣は考えているのだろう。

 この「脱請負」戦略を進める上で、シナジーの見込める子会社や関連会社を取り込み、グループ一体経営を進めることは不可欠なプロセスと言える。

ぬるま湯の業界を変える原価開示方式

 海外のインフラプロジェクトでは、技術やノウハウだけでなく、価格も大きな鍵を握る。建設業界に限らず、日本企業は高い技術力や品質を誇るものの、概してオーバースペックで高コストになりがちだ。それゆえに、グローバル競争で欧米や中韓の企業の後塵を拝している面は否めない。海外市場、とりわけ新興国で戦うには、品質を担保しつつも、リーズナブルな価格で提供する必要がある。

 ところが、日本の建設業界は請負契約が中心のため、見積もりの中に余計なバッファーが乗る。

 契約時に合意した価格で建設プロジェクトを完成させるのが、請負契約の基本である。ただ、建設プロジェクトは長期にわたることも多く、実際の工事を始めた後に、予期せぬトラブルに見舞われることも少なくない。そのリスクをヘッジするため、「クッション」と呼ばれるバッファーを見積もりに乗せることが業界では一般的だ。

 請負契約を取る以上、将来のリスクをヘッジしたいと思うのは当然だが、工事が順調に進めば、その分は建設会社の利益になる。

 それに対して、インフロニア傘下の前田建設は、契約において、あらゆるコストを開示する原価開示方式の採用を進めている。元請けとしてのフィーに加えて、人件費、資材費、下請けの専門工事業者に支払う報酬など、実際にかかるコストと報酬を発注者に開示するとともに、インフレに伴う資材費の高騰など契約時の金額を上回った場合の負担案分も決めておくのだ。バッファーがない分、ボロ儲けはできないが、発注者にも受注者にもフェアな方式だと言える。

 インフロニアは前田道路や東洋建設との一体経営を進める中で、原価開示方式の適用を考えている。しばしば談合事件が誌面を賑わせるように、舗装業界やマリコン業界は土木業界以上に旧態依然とした業界である。ぬるま湯の談合体質に長年、染まっているだけに、原価開示方式の適用によるコスト削減効果は大きいだろう。

 2050年カーボンニュートラルを考えれば、洋上風力のような再生可能エネルギー発電設備に対する投資は今後も増えていく。日本ではNEXCO高速道路を管理・運営しているが、世界に目を転じれば、有料道路コンセッションの市場は広がっている。その時に、グループの中に技術力とコスト競争力を併せ持った子会社があるのとないのとでは競争力に大きな差が出る。

 これは、自力での海外展開には限界がある前田道路や東洋建設にとっても、メリットのある話だろう。

 インフロニアが進める「脱請負」は成長戦略の絵が描けていない建設業界における明確な一つの方向性だ。東洋建設に対するTOBの帰趨は分からないが、インフロニアのような成長戦略を描く建設会社はもっと出てきてもいいのではないか。

[もっと知りたい!続けてお読みください →]  始まってしまった円売り投機ゲーム、日銀を引きずり込む泥沼のゆくえ

[関連記事]

最後まで自画自賛の文在寅政権に米国務省が浴びせた冷や水

ウクライナで馬脚を現すロシアを反面教師に実戦準備を進める北朝鮮の軍改革

日本でも洋上風力プロジェクトは増えつつある(写真:ロイター/アフロ)