妻のことを「自分の頭の中だけの存在」だと思い込んでいる男。彼が相談する悪友こそ、実は空想上の存在で――。pixiv月例賞で優秀賞を受賞した「実在と非実在の間で揺れる男女の話」は、現実と空想の淡いで揺れる男女それぞれの視点を巧みに描いた作品だ。

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■何が本当で、何が空想なのか。二転三転のサスペンス

『神様、僕は気づいてしまった』(作画担当、原作:岩城裕明)などの作品で活躍するウエマツ七司(@uemt_74)さんが、3年前に制作した『サイケデリック』を再録した本作。

半年前に結婚したばかりの男「瀬尾栄二」は、自分の妻である「ハル」を自分の妄想だと信じていた。笑顔でそう話すのは、妻であるハル当人。栄二の妄想はハルの存在ではなく、「ハルを架空の存在だと信じていること」だったのだ。

ハルは精神科医で、結婚したのも栄二がハルのもとを受診したのがきっかけだったため、そうした状況に動じる様子もなく、同僚の看護師カンナ」に近況を語る。ハルを妄想だと思い込んでいる栄二は、職場の友人「武見」に内心を吐露する。だが、職場に弁当を届けにきたハルが見たのは、一人で見えない誰かと話し続ける栄二。自分の妻を妄想と思い込むだけでなく、架空の同僚を実在の人物だとも信じていたのだ。

栄二の状態を理解し見守るハルだったが、栄二の方は武見からの「別れちまえそんな女」という“アドバイス”に突き動かされ、ある日別れを切り出してしまう。「これで消えてくれる」と思った栄二だが、実在するハルが消滅するわけもなく、翌朝変わらぬ姿で現れたハルにとうとう錯乱してしまい――、というストーリー。

妄想に囚われた栄二の視点と、その様子を語るハルの視点が入り乱れた本作。現実と虚構のはざまを揺さぶる仕掛けに読者からは「惹きこまれる」と反響を呼んでいる。ウォーカープラスでは今回、作者のウエマツ七司さんにインタビュー。『サイケデリック』のアイデアの発端や、演出面のポイントなど制作の舞台裏を訊いた。

■“正解は何色?”些細な会話から生まれた「サイケデリック

――「サイケデリック」を描かれたきっかけを教えてください。

「当時も商業の方で漫画を執筆していたのですが、そちらの方はコメディしか描いていなかったので、シリアスなものを描いて関西コミティア(※創作同人誌の即売会イベント)で同人誌にしたいなと思い描きました」

――登場人物の視点すべてが信用できないシチュエーションに引き込まれました。本作のアイデアはどんなところから生まれたのでしょうか?

「自分でもうろ覚えなのですが、以前、美容師さんが『見る人によって色が変わる“○○”があるんです。その人にはその色にしか見えないんです。だから本当の正解が何色か誰にも分からないんです。不思議で怖いですよね?』というような話をしてくれたのがきっかけかなと思います。その“〇〇”がなんだったのかは全く思い出せませんでした」

――劇中随所に張り巡らされた仕掛けや演出が本作の見どころの一つです。中でも特にこだわった部分はどんなところですか?

「混乱しやすい内容だったので、コマ外の色やキャラクターデザインでひたすら分かりやすくしようと心がけました。あまりうまくいきませんでしたが……」

――実在の人物と架空の人物が入り乱れた作品ですが、キャラクターの描き方はどういったところを意識されましたか?

「真逆の考えを持って自問自答することは人間誰しもあると思うのですが、理想の自分の反対意見を無視できるかが分かれ道、といった具合に栄二とハルを配置しました。あとは架空の人物を、現実にはいない髪色にすると分かりやすいかなと意識しました」

――本作でウエマツさんが気に入っているところを教えてください。

「優しいお姉さんだけど裏があるとか、黒髪褐色ギャルがウブであるとか、そういうギャップが好きなのでこれからも描きたいです」

pixiv月例賞の受賞のほか、読者からも「引き込まれた」と多くのコメントが寄せられました。こうした反響についての感想を聞かせてください。

「感想が何より嬉しいので、大変ありがたく全て読ませていただいております。特殊な表現があるので結構な勇気を込めて投稿したのですが、自分が思ってた以上に好意的に受け取っていただき、一つ扉が開いた感覚があります。本当にありがたいことです。感謝です」

取材協力:ウエマツ七司(@uemt_74)

「妻は妄想上の存在」、その考えこそが妄想で…虚実の淡いに引き込まれる漫画「サイケデリック」/画像提供:ウエマツ七司(@uemt_74)