娯楽の極めて少ない北朝鮮では、何かに付けて酒を飲んで、歌って踊って騒ぐことで憂さ晴らしをする。毎年4月5日の清明節もそんな日だ。日本のお彼岸のように墓参りにいくのだが、親戚一同が先祖の墓の前に集まり、宴会を開く。

そんなときに欠かせないのが密造酒だ。国営工場で製造されている合法的な製品だけでは需要を賄えない、値段が高いなどの理由で密造酒に手を出すのだ。

一方、当局は酒を飲んで騒ぐことを「スルプン」(酒風)として非常に嫌っており、社会主義にそぐわない行為として取り締まりの対象としている。密造酒の製造ももちろん取り締まりの対象だ。

平安南道(ピョンアンナムド)のデイリーNK内部情報筋は、最近あった大規模密造酒業者の摘発について伝えた。

道内の平原(ピョンウォン)郡の両花里(リャンファリ)に住む農場員のキムさんは、地元で知られた大口の密造酒業者だった。他の業者同様に、清明節と太陽節(4月10日金日成主席の生誕記念日)などの書き入れ時を迎え、清酒、ビールなどの酒類を大々的に醸造して、郡内の食堂などに卸していたが、今月4日に酒を運搬中に非社会主義グルパ(取り締まり班)に逮捕された。

グルパはキムさんの自宅を家宅捜索し、出荷する前の清酒、ビール、そして原料として買い込んでいたトウモロコシ2トンのすべてを押収した。

取り調べでキムさんは、軍に行った息子が栄養失調にかかり、仕送りをするために酒の密造を始めたと自供した。息子は結局、結核にかかり鑑定除隊(病気による除隊)となったが、今度は治療費が必要となり、生産量を増やしていたという。

キムさんは非常に勤勉で、昼間は農場の仕事をこなし、帰宅後には酒の醸造のみならず、養豚にも取り組んでいた。農場の作業班も、キムさんの経済力のおかげで営農資材などを賄うことができており、非常に評判の良い人だったという。

働き者で優れた経営手腕を持った人だったが、当局はそれを評るどころか、酒の密造で行っていたことで取り締まりのターゲットとしたのだ。

グルパは、「人々が食糧難で餓死している苦しい時期なのに、穀物を使って密造酒を作るのは深刻な反逆行為」「非社会主義の元凶」などと激しく批判した。

密造酒から得られる利益で農場が経済的に助かっていたことなどは、全く評価されないのだ。熱心に働いたことが罪になるような社会で、誰が頑張って働こうとするだろうか。

ちなみに押収された酒は国営商店に、トウモロコシは国家糧政事業所に送られた。つまり、個人の財産を勝手に取り上げ、それを販売して、利益を国が横取りしたということだ。

平壌のサッカースタジアムで保安員(警察官)と揉める北朝鮮の男性。周りの人々は指を指して保安員を非難している(参考写真)。