千葉ロッテマリーンズ佐々木朗希投手が、4月10日完全試合を達成、17日にも8回までパーフェクトピッチングを見せ、日本中のプロ野球ファンはもちろん、米大リーグで活躍する大谷翔平選手が「素晴らしいボールを投げている」と称賛するなど、海外からも注目を浴びています。

 数々の記録も立派なのですが、佐々木投手のここまでの育成法、起用法にも注目が集まっています。17日の8回での降板には賛否の声がありますが、佐々木投手のような育成法、起用法を広げれば、彼のような選手がもっと多く出てくるのでしょうか。プロ野球球団の運営にも詳しい、一般社団法人日本スポーツマンシップ協会理事の江頭満正さんに聞きました。

「記録への期待」つなぐ降板

Q.佐々木朗希投手は、高校時代から160キロ超の速球を投げ、期待されて千葉ロッテマリーンズに入団しましたが、最初の年は2軍を含め実戦登板なし、2年目も試合は少な目でした。この育成方法について、どのように思われますか。

江頭さん「高校卒業間もない投手の場合、まだ身体的にプロとして完成していないことがしばしばあります。佐々木投手は160キロを超える速球が武器です。160キロ超の速球を投げた場合の肩や肘にかかる負担は、150キロの投球と比較して2倍近いという研究論文を、米国の研究者David F. Stodden氏が2005年に発表しています。

また、骨格的に未熟な投手は、3倍以上の確率で、『上腕骨上腕骨溶解』『上腕骨上腕骨不安定性』『回旋腱板機能不全』といった、腕や肩の障害を引き起こしていると、米国のスポーツ整形外科医Jason L.Zaremski氏が2012年に報告しています。

つまり、プロ野球の打者と対戦するには、まだ体ができていなかった可能性が考えられます。佐々木投手は、昨年11月に20歳を迎えたばかりです。彼の骨格や体の成長を待つ必要と、160キロの速球を1シーズン通して投げられる全身の筋力を鍛える時間が、必要だったのです。

投手の肩や肘は“消耗品”であり、年間200イニング登板すれば、10年前後で故障するものです。手術すれば回復しますが、手術前と同じ投球はできなくなる事例ばかりです(カナダの医師Hugue Ouellette氏が2008年に報告)。

18歳からプロの実戦で投球をしていたら、5年もしくは3年で肩や肘を手術する必要に迫られる危険性があったため、ロッテ球団として、20歳までトレーニングや間隔を空けた投球を続けさせ、プロで戦える体をつくったと考えるのが妥当でしょう」

Q.10日の完全試合達成後、17日の登板でも8回までパーフェクトピッチングで、「2試合連続完全試合」という大記録に期待がかかりながら、8回での降板となりました。こうした起用法については、いかがでしょうか。

江頭さん「17日の試合でロッテが勝ち越していたなら、あと1イニング投げた可能性はあります。8回裏を終えて投球数は102でした。8回裏にロッテが得点できなかったため、2試合連続完全試合を達成させるためには、延長試合の可能性も考えると、あと20球前後の投球が必要と考えられたので、降板させたのだと思われます。

このわずか20球が、科学的に見れば肩や肘に大きなダメージとなります。球数が増加すれば筋肉への負荷は2~3倍となり、筋肉内部で小さな断裂が起きます。断裂が修復される前に投球すれば、悪化するばかりで、投手寿命を短くする結果になるのです。

ただ、佐々木投手にとって、故障危険性が高まる境目が100球とは限りません。個人差がありますが、彼は160キロの速球を投げるため、90球程度が安全範囲の可能性もあります」

Q.「2試合連続完全試合」を期待したファンも多かったと思います。そうした期待はぜいたくなのでしょうか。

江頭さん「結果論ですが、佐々木投手のパーフェクトピッチング記録は、まだ続いていますので、4月24日に予定されている次の登板も多くの観客を集められるでしょう。プロ野球は『競技』ではなく『興行』です。お客さまが球場で見る価値を提供することも重要です。その点では、パーフェクトピッチング記録が継続中であることは、正解だと言えます。

17日の試合を観戦したファンは、佐々木投手のパーフェクトピッチング記録の目撃者です。今後、パーフェクトピッチングが継続する間中、ずっと佐々木投手の投球内容に注目するでしょう。10日の試合を観戦したファンも、17日の試合を観戦したファンも、次の試合を楽しみにしていると思います。『2試合連続完全試合』の大記録の機会は失いましたが、野球界全体を考えれば、素晴らしい判断だったと思います」

「記録途絶えた後」に注目を

Q.佐々木投手のような育成法、起用法は珍しいように思います。

江頭さん「佐々木投手は、分かりやすかったと言えます。速球投手であり、18歳で成長途上であり、身体的に完成していない。そういう不安要素があったので、実戦投入をせずに育成させるという判断がしやすかったのです。

経営的にも合理的な判断です。入団1年目の年俸はまだ安く、育成に費やしてもダメージにはなりません。同じロッテ球団ではありますが、種市篤暉(たねいち・あつき)投手のように、1軍で活躍し年俸が上がった後で、1年以上故障・リハビリで戦線を離脱することになると、投手本人も球団も悲劇でしかありません。ロッテはその教訓を、今、生かしているのかもしれません」

Q.佐々木投手のような育成法、起用法をすれば、もっと多くの若手選手が大活躍できるのでしょうか。

江頭さん「投手の肩や肘が消耗品であることは、科学的に明らかです。しかし、過酷な使い方をしなければ、消耗期間を延ばすことはできます。今後も、佐々木投手にとって最適な投球数、投球間隔日数、登板後のコンディショニングなど、投手自身が学び、専門家にケアを依頼してゆく必要があります。球団や監督に投手自身が情報を伝え、双方にとって最適な登板スタイルをつくることが重要です。

スポーツ医療やコンディショニングの専門家が、日本にはもっと必要です。中学生や高校生の時に、誤った過酷な練習を自らしてしまう事例が少なくありません。クラブチームにしても、部活にしても、コンディショニングの専門家がついて、成長期のアスリートを大事にすべきです。

佐々木投手は、高校時代から160キロ超の球を投げ、注目されていましたが、甲子園出場がかかった2019年夏の岩手大会決勝を、監督が『故障を防ぐため』として登板回避させました。佐々木投手と彼の指導者のように、プロになる、ずっと以前から科学的に正しい練習と起用法をすべきです。そうすれば、本人の資質にもよりますが、もっと多くの素晴らしい選手が育つ可能性があると思います」

Q.佐々木投手に期待することがあれば、お願いします。

江頭さん「完全試合は素晴らしい偉業であることは、疑いの余地がありません。今後、過度な期待が、ファンやメディアから、かかってくると思います。最初に好成績を残したアスリートは、この外圧につぶされてしまうことがあります。

バルセロナ五輪の水泳で、14歳の若さで金メダルをとった岩崎恭子さんは、自宅へのいたずら電話や、後をつけられるなどの迷惑行為を受け、五輪出場を後悔したそうです。16歳で長野冬季五輪に出場したフィギュアスケート荒川静香さんは、何人もの先輩から異なるアドバイスを受けて混乱し13位と振るわず、やはり五輪出場を後悔しています。

佐々木投手も、メディアやファンから、今後は批判的な言葉も多くなるでしょう。『勝利しなくてはならない』と考えずに、勝利に向かって全力で野球を楽しんでほしいです。負けないことを目標とするのではなく、勝つために挑戦し、プレーすること、自分はまだまだ体が未完成であるのを忘れないことが大切です。

現時点で、投手として最高といえる記録を打ち立てたので、今後、佐々木投手の成績は下がっていくでしょう。パーフェクトピッチング記録が途絶えた後が重要です。当然ですが、パーフェクトピッチング中は、走者に注意する必要はありません。走者が出たときに、どのようなピッチングをするかが鍵になると思います。

パーフェクトピッチング中の佐々木投手は、まだ野球というゲームを楽しんでいる状態ではなく、ピッチングのみをしている状態で、少年野球のエースと同じです。対戦相手と駆け引きをし、作戦の読み合いをし、ゲームを楽しんでほしいですね」

オトナンサー編集部

完全試合を達成した佐々木朗希投手(2022年4月、時事)