(作家・ジャーナリスト:青沼 陽一郎)

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 世の中には「ゴム人間」がいる。政治家や芸能人に多く、宇宙人が維持できなくなった崩れた顔を隠すために「ゴムマスク」をかぶっている――。

 警察官爬虫類型の宇宙人が化けたもので、実は「松ヤニ」に弱い。だから、松ヤニを持ち歩いて嗅がせれば撃退できる――。

 そんなことを真剣に語っている大人たちの集団がある。「神真都Q」と書いて「やまとキュー」と自称する団体だ。

反ワクチン活動をしながら「松ヤニで警官を撃退」を信じ込む

 この団体が新型コロナウイルスワクチン接種に反対する「反ワクチン」のデモ活動を日本各地で展開。今月7日には子どもの接種会場になっていた東京・渋谷区のクリニックに押しかけ、メンバー4人が建造物侵入の現行犯で逮捕された。

 さらに20日には、この団体の代表とされるイチベイ(岡本一兵衛)こと倉岡宏行容疑者(43)が同容疑で逮捕されている。逮捕者が出る以前の3月15日には、接種会場だった東京ドームに押しかけて、一時入場が制限されるというトラブルも引き起こしていた。

 倉岡容疑者は日活俳優として活躍した岡崎二朗の息子で、本人も「岡崎礼」の芸名でいわゆる「ヤクザもの」のVシネマなどに出演していた元俳優。神真都Qには他にもタレントの美輪明宏の甥や、50代の元アイドル女性など、ちょっとした“有名人くずれ”も少なくないのがひとつの特徴。そして冒頭の「ゴム人間」を積極的に喧伝しいていたのがイチベイこと倉岡容疑者で、デモの度に松ヤニを持ち歩いて警察官の顔にかざしているメンバーも少なくない。

「Qアノン」の一派を自任してはいるが……

 そもそも、この反ワクチンを主張する「神真都Q」とはどんな集団なのか。

 この団体をずっと追いかけてイチベイ(倉岡容疑者)のインタビュー映像をSNSで公開している藤倉善郎氏によれば、「大和民族は、善い宇宙人と龍神のDNAを受け継いでおり、悪い宇宙人やその手先であるディープ・ステートに支配された世界の人々を覚醒させる存在である」などと主張する団体とのこと。「Q」の文字が象徴するように、米国のドナルド・トランプ大統領を支持する陰謀論集団「Qアノン」の日本グループを自認している。最初は「大和Q」と名乗っていた。

 もともとは昨夏あたりから「イチベイ」や「甲」「甲兄」といったアカウントが中心にネット上で陰謀論を拡散するところからはじまったようだ。

 だが、その陰謀論というのも、「ゴム人間」や「爬虫類型宇宙人」はたまた「光の戦士」などが登場して、聞けば聞くほど、まるでアニメの設定を寄せ集めて作り上げている、あるいは、子どもの「○○ごっこ」の遊びの世界観がどんどん大きくなってきたような印象で、いちいち文字にするのも憚られる。大統領選挙に不正があったとするような本場の「Qアノン」とも毛色が違う。

 ただ、厄介なのは、ここに「反ワクチン」が加わったことで、がぜん社会的な影響力を増したことだ。「ゴム人間」や「爬虫類型宇宙人」に関心はなくても、新型コロナウイルスワクチンだけには不安を覚え、陰謀論をにわかに受け入れてしまう人たちが少なくない。

 そのことが集団を急激に大きくさせた。実際に「反ワクチン」のデモを全国各地で行うようになったのも、今年の1月9日からだった。そこからデモ参加者も急増する。

神真都Q」の主張するところは、そもそも新型コロナウイルスは存在しない、というものだ。だから、彼らはマスクをしない。むしろ、ワクチンには毒が入っている。ワクチンを接種することで、男に女にも影響が出て不妊になる。そうやって人口を減らすことが目的なのだ。だから、接種をさせてはいけない――。

 そうして集団の中にできた「行政実行部隊」とされる急進的なメンバーがクリニックに押しかけて逮捕された。

 ところが、「反ワクチン」のデモに参加する人たちの中には、そんな主張も知らない人たちがいる。新型コロナウイルスの存在を認めていても、ワクチンの治験が十分でない、ということを理由に参加する人たちもいる。「神真都Q」に根っから染まっていなくても、ワクチン接種に反対という理由だけが一致してデモに連なる人も少なくないのだ。

社会的孤立者にとって「癒しの場」となっていた可能性

 日本国内でワクチン接種が本格化する前には、様々な報道がなされた。不安を煽るものもあれば、副作用を心配するものも少なくなかった。ただでさえ、新開発されたmRNAワクチンを体内に取り入れることには不安を覚えるものだ。まして、新型コロナウイルスの蔓延で自粛生活が迫られ、孤立するケースも増えた。不安と孤独は、恐怖を助長し、ものごとを悲観的に受けとめやすくさせる。

 米国のトランプ支持者には、白人でしかも社会的に孤立した人たちが目立つことが報じられている。米国の一人暮らしの世帯はいまでは全体の28%を占め、研究機関の調査では、親しい友人が全くいないと答えた成人の割合が1990年の3%から、コロナ禍もあって2021年には12%にまで上昇したとされる。「ロンリネス・エピデミック(孤独の局所的大流行)」が叫ばれるようになり、そうした孤独を背負った人々が一体感を求めるのがネットコミュニティーで、「Qアノン」の支持者にも少なくないと見られている。

 孤立は正常な判断を誤らせる。極端な例でいえば、いわゆる通り魔事件を起こす犯罪者の背景にも長期に及ぶ欲求不満のストレスと孤立があって、これが犯罪者を破滅的な思考へと落としこんで凶行に走らせる。米国で無差別殺人を起こした「インセル」もその類だろう。

 隔週の日曜日に行われる「反ワクチン」のデモのあとには、必ずといっていいほど飲食を共にする打ち上げがあったそうだ。50代60代の女性も珍しくなく、参加者によれば、みんな人当たりはよく、優しかったという。どちらかというとサークルの感覚で、そんなところにも人とのつながりに飢えている側面を感じさせる。そこが「神真都Q」の求心力――というより、価値観を共有できる集いの場となったのかもしれない。

  彼ら彼女らはネットコミュニティーで集めた反ワクチンに関する情報には精通していて、それぞれが一家言を持ってデモに参加する。そこにはトランプ支持者の選挙運動と同じ臭いすら漂う。納得でいないこと、望まない結末には、陰謀論を差し挟むことで不安と不満を打ち払い、落ち着きを取り戻す。

 今回、陰謀論を唱えて逮捕者まで出たことから、ネット上にはオウム真理教を連想させるとする声も少なくなかった。しかし、オウム真理教と「神真都Q」はまったく違う。

 ひとつは、カルトの特徴でもある絶対的指導者がいないことだ。麻原彰晃であれば、信者たちは絶対的権威には逆らえない、強迫の構図ができる。むしろ、ロシアプーチンに近い。だが、「神真都Q」にはそんな存在はなく、教祖が唱える絶対的な教義もない。寄せ集めの想像と筋書きで陰謀論を逞しくしているだけだ。

 それともうひとつは、オウム真理教は教祖の提唱する教義と世界観を盲信するのみで、実在する医薬品の安全性を否定したり、ひとつの社会事象に対してキャンペーンをはったりすることもなかった。それこそオウム真理教という教団は、宗教法人認可をめぐって東京都庁に押しかけたり、バッシング報道で報道機関に集団で乗り込んだり、団体の利益に相反することに威圧することはあっても、信徒個人の解脱を優先して修行に勤しみ、むしろ信者以外の一般市民を「凡夫」と罵っては、「救済」の名のもとに粛々と殺人やテロ活動に邁進していた。

歴史は繰り返す

 この反ワクチンデモをあえて例えるなら、遺伝子組み換え作物が登場してきた当時に似ている。1990年代に米国の市場に初めて流通してから、日本へも食材として流入してきた。その時の消費者の反発は大きかった。健康に害が及ぶ、極端なものでは癌になるなどとして、流通に反対する声は大きかった。

 それまで地球上に存在しなかった食材を体内に摂り込むことは、科学的に問題はないとされても、ある程度の覚悟と勇気がいる。漠たる不安を覚える人たちも少なくなかったはずだ。そこに否定的な見解が登場し、人々の不安をさらに膨らませた。あれから30年近くが経とうとしているが、癌になるという因果関係は見えない。Z世代の遺伝子や身体にも変調を来したとは聞かない。

 歴史に学ぶのであれば、遺伝子組み換え食品やmRNAワクチンのように、これまで人類が体験したことのない食品や医薬品が登場するたび、われわれは同じような行動を起こす可能性が高いと見るべきだ。

 今回、「神真都Q」のメンバーから逮捕者が出たことを受けて、24日に予定されていた、隔週日曜日ごとの各地でのデモは中止となった。活動自体が停止となり、すでにコミュニティーツールのオープンチャットから離れていく人たちも増えている。反ワクチン運動に関わってきた人々は、ほとんど意気消沈しているという。

 接種を受けようという人たちの自由を妨害することは問題だが、意外と早くこの集団の活動も沈静化するはずだ。ただ、だからといって安心はできない。2016年に神奈川県相模原市の障害者施設「津久井やまゆり園」を襲った植松聖死刑囚がそうであったように、世間の賛同を全く得られないような暴論を唱え続けた人物や団体が、何かをきっかけに信じがたい凶行に突き進むこともある。社会としての監視の目だけは怠らないことだ。

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