スイスの高級時計ブランド「OMEGA(オメガ)」のパロディー時計「OMECO(オメコ)」をめぐって、とんだ騒動が勃発している。

一度は登録を認められたOMECOの商標が無効とされたことで、パロディー時計側が商標の有効性を争うため、今年1月に裁判を起こしたのだ。

OMEGA社による「OMECO」取消申請が認められたのは、いかなる理由なのか。そして訴訟の行方は——。特許庁の判断を弁護士が解説する。(編集部・塚田賢慎)

●OMEGAに目をつけられた

「OMECO」は、株式会社OMECO(東京都台東区)が作る「変態高級時計」と銘打たれた時計だ。2万円程度の価格帯で販売されていた『OMECO 潮FUKIMASTER』や『OMECO 潮FUKIMASTER 極』には、文字盤に女性器のマークと「OMECO」の文字があしらわれている。

同社は2020年8月5日、「OMECO」を商標登録した(2019年10月31日出願)。しかし、本家のOMEGA社が登録異議の申立てをすると、特許庁は2021年12月14日、異議を認めて商標登録を取り消す旨の決定をしたという。

その決定に先立ち、OMECO社は意見陳述を送ったが特許庁はそれを却下。そこで、今年1月、特許庁の決定を不服として取消決定の取り消しをもとめ、知的財産高等裁判所へ行政訴訟を提起した。第1回口頭弁論が4月25日に開かれる。

なお、OMECO社は、文字盤に使用している女性器のマークも商標出願し、こちらは正式に登録され、特段の登録異議の申立て等はなく推移している(2021年10月11日)。

特許庁は商標登録取り消しにおいて、どのような判断を下したのか。商標登録取消決定の通知に、特許庁の考えが示されている。そして、知財高裁の訴訟の行方は。岩永利彦弁護士に聞いた

●「混同防止」と「公序良俗違反の防止」が主な争点

——本件商標登録取消における争点は?

「広義の出所の混同防止」を規定する商標法の4条1項15号と、「公序良俗違反の防止」を規定する同項7号が問題になっています。

特許庁はこれら2つの争点について、いずれも違反を認めました。

まず、「OMEGA」商標は著名性が高く、「OMECO」商標との類似性もあるなどの理由から、「OMECO」商標を使用した時計を見た取引者などは、「これはOMEGA社と何らかの関係を有する者が販売しているのではないか」などの誤認をしてしまう(=出所の混同を生じるおそれがある)と判断しました。

つぎに、「OMECO」商標の称呼(呼び名)が、女性器等を意味する俗語を連想させたりするので、卑わいな印象を与えるうえに、上記のとおり、OMEGA社との関係で出所の混同を生じさせ、結果、「OMEGA」商標にただ乗り(フリーライド)して、OMEGA社の信用等を害するおそれもあると判断しました。それ故、社会的相当性を欠いているとして、公序良俗違反としたようです。

——OMEGA側は商標法4条1項11号・同項19号違反も主張しましたが、特許庁は「該当しない」としています。今後の裁判において、意味を持つものでしょうか?

多少重要です。同項11号・同項19号は、両方とも基準の商標との「同一・類似」を問題とするものです。

「該当しない」と判断したということは、特許庁も「OMEGA」商標と「OMECO」商標は、ガチンコでは類似しないと判断したものと推察されます。

ですので、今後の裁判でも、「OMEGA」商標と「OMECO」商標は類似していないことが前提になると思います。

——商標登録取消とされた判断の評価をお願いします。また、知財高裁ではどのような点が争われるのでしょうか?

まず、今回の特許庁の取消決定には弱い部分もあります。上記のとおり、「OMEGA」商標と「OMECO」商標はガチンコだと類似していないと思います。

では、ガチンコだと類似していないという意味ですが、外観(見た目)は、5文字の欧文字商標なのに、そのうち2文字も違います。そして、称呼も「オメガ」と「オメコ」ですので、異なる部分の母音が異なり、濁音かそうではないかの違いもあり、紛らわしくなく区別できます。さらに、観念(意味)は、全く違いますので、普通に判断すると非類似となるでしょう。

この点について、特許庁の取消決定の同項15号(混同)に関する箇所も、実は、外観と称呼の判断はしておりますが、観念の判断はしていないのです。

商標の類似等は、この外観・称呼・観念の3要素と取引実情を加味した総合判断ですが、特許庁の判断はその一部を欠いており、いわば誤魔化しているのです。

それはそうですよね。「OMECO」商標で、普通、観念するのは、まさにオメコ(女性器)ですので、観念を持ち出されると、一気に「そんなものが似ている訳がない、つまり混同なんか起きる訳がない」となるからです。

それ故、広義の出所の混同に関する最高裁の規範【最高裁平成10年(行ヒ)第85号同12年7月11日第三小法廷判決・民集54巻6号1848頁】からしても、混同のおそれなしと判断されると思います。

●OMECO側は、特許庁がごまかしたポイントを突くのが得策か

ですので、OMECO社側は、この特許庁判断の弱い部分を突くのが最善と言え、観念のオメコ(女性器)を強調し、同項15号をクリアするのが得策だと思います。

しかし、オメコ(女性器)の強調によって逆に不利になる点もあります。それは、同項7号(公序良俗違反)の方です。

ここは、特許庁判断に弱い部分はあまり見当たりません。そうすると、ただでさえ分が悪いのに、さらに「卑わいな印象」の方を強調するわけですから、商標権者にとってなおさら厳しいように思えます

——フランク・ミュラーとフランク三浦の裁判のように、パロディー側が勝つこともありえるでしょうか?

フランク・ミュラー」と「フランク三浦」の裁判では、この同項7号の問題がなかったので、本件の方が難しい問題を孕んでいると言えます。

とは言え、戦略的には、同項15号(混同)のクリアを優先すべきだと思います。なぜなら、混同が生じているということになれば、商標登録を失うだけでなく、後々、本家のOMEGA社から不正競争防止法等による差し止めや損害賠償を受ける可能性が出てくるからです。

同項7号(公序良俗違反)だけの違反ならば、商標登録は失いますが、引き続き「OMECO」商標の使用は容認されるというところに落ち着きます。

●特許庁が言うところの「卑わい」を突き詰める…違憲訴訟という道も

――では、商標法4条1項7号の問題は指をくわえて傍観し、降参するしかないのでしょうか?

いいえ、私は正々堂々と戦う方法があると思います。それは、憲法21条で規定する表現の自由などを俎上に乗せ、憲法との整合性を問うということです。

「オメコ」だろうが「チンコ」だろうが、別にそのものの写真を商標にしているわけではないし、誹謗中傷でもないのですから、誰かの価値判断を強制させるのではなく、そのような「言葉」でも登録商標とする自由の方を優先すべきということです。

また、特許庁が取消決定で記載した「卑わい」という言葉も抽象的で明確性を欠き、憲法31条違反とも言えるのではないでしょうか。

すなわち、商標法4条1項7号そのものが違憲、または特許庁判断の今回の取消決定が違憲、そのような主張もあり得ると思います。

●これは単なる「オメコ問題」ではない

アメリカでかつて似たようなことが問題になりました。

2011年、ある人が、「fuct」(fuck過去形当て字。おおよその意味は分かりますよね)という商標を出願したところ、アメリカの特許商標庁は、連邦商標法で規定する「不道徳」な商標に該当するとして拒絶したのです。

しかし、2019年の連邦最高裁は、拒絶理由とした「不道徳」条項については、「物の見方、観点」に基づく「差別」であって、表現の自由を保証する合衆国憲法に違反する(違憲)と判断したということがありました。

何が「卑わい」だとかは誰かが決められるものではありませんし、仮に商標が「卑わい」だとして何の問題があるのでしょうか。

本件は、単に「オメコ」の問題に留まらない高次元の問題を内包する重要な事件なのです。知財高裁にはぜひ妥当な判断をお願いしたいと思います。

【取材協力弁護士】
岩永 利彦(いわなが・としひこ)弁護士
ネット等のIT系・ソフトウエアやモノ作り系の技術法務、知的財産権の問題に詳しい。メーカーでのエンジニア、法務・知財部での弁理士を経て、弁護士登録した理系弁護士。著書「知財実務のセオリー 増補版」及び「エンジニア・知財担当者のための 特許の取り方・守り方・活かし方 (Business Law Handbook)」好評発売中。
事務所名:岩永総合法律事務所
事務所URL:https://www.iwanagalaw.jp/

『OMEGA』パロディー時計『OMECO』 商標登録はなぜ取り消されたのか