ロンドン発]キーウキエフ)を陥落できずウクライナ東・南部に戦線を集中したウラジーミル・プーチン大統領。当初予定していた5月9日の対独戦勝記念日の「勝利宣言」をあきらめ、「特別軍事作戦」を「戦争」に引き上げる可能性が出てきた。夏ごろにウクライナにとどめを刺すためだ。

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 シンクタンク「英国王立防衛安全保障研究所」(RUSI)の陸戦専門家ジャック・ワトリング研究員らがまとめた報告書『作戦Z 帝国の妄想がもたらす断末魔の苦しみ』をもとに報告する。

(参考)https://static.rusi.org/special-report-202204-operation-z-web.pdf

西側諸国も見据える戦争の「長期化」

 ボリス・ジョンソン英首相はウクライナへのスターストリーク対空ミサイル対戦車ミサイル800発など1億ポンド(約160億円)の武器供与を発表した翌日の4月9日ウクライナ国民との「連帯の証」としてキーウを訪問、「ウォロディミル・ゼレンスキー大統領の断固たるリーダーシップと、ウクライナ国民の無敵のヒロイズムと勇気」を称賛した。

 装甲車120台と対艦ミサイルシステムの供与と、融資保証が総額で7億7000万ポンド(約1240億円)に達することも明らかにした。

 4月22日、訪問先のインドでは戦争が来年末まで続く恐れがあることに同意するかと尋ねられ、ジョンソン氏は「悲しいことだが現実的な可能性だ」と述べた。英政府は間もなくキーウの大使館を再開する。

 アメリカからもアントニー・ブリンケン国務長官とロイドオースティン国防長官が24日、キーウを電撃訪問。アメリカも外交官をウクライナに戻す。バイデン政権になって同国への安全保障支援は総額43億ドル(約5520億円)にのぼる。

 ロシア軍は25日、東部へのウクライナ軍の援軍と米欧の支援物資輸送を妨げるため、中・西部の5つの鉄道駅に精密誘導ミサイル攻撃を行ったとみられる。オープンソース調査機関「ベリングキャット(猫の首に鈴をつける)」はウクライナ国営メディアに「ロシア軍は保有する精密誘導ミサイルの7割を使用した可能性が強い。ウクライナミサイルを撃墜するだけでなく、プログラマーを特定する作業も行っている」と述べた。

「ゼレンスキー大統領の目標はロシアを領土から追い払うことだ」

 ロシア軍の損害について、ベン・ウォレス英国防相は「約1万5000人のロシア軍兵士が死亡した。戦車530両、装甲兵員輸送車530台、歩兵戦闘車560台を含む2000台以上の装甲車が破壊または捕獲された。60機以上のヘリコプター戦闘機を失った。ロシアはスラバ級ミサイル巡洋艦モスクワが沈没したことを認めたが、これは侵攻以来失った2隻目の重要な海軍資産だ」と明らかにした。

 ブリンケン国務長官は26日、米上院外交委員会で「ゼレンスキー氏の目標はロシアが占拠している地域から彼らを追い出すことだ。ウクライナが主権を持つ民主的な独立国家として目標を定めるのであれば、われわれはそれを支持する」と述べ、最終的にはウクライナが抑止と防衛の能力を獲得できるよう支援する方針を表明した。

 オースティン国防長官も同日、ドイツラムシュタイン空軍基地で開かれた国際会議で、40カ国以上によるウクライナ支援グループ結成を発表し、こう語った。

「この紛争を終わらせることが最優先課題だが、ロシアが近隣諸国を脅かす能力を低下させることも目的だ。ロシア軍は陸上兵力、精密誘導弾、主要戦闘艦を失った。対露制裁、貿易制限で弱体化した軍事力を補強するのを困難にする」

 ロシアから原油・天然ガスを輸入し、自動車自動車部品や機械を輸出するドイツもこの日、ゲパルト自走対空砲(チーター)50両をウクライナに供与することを発表した。

 ウクライナと国境を接するロシア西部ブリャンスクにある露石油パイプライン運営会社トランスネフチの石油貯蔵施設では25日未明、大規模な火災が発生。暗号化メッセージアプリ「テレグラム」に投稿された動画にはミサイルが飛んでくるような音と強力な爆風が記録されていた。

 同日、セルゲイ・ラブロフ露外相は「第三次大戦が勃発する現実的な危険がある。ロシアは核戦争を何としても防ぐという原則を守るために多くのことをしている」と警告した。

「ウクライナの大砲がロシア軍部隊を破壊した」

 戦争は明らかに新たな段階に入った。冒頭、紹介したRUSIのワトリング氏らはウクライナ政府高官や将校、同国や西側の情報機関関係者、ロシアの戦略産業元従業員を含むエネルギー専門家、ロシアとの連絡を保つ北大西洋条約機構NATO)加盟国や非加盟国の外交官や国家安全保障担当者と面談、現地調査で戦場から回収したロシア軍の装備品、膨大なロシア政府内部の漏洩資料を分析した報告書『作戦Z』を4月22日に公開した。

 陸戦でロシア軍が大打撃を受けた理由について「対戦車ミサイルロシア軍の動きを鈍らせたが、彼らを殺したのはわれわれの大砲だった。これがロシア軍部隊を破壊した」(ウクライナ軍司令官顧問)という。通常ロシア軍の重装備を運ぶ鉄道輸送が使えず、利用できるわずかな道路も交通渋滞で物資を運ぶのは困難だった。キーウを攻撃できる状態になった時にはすでにキーウを攻略するのに十分な戦闘力を失っていた。

 ロシア軍5月9日の「勝利宣言」という所期目標を達成するため、キーウ攻略を断念、戦力を東・南部に集中させたが、戦闘能力不足は解消できていない。チェチェン紛争やシリア軍事介入を指揮し「シリアの虐殺者」と恐れられるロシア軍南部軍管区トップアレクサンドル・ドボルニコフ上級大将がウクライナ侵攻を統括する総司令官に任命され、夏に向け部隊を増強する。主導権はプーチン氏の出身母体FSB(連邦保安局)から国防省に移った。

 ロシア内部で戦争のとらえ方も変遷した。

 3月24日、ブリャンスク州知事は「ロシア軍は多大な人的損失にもかかわらず大祖国戦争(1941~45年)の英雄たちの偉業を再現してウクライナの秩序を回復し続けている」と宣言。「砲撃や空爆があった場合の学生や従業員の行動手順について教育機関で説明会を実施する」「愛国的組織とともに公的な地方防衛分遣隊の編成に関する準備作業を行う」ことを地方当局に指示した。

「大祖国戦争」と比較され始めた「特別軍事作戦」

 3月下旬の時点でウクライナロシアに侵攻してくる恐れは皆無だったが、企業は対戦車防衛を準備するよう指示された。ロシア領土が侵略されるというデタラメが戦争を正当化する口実として使われたのだ。

 それが現在、露メディアを通じて流されるコンテキストは、東部ドンバスに限定された戦闘から、ウクライナを戦場としたNATOとの組織的闘争へと変わった。ウクライナへの「特別軍事作戦」は「大祖国戦争」並みに扱われだしたのだ。

 4月3日にはキリル総主教がロシア軍の大聖堂で「私たちはファシズムを壊滅させたことがある。再びそれを繰り返すだろう」と述べた。

 翌4日「ウクライナを非ナチ化するためには少なくとも一世代は主権を失うべきだ」と唱える政治活動家ティモフェイ・セルゲイセフ氏は露国営通信RIAノーボスチに「ウクライナ国民の大半は消極的ナチだ。非ナチ化は必然的に脱ウクライナ化でもある」と主張した。

 このように、公に戦争について議論することは禁止されていたはずなのに「特別軍事作戦」は戦争とみなされるようになった。

 同月18日、ビチェスラフ・ニコノフ国家院副議長は「これは善と悪の力の激突だ。われわれは聖戦を戦っており、勝たなければならない」と述べた。テレビロシア存立にかかわる闘争として「特別軍事作戦」のエスカレーションを促すコメンテーターの発言であふれ返った。

 ロシア軍の戦車と分かるように使用された「Z」はキリル文字にはない。今では大祖国戦争の勝利(1945年)から77年を意味すると解釈されている。2つの「7」を重ね、そのうち1つを逆さにしたシンボルだというのである。ロシアの軍事的後退は、NATOウクライナナチスを利用した結果だというデッチ上げが展開されている。弱体化した兵力を補強するため徴兵と兵役契約、予備役の招集を正当化する必要に迫られているからだ。

「中期的には夏の攻勢でウクライナを仕留めようという思惑がある」

 報告書はこう指摘している。

ウクライナの勝利は可能だが、当面激しい戦闘が避けられない。モスクワは戦闘の長期化を意図している。短期的には東部ドンバスで大攻勢を仕掛け、中期的には夏の攻勢でウクライナを仕留めようという思惑がある。紛争の長期化は西側諸国にとって危険だ。エネルギー価格の高騰で秋になれば景気後退入りし、ウクライナへの支持はしぼみ、米欧の足並みの乱れを突いてロシアによる制裁回避の外交努力も強まる恐れがある」

 旧ソ連圏を対象に諜報活動を担うFSB第5局はロシアの侵攻に徹底抗戦するというウクライナの決意を見誤ったとして150人以上が追放されたと英紙タイムズは報じた。その失地回復のための「偽旗作戦」なのか、4月25日にはモルドバ東部の親露派支配地域「沿ドニエストル共和国」の治安当局本部がハンドグレネードランチャーで砲撃された。26日にはロシアラジオ放送を伝える2つのアンテナが爆破された。

 モルドバでは1990年ロシア系住民が「沿ドニエストル共和国」の分離独立を宣言。91年、ロシア軍の支援を受けた沿ドニエストルモルドバ政府軍との間で紛争が勃発、92年に停戦協定が成立している。こうして独立状態となった沿ドニエストル側は「国境検問所」を設け、モルドバ政府は手が出せない。筆者は放射性物質の闇取引を取材するため2015年12月モルドバの首都キシナウでタクシー運転手と料金交渉し、日帰りで沿ドニエストルに行ったことがある。

「ワシリー」という名の運転手はそわそわしながら、ダッシュボードの中から黒いビニール袋を取り出した。袋には拳銃が入っていたので「オー・マイ・ゴッド」と声を上げてしまった。「元警官だ。心配するな」というワシリーは銃所有の許可証を示した。携帯電話で呼び出した女性と路上で落ち合い、拳銃を包んだビニール袋を手渡す。続いて運転手仲間に迷彩柄のジャケットを預け、車の登録証を更新しに行った。

「沿ドニエストル共和国」の独立を承認する可能性も

 沿ドニエストルまで車で約1時間半。ワシリーは「検問所に近づいたら写真は撮るな」と釘を刺し、筆者の旅券を調べた。「キシナウ」の印を確認してから、ようやく「国境」に向かい始めた。モルドバ側では軍が警戒し、沿ドニエストル側では「国境管理」が行われていた。「金が要る」というワシリーに筆者は行きと帰りにそれぞれ200モルドバ・レウ(約1400円)札を渡した。沿ドニエストルではロシアの「平和維持軍」1500人が闊歩していた。

 しかし、この兵力ではウクライナ南西部の港湾都市オデーサオデッサ)を制圧してクリミア半島から沿ドニエストルを結ぶ「陸上回廊」を構築するには不十分だ。このため東・南部戦線の陽動作戦としてオデーサ北西部への限定的な攻撃を支援したり、東部ドンバスと同じように「沿ドニエストル共和国」の独立を承認したりする可能性も指摘される。

 ウクライナでの苦戦から国民の関心をそらし、プーチン氏の面子を守るために安っぽい「勝利」を用意するつもりなのかもしれない。筆者は報告書『作戦Z』をまとめたワトリング氏にいくつか質問をぶつけてみた。

ロシア軍追い出しのためにはウクライナ軍は多数の犠牲を覚悟する必要が

――なぜロシア政府の内部文書にアクセスできるのですか。

「そのルート明らかにしなかったのは多くの人をトラブルに巻き込む恐れがあるからだ。ロシア政府内部には不満を持つ人が大勢いて密かに他国の人と連絡を取るようになり、情報が漏れ出している」

――モルドバ東部の沿ドニエストルクリミア半島をつなぐ「陸上回廊」をロシア軍は構築できるのでしょうか。

「それが、今ロシアがやりたいと思っていることだ。しかし彼らにはその能力がない。兵力が足りない。兵力を動員できるとしても少なくとも夏の終わりまでかかるので、現時点ではその脅威はない。しかしそれまでにモルドバを政治的に不安定にできるかどうか、ロシアはその辺りを探っているのだろう」

――FSB第5局は沿ドニエストルで何をしようとしているのですか。ウクライナで失墜した評価をモルドバで取り返そうとしているのでしょうか。

ロシアの情報機関や軍で働く人は皆、失敗した時に責任を問われることを気にしている。だから成功を証明する必要がある。しかしモルドバでの活動はFSB第5局の責任範囲だ。旧ソ連圏で諜報機関としての活動を担っている。その範囲でクレムリンに選択肢を提示しようとしている」

――アメリカのブリンケン国務長官は、ロシアが占拠している地域から彼らを追い出そうとするゼレンスキー氏を支持すると表明しましたが、戦争終結のためのハードルを高くすることになりませんか。

ロシアウクライナの領土から追い出すことは可能だが、通常、攻撃側の犠牲者が多くなる。激しい戦闘が不可欠になる。(ロシア軍を追い出そうとするならば)ウクライナ側は防御の優位から攻撃に転じることになる。問題はロシア軍が崩壊するかどうかだ。ロシア軍の士気は低いので陣地を守る気はないだろう。しかしロシア軍が必死に陣地を守ろうとしたら、ウクライナには厳しくなる」

「国際社会はロシアに占拠されたウクライナの領土という立場をとっている。ウクライナ政府が自国の領土を取り戻そうとするのは全く正当なことだ。法的な問題ではなく、ウクライナがそれを行う能力があるかどうかということだ。いずれ分かることだ。まずロシアウクライナの領土をこれ以上奪わないようにすることだ」

ロシア国内の兵站拠点を攻撃することに法的問題はない

――ロシア国内の石油貯蔵施設がウクライナによって攻撃されました。ラブロフ外相は核の使用をにおわせました。

ロシアは非常に些細なことにさえ核の脅威を使ってきた。核の使用をにおわせたからと言って、実際にそうするとは限らない。ウクライナからすればロシアと戦争しているわけだから攻撃するのは当然だ。ロシア国内の兵站を攻撃することに法的な問題は何もない。これは軍事目標に対する限定的な攻撃だ。ロシア国家の存立を脅かすものではない」

「これはウクライナロシアに侵攻することを示唆するものでもない。兵站とインフラを攻撃しても状況がエスカレートしているとは思えない。問題はロシアが決定的に負けていて現場の状況が悪化して打つ手がなくなったと判断した場合に自暴自棄になって非常に無責任な行動に出る恐れがあることだ」

――プーチン氏は現在どのような計画を立てているのでしょう。

「彼の計画は常に変化しているので、特定するのは難しい。東部ドンバスでの攻撃がどうなるかを見ないと。部隊をもとのレベルに戻すまで戦闘の強度を下げなければならない。それで大きく前進できなかった場合、困難な状況に陥る」

「仮にかなりの予備役を動員し始めたとしても、装備を整え、部隊を編成するのに少なくとも数カ月はかかる。予備役の動員はロシア国内では好まれない。国民がそれを政策として受け入れるかどうかロシア国内でのコンテキストを観察することが重要になってくる」

――どうしてロシアは「大祖国戦争」を引き合いに出すのですか。

大祖国戦争ロシアの道徳的アイデンティティーの根幹をなしているからだ。共産主義が良いということには同意できないが、ナチスを倒すのは絶対的に正しいということだ。自分たちが犠牲になるなら、同じような重要な目的のためでないと、というコンテキストが強調される」

――私たちもすでにロシアと戦争しているのでしょうか。それともウクライナを支援しているだけでしょうか。

「私たちはウクライナを支援しているだけだ」

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