ミステリー作家、櫛木理宇の代表作を、「孤狼の血」シリーズの白石和彌監督が映画化した『死刑にいたる病』が5月6日(金)から公開される。W主演を務めるのは、死刑を宣告された連続殺人犯役の阿部サダヲと、その殺人犯に冤罪調査を依頼された大学生を演じる若手俳優、岡田健史。凶悪な殺人事件の謎と、引き込まれるストーリー、そしてなんといっても、“衝撃のラスト”が観る者を引きつけるサイコサスペンスだ。今回は濃厚なサスペンス&ミステリーを堪能でき、あらゆる意味で記憶に残る結末を迎える名作をピックアップ。関連性を紐解きながら、本作の魅力に迫っていきたい。 

【写真を見る】その表情に背筋が凍る…『死刑にいたる病』で阿部サダヲが体現した、狂気のシリアルキラー

『死刑にいたる病』では、ある日、友人関係も希薄で孤独な大学生の雅也(岡田)のもとに一通の手紙が送られてくる。送り主は、24件の少年少女殺人罪で死刑判決が確定し拘留中の榛村大和(阿部)。「罪は認めるが、最後の事件は冤罪だ。犯人がほかにいることを証明してほしい」という内容だった。榛村は“優等生の高校生”を1人ずつ捕らえては殺害した凶悪犯だが、表の顔は気さくなパン屋の店主で、中学生のころに店の常連客だった雅也にとっては、数少ない信頼できる大人だった。半信半疑の気持ちのまま、雅也は彼の依頼を引き受けることに…。

■主人公とシリアルキラーの奇妙なパートナーシップを描く『羊たちの沈黙

注目は、阿部演じるシリアルキラー像。近所の住人と明るく挨拶を交わし、パン屋で菓子やジュースをサービスする一見すると“いい人”。しかしその一方で、ターゲット少年少女には「君はえらいな。本当にすごいよ」と、まっすぐな褒め言葉をかけて信頼関係を築いたあと、言葉巧みに誘拐し監禁。拷問ののちに殺害する猟奇的な人物だ。

こういった二面性あるキャラクターから想起させられる作品が、アンソニー・ホプキンスとジョディ・フォスターが競演し、第64回アカデミー賞主要5部門を受賞にした傑作『羊たちの沈黙』(91)だ。若きFBI訓練生のクラリス(フォスター)が、天才精神科医で人肉嗜食の囚人、レクター博士(ホプキンス)の協力を得ながら、女性を襲う連続殺人鬼バッファロー・ビルを追う。緊張感あふれる人間ドラマが描かれるなかで、劇中にはショッキングな演出が満載。若い女性の皮を剥ぐ犯人の異常性、拘束具を着せられたレクター博士が実行する残忍な計画。特に、バッファロー・ビルを追い詰める終盤は、心拍数が急上昇するような怒濤の展開が押し寄せてくる。

精神病院に収監されているレクター博士とクラリスが、ガラスや鉄格子を隔てて対話する姿は、『死刑にいたる病』において刑務所の面会室でガラス越しに話す榛村と雅也にも重なる。また、レクター博士は教養豊かで紳士的な人物でもあり、捜査に協力するなかでクラリスとは奇妙なパートナーシップを育んでいく。榛村と雅也もまた、面会室で静かに会話を積み上げてくのだが、驚くべきは榛村のレクター博士ばりの観察眼。親の希望どおりの進路に進めなかった雅也が抱えている鬱屈した感情をくみ取り、何度も称賛の言葉を投げかけては、彼の承認欲求を満たしていく。そんな榛村に雅也が惹かれていくのも当然で、凶悪な殺人犯であることも忘れて、冤罪を晴らそうと夢中になって1人事件の捜査に没頭してしまう。そんな2人の意外なつながりや最後に明かされるある事実は、必ず記憶に残るはず。榛村が雅也に依頼したまさかの理由とは?二転三転していく展開から一瞬も目を離してはいけない!

■事件捜査を続けるうちに徐々に心の均衡が危うくなっていく『CURE』

同じく主人公と囚人の駆け引きがカギとなる『CURE』(97)は、黒沢清を世界的監督に引き上げたサイコサスペンス。教師や女医など、まったく無関係な複数の人間が、被害者の胸をX字型に切り裂いて殺害するという奇妙な事件が発生する。捜査線上に浮上したのは、加害者たちが犯行直前に接触した記憶障害を抱える謎の男(萩原聖人)。冷静な刑事の高部(役所広司)は彼を取り調べるが、のらりくらりと質問をかわされてしまう。そればかりか、いつしか男の不思議な話術に乗せられて混乱していくのだった。その姿は、榛村の言葉に耳を傾け、真実を追い求めるうちに徐々に心の均衡が危うくなっていく、雅也に通ずるものがある。当たり前だと思っていた日常がぐらりと揺らいでいく黒沢ワールドは、本作でも遺憾なく発揮されている。主人公と共に真実を探すうちに、観客もいつの間にか不可解な世界に足を踏み入れてしまう演出は、まさに『死刑にいたる病』でも味わうことができる。サスペンスという枠組みを越えた映画体験を味わえるはずだ。

■最後まで目が離せない!真犯人をめぐるミステリーが展開『怒り』

原作・吉田修一、監督・李相日の『悪人』(10)チームが再集結したヒューマンミステリー『怒り』(16)は、渡辺謙森山未來松山ケンイチ綾野剛広瀬すず妻夫木聡宮﨑あおいオールスターが共演する群像劇だ。八王子住宅街の犯行現場に“怒”という血文字を残して殺人犯が逃亡。その1年後、日本の3か所に、犯人像によく似た前歴不詳の男が現れる。千葉の漁港で働きだした寡黙な田代(松山)、沖縄で自給自足の生活を送る田中(森山)、東京で知り合った恋人の家に転がり込んだ同性愛者の直人(綾野)。それぞれ周囲の人間とささやかな交流を始めるが…。『死刑にいたる病』では、岩田剛典が演じる謎の男の存在や、榛村の嘘とも真実ともわからない言動に惑わされ、真犯人がいったい誰なのかというミステリー要素も見どころの一つとなっている。3つの物語が同時進行していく『怒り』も、「いったい誰が本当の逃亡犯なの?」と、ハラハラと推理しながら観ることができる。しかし、『怒り』の根底にあるのは、傷ついた者へ投げかけられた眼差し。人には言えない事情を抱えた者同士が寄り添う姿に、きっと心動かされてしまうはずだ。

■大きなショックを受ける衝撃の結末…『セブン』

稀代のサスペンスの名手、デヴィッド・フィンチャー監督が世界にその名を知らしめた『セブン』(95)は、キリスト教の「七つの大罪」になぞらえた連続殺人事件に翻弄される刑事2人の運命を描く。本作のラストは、サスペンス映画の歴史において“『セブン』以前/以降”に分けられるといっても過言ではないほど、強烈なインパクトを残した。「死ぬまで食べ続けさせる」「拘束して飼い殺し」など、常軌を逸した犯行を繰り返す男ジョン・ドウ(名無しの権兵衛の意)の目的とは?すべてが明らかになった時、大きなショックを受けると同時に、この結末について深く考えさせられてしまう。『死刑にいたる病』の結末も、多くの人が考えを巡らせ、その意味するところに気づいた人はゾッ…とするはず。真意を知りたい人は、ぜひ劇場に足を運んでほしい。『セブン』はそのほかにも、コントラストの強調されたダークな映像美、カイルクーパーが担当した秀逸なオープニングクレジット、ベテラン&新米の刑事役のモーガン・フリーマンとブラッド・ピットによる名演技など、挙げればキリがないほど新しい時代を切り拓いた魅力にあふれている必見の1本だ。

■目に見えていたものがなにもかも信じられなくなる『母なる証明』

最後に、韓流ファンなら絶対に見逃せないのが、『パラサイト/半地下の家族』(19)で非英語作品にして初のアカデミー賞作品賞受賞という快挙を果たした、ポン・ジュノ監督による『母なる証明』(09)だ。「韓流四天王」の一人といわれた元祖イケメン俳優のウォンビンと、韓国で「国民の母」と称された名女優キム・ヘジャが母子役で競演。女子高生殺しの罪で逮捕された一人息子の無実を証明しようと奔走する母親の姿をスリリングに描く。純真無垢で人の影響を受けやすい息子トジュンとそんな彼を過保護気味にかわいがる母親の愛情、静かな町で突如起こった殺人事件に過剰反応する村の人々、女子高生のある秘密…。事件をきっかけに、それらの要素が不穏な方向へ一気に動き始めてしまう。真相が明かされる時、母親の目にはなにが映るのだろうか?白に見えていたものが実は黒であるなど、それぞれの人物像が冒頭と結末でいともたやすくひっくり返ってしまう展開は、『死刑にいたる病』でも同様だ。表面上の顔に騙されず、真実を見抜けるかどうか。白石監督や実力派キャストたちが仕掛ける至高のミステリーに挑んでみてはいかがだろう。

こわいもの見たさ」の心理をくすぐるショッキングな描写、異常な事件で人間の本性が露わになる結末は、映画ファンを引きつけて止まない。今回ピックアップした作品たちは、観客をドキドキハラハラさせ、最後に待ち受ける“どんでん返し”で強烈な記憶を植え付けてしまう。そんな名作の1本として数えられることになるだろう『死刑にいたる病』の衝撃を、ぜひ劇場で体験してほしい!

文/水越小夜子

“衝撃のラスト”を迎えるサイコサスペンス『死刑にいたる病』/[c]2022 映画「死刑にいたる病」製作委員会