ロシアの外務大臣、セルゲイ・ラブロフは外交官として終了しました。

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 すでに報道されている通り、ロシア連邦外相として5月1日イタリアのテレビ・インタビューに答えて、ナチス・ドイツ独裁者アドルフ・ヒトラーの血統に「ユダヤ人の血も入っていた」と発言したのです。

 イスラエルはもとより世界各国から猛烈な非難を浴びています。

 この不用意な発言、外交官としてのラブロフの政治生命はもとより、国連におけるロシアの安全保障理事会、常任理事国からの追放に引き金となりかねない致命的な失言です。

ラブロフは一体何を喋ったのか?

 日本国内では「ロシアのラブロフ外相のヒトラー発言でイスラエルが猛抗議」といった報道がなされています。そもそもラブロフは一体何を言ったのでしょう。

 問題の発言は5月1日日曜日、イタリアのテレビ番組「Zona Bianca」でのインタビューに答えて出てきたものです。

 さっそく実物(https://www.nbcnews.com/video/lavrov-s-comments-about-hitler-and-antisemitism-condemned-by-israel-139084357912)を確認してみましょう。

 このリンクの12秒目あたりからのラブロフの発言を訳してみます。代名詞を補うなど、文責はすべて私。

 ウクライナゼレンスキー大統領は主張する。「いったいいかなる<ナチ化>が可能だと(ロシア側は)言うのだろう? 私自身がユダヤ人だというのに」と。

 しかし、私の記憶が正しければ、いや、間違っているかもしれないが、ヒトラーもまたユダヤ系の出自を持っていた。だから(ゼレンスキーの)主張は、およそ意味をなしていない。

 私はかつて、賢明なユダヤ系の人々から聞いたものだ。

「最大の反ユダヤ主義(アンティセミティズム)はユダヤ人自身から出てくる」と。

 ツッコミどころ満載のこの発言ですが、どこが最もマズいのか?

A:ロシアのラブロフ外相はゼレンスキーヒトラーだと言った云々

 これダメという報道、新聞も含め目にしましたが、いまさら問題になりません。その種の発言はプーチンを含め、とうの昔から耳にタコができており、国際問題にはならない。

B:ナチス独裁者アドルフ・ヒトラーユダヤの出自

 これは相当、問題です。またこれを取り上げて「荒唐無稽」と評するものもありましたが、ヒトラーの生前、それもナチスが政権を奪取する以前からからこの種の風説はささやかれ続けていました。とりわけソ連では酷かった。

 しかし、この点に関してはヒトラーの顔を見れば一目瞭然です。

 チョビ髭を生やしていますよね。金色ですか。ヒトラーはアーリア系、ゲルマン民族らしい金髪碧眼でしょうか。カラー写真をリンクしておきましょう(https://gigazine.net/news/20090609_adolf_hitler_colorphoto/)黒褐色です。

 DNAなどがあれば科学的検証も考えられますが、KGBが保管していた「ヒトラーのものとされる頭骨の一部」は女性のものと判明しています。

 下顎骨もあるとされますが、その種の検証は行われておらず、史料的には「ヒトラーユダヤ人説」は否定されています。

 根強くささやかれる都市伝説としては延命、特に「典型的なゲルマン・ヴァイキング金髪碧眼の多いソ連では、後述するユダヤ人学生の大学入学制限などに関連して、根強くささやかれ続けてきた経緯があります。

 大陸ですから人種は複雑に入り混じっており、少なくともヒトラー金髪碧眼の典型的ゲルマン人からは程遠い。

 メラニン色素の濃い生物学的特徴を持ち、数代遡っても「ユダヤ教徒」の祖先を確認できない。このあたりまでは不動の事実と思われます。

 手塚治虫に「アドルフに告ぐ」(1983-85)というマンガ作品があるのは、ご存じの方も多いでしょう。

 この「アドルフに告ぐ」が、まさにこの「ヒトラーユダヤ人説」を核として作られたフィクションです。

 この種の風聞は幾度も浮上しては否定されてきたものばかりです。

 これをロシア連邦の外相として発言するのは、72歳で締まりが悪くなっている、ラブロフの外交官としての質の低下を示すものでしょう。

 1000歩譲れば、本人も「私の記憶は間違っているかもしれないが・・・」と断っているので「ああ、あれは記憶が間違っていた。大変申し訳なかった」と謝罪すれば、まあ収拾不可能ではない。

 芸能人や政治家がよく言いますよね「不適切な発言だった。ごめんなさい」そのパターンで、ここまでであればラブロフ延命もあり得たと思います。

 しかし、最後がいけません。この戦争がある種の終わり方をすれば、以下の「第3点」によってラブロフが命を失いかねない、決定的な失言が以下に続きました。

「賢いユダヤ人」と「そうでないユダヤ人」

 ラブロフ「終了」の決定的失言は以下の部分です。

 私はかつて、賢明なユダヤ系の人々から聞いたものだ。「最大の反ユダヤ主義(アンティセミティズム)はユダヤ人自身から出てくる」と。

 直前に「ヒトラーユダヤ系」と断ったうえで「最大の反ユダヤ主義(者)=ナチスドイツユダヤ人自身が作り出した」と、ロシア外相は西側メディアに漏らしてしまった。

 つまり、「ナチスドイツホロコーストユダヤ人自作自演」と発言した。

 実はこれとて、金髪碧眼の多い旧ソ連ロシアエリートたちの間で戦後長らくささやき続けられた話の一つでしかありません。

 ただ、国外持ち出しは不可、ロシア国内専用の<ホンネの風聞>です。

 それを絶対に話してはいけない西側メディアのインタビューで老ラブロフは漏らしてしまった。

 ウクライナ戦争の当初、和平調停に前向きだったイスラエルは、この発言だけで完全にロシアの敵になってしまった。

 そもそもユダヤ人を「賢いユダヤ人」とそうでないもの、つまり「愚かなユダヤ人」に分けるというのが、戦後の人種倫理で絶対にやってはいけないことです。

 私も外務研修を受けたことがあります。考えてみてください。例えば、もし責任ある地位の人間が「賢いアフリカ人」と「そうでないアフリカ人」と国連総会で発言したら?

 一体何が起きますか。人種だけではありません。

「賢いイスラム教徒」と「そうでないイスラム教徒」を差別する発言があったら?

 どこかの高位イスラム指導者から暗殺指令「ファトワー」が出ても文句が言えないくらい「マズい」発言です。

ユダヤ」という言葉は人種的に「ユダヤ系」であるという側面と「ユダヤ教徒」であること、双方を意味します。 

 双方の意味で「賢いユダヤ人」と「愚かなユダヤ人であるナチスドイツアドルフ・ヒトラー」という一緒くたは、イスラエル政府だけにとどまりません。

 米国の政権中枢にいるユダヤ系高官や金融からITまで随所で活躍するユダヤビジネスマン、「ザッカーバーグ」とか「ブルームバーグ」とかラリー「ページ」とか、ユダヤ系の苗字を挙げるのに苦労は要りませんが、そうした人たちを全部を敵に回す愚挙です。

 外交官が最も踏んではいけない地雷をラブロフ翁はまともに踏んづけた。

 それにしても、なぜ「賢いユダヤ人」などという愚かな発言をラブロフは漏らしてしまったのか?

 それは、この「決まり文句」がラブロフの創意になるものではなく、旧ソ連時代に蔓延した最悪のダブルスタンダード、クリシェだからにほかなりません。

ソ連がナチスから踏襲したユダヤ人迫害手口

 1950年モスクワで生まれたセルゲイ・ラブロフは72年にモスクワ国際関係大学を卒業してソ連外務省に入省、91年のソ連崩壊後も「外事」という専門職で生き抜き、職業外交官として2004年、プーチン政権の外務大臣に就任。

 5代の政権にわたってその地位を守ってきました。政治性が弱いとされますが、同時にそれは一種の「外務利権マフィア」であることも意味している。

 チェチェン弾圧、クリミア併合、シリア大虐殺・・・全部「ラブロフ外相」での出来事ですから、草鞋の底のような鉄面皮で何でもしゃあしゃあと言い抜けるのが仕事です。

 そもそもラブロフが外交官キャリアをスタートさせた翌年の1973年10月6日、第4次中東戦争が勃発しています。

 この戦争は、ソ連が後押しするエジプトシリアアラブ側が、失地回復を目的に「二正面作戦」でイスラエルに奇襲攻撃をしかけたものでした。

 イスラエルが軍事的に巻き返しを図るとソ連は「黒海艦隊」を配備、一時は「すわ、第3次世界大戦か?」と全世界が騒然となりますが、アラブ~ソ連側の「経済制裁」によって「平和的」な収束が模索されました。

(先日ウクライナ軍に撃沈された「旗艦モスクワ」が就航するのは、もっと後のことになります)

 オイルで圧力をかけたのです。

 まず、10月16日「石油輸出国機構(OPEC)」としては原油価格を引き上げます。

 次いで「アラブ石油輸出国機構(OAPEC)」として石油の段階的減産を発表。10月20日以降は親イスラエル国への石油輸出を禁止。オイルと経済を盾に圧力をかけた。

 米国のとりなしもあり、さすがのイスラエル側も反攻を思いとどまり、10月24日、3週間弱で直接戦闘は収束。西側軍備を背景に無敗を誇ったイスラエル軍の神話は崩れ去ります。

 パレスチナの緊張関係は1978年民主党ジミー・カーター大統領が調停した「キャンプデービッド合意」で宥和方向に進み、以降「中東戦争」としての全面対決は起きていませんが、今日に至る膠着状態は周知の通り。

 2011年以降のシリアでは「アラブの春」の抑え込みから内戦が勃発。

 ロシアが支持するアサド政権と、西側がバックの反政府勢力、また例のイスラム国など、複数の勢力による泥沼の戦争で国民の過半数が難民化。

 史上最大規模の難民流出が発生し、2015年のEU難民危機は翌2016年、英国のEU離脱に直接の引き金を引きました。

 そのシリアでアサド政権を後見、民間人を標的にロシア軍の無差別攻撃を指揮したのがアレクサンドル・ドヴォルニコフで、彼に追われる形で莫大な数のシリア難民が発生しました。

 その同じドヴォルニコフが、現在はウクライナ侵略の総司令官としてロシアの軍事侵攻を指揮し、ウクライナでも難民が発生、マリウポリやドンバスの焦土作戦が毎日進んでいます。

 ちなみにこのドヴォルニコフも函館から500キロほどの沿海州出身、なりふり構わぬ「武勲」で出世していった人物であることは本連載で既に触れました。

 古くは冷戦中期の中東戦争からチェチェン進攻、クリミア併合、ドネツクルハンスク傀儡国家樹立、そしてシリアの民間人大虐殺・・・。

 一連のソ連~ロシア外交に半世紀以上一貫して関わって、ロシア製ストーリーを強弁してきたのが、セルゲイ・ラブロフという男の生き様でした。

 そしてそのラブロフ老人の本音が、イタリアという西側メディアのインタビューでのアドリブで全世界に開陳された。

 一人ラブロフにとどまらず、ロシア連邦の生存にとっても、場合によれば命取りの打撃になりつつあります。

「賢いユダヤ人」と「そうでない」ユダヤ人。こう口を滑らせた外交官は100%アウトです。

「シオニスト」や「体制に順応的でないユダヤ人」を選別し、多くの場合「ユダヤ人」自身に強いて「ユダヤ人」を弾圧させてきた、ナチスと同一のロシア「伝統」手法の本音だからです。

 いま現在もマリウポリには「ウクライナ人選別センター」が設置され「賢いウクライナ人」と「そうでないウクライナ人」をロシアは選別の真っ最中。

「そうでない」人は収監~拷問~行方不明というレーニンスターリン以来のお決まりのパターン。

 そうした本音で話すのは、あくまでロシア国内だけのケジメがあったはずでした。

 しかし、72歳でいろいろ締まりのなくなってきたラブロフ氏、うっかり洩らしてしまった。

 彼の外交官人生は実質的に終止符を打ったと考えざるを得ません。

 というか、この人物が表に出ると、まとまるものもまとまらなくなります。また、もう表に出てこない方が彼自身、天寿を全うする上でも安全でしょう。

日本のすぐそばにある
ウクライナ人だらけの「ユダヤ自治州」

 ホロコーストというナチスの犯した人類史上最低最悪の犯罪実態、シベリア抑留というその模倣犯被害に遭ったはずの日本なのに、しばしば誤解されますので、正確に記しましょう。

 アウシュビッツ強制収容所でホロコーストの「実務」。例えばガス室を「運転」するとか、死体を火葬場に「運搬」「焼却」さらには灰を埋めるとか実働は、ナチス自身が行ったわけではありません。

 武装したナチス将校は「警備」し「命令」するだけです。

 実際の「作業」は、基本的にすべて収容者自身に担わせていました。そして一定のサイクルで、そうした作業に従事した人々の命も奪って「口封じ」していた。

 いまだにこうした記憶を持つ人は生きており、ラブロフの発言は「引き裂いてやりたい」位の憎悪を、今現在、被害者側に与えています。

(私の親友、映画監督のフランク・ダイヤモンドも6歳でベルゲンベルゼン収容所から解放されたときの記憶を私は直接聞いています)

 こうしたノウハウをスターリン・ソ連指導部は、第2次世界大戦終結後、占領したベルリンザクセンハウゼン強制収容所などで「学び」「シベリア抑留」などの「エネルギー開発政策」に「応用」しました。

 満州で拿捕された約57万人の日本人がシベリア各地で使い捨て労働力となるべく「移送」されました。

 私の父もそうした一人でした。現在、その労働の「成果」は「東シベリア油田群」を中心とする、ロシア連邦の「地下資源戦略」に「役立てられて」います。

 強制収容所内の治安確保のため「資質」ある日本人には「社会主義教育」が施され「日本人が日本人を管理する」体制が準備された。最悪の手口です。

 私は抑留者の息子ですので、部分的には生前の父からも一端を聞かされ、過去40年間、様々な生還者の方々から様々なご教示をいただきました。

 しかし、そのスターリンが、実はヒトラーよりも早い時期、1920年代からユダヤ人の迫害政策を実行に移していたことは、現在もあまり広く知られていません。

 ロシア連邦には「ユダヤ自治州」という行政区画があります。

 ユダヤと名付けられていますが場所は東シベリア、中国の黒竜江省とアムール川を挟んだ対岸の湿地。

 北海道対岸のハバロフスク地方に接していますので、札幌から直線距離で500~600キロほど、東京よりも近い。

 夏は蒸し暑く冬は極寒、とても人が住みたい場所ではなく、事実、歴史的に長らく無人だったこの「自治州」の民族構成は「ウクライナ人」が非常に多いのです。

 いったい何が起きていたのか?

 2022年5月現在も、マリウポリで現地ウクライナ住民に呼びかけられている「投降すれば極東の自由な土地が待っている。90万円の支度金もつけよう」というアジテーションは、スターリン時代、ウクライナベラルーシモルドバ、ベッサラビア住民の「計画的植民」という強制移住の非人道的手口と基本、変化がありません。

 1928年アドルフ・ヒトラー率いるナチスが政権を掌握するより5年も前に、スターリンは、2022年のいま現在、プーチンロシアが狙っているのと同じ黒海沿岸、伝統的にロシア人などいるわけのないギリシャ=東ローマ=ビザンツ文化圏の土地から現地住民を強制退去させました。

 特に、最大規模のユダヤ人コミュニティを誇ったオデッサオデーサなどからユダヤウクライナ系住民を「ユダヤ固有文化の奨励」などと宥和的な姿勢、いわば「飴」を見せて、札幌からたった500キロ、極東の辺境に強制移住させたわけです。

 ところが1930年代後半、政権が疑心暗鬼となりスターリン粛清が始まると、ユダヤ人指導者は逮捕、投獄、行方不明などとなり、現在の「ユダヤ自治州」のユダヤ人口比率は1%にも満たない。

 典型的な「ポグロム」です。つまりユダヤ人虐殺に手を染めたのも、スターリンの方が実はヒトラーよりも早かった。

 ユダヤ系住民が消えた極寒の「ユダヤ自治州」に、残されたウクライナ系住民の子孫が今も住んでいる。

 そこにさらにまた今、マリウポリやハリコフから、ロシアウクライナ人を強制移住させようとしている。

 こんな体制が21世紀の地球に存在して良いわけがありません。存在自体が人類の不幸と言うべきでしょう。

ユダヤの才能に嫉妬・嫌悪し利用したソ連
レフ・ランダウの場合

 一連の出来事の大本はどこにあるのか。常識の源流を20世紀中半まで遡ってみます。

 第2次世界大戦後、英国の2枚舌、3枚舌外交の嘘がばれ、パレスチナ紛争が勃発。収拾がつかなくなった英国政府は、1948年5月15日付で国連にパレスチナの後始末を丸投げしてしまいます。

 米国とソ連が介入、パレスチナ分割が模索されますが、極めて人口の少ないユダヤ側にエリアの3分の1以上を認める分割案が提出され、アラブ側は当然、猛反発。

 5月14日イスラエルが建国を宣言すると、翌15日にアラブ側が攻め込み、第1次中東戦争が勃発します。

 このときスターリン・ソ連は当初、元来は宗主国の英国と対立していたイスラエル側を援助します。

 ところがイスラエルは西側についてアラブと対立したため、スターリンイスラエルユダヤ人民族主義者つまり「シオニスト」を危険視。

 ソ連領内のユダヤ人大弾圧が計画されます。ラブロフやプーチンはこの時期に生まれた子供ということになる。

 しかし、実行以前にスターリンは死亡し、このときは事なきを得ました。

 ソ連では第2次大戦後、長らく大学に「ユダヤ人制限枠」が設けられました。

 理由は簡単でなく、いくらでも背景がありますので別稿に譲りますが、この民族差別待遇はゴルバチョフによるペレストロイカまで停止されることがありませんでした。

 プーチンが学んだ時期、レニングラード大学には露骨な「ユダヤ人制限枠」が残存、というよりソ連ユダヤ差別の一大中心になっていました。

 また察するところ、ラブロフが学生だった時期つまり中東戦争真っ盛りの「モスクワ国際関係大学」も「ロシア的なるもの」が称揚され、「ヒトラーユダヤ系」「最大の反ユダヤ主義はユダヤ人自身が振り回すものだ」といった表現が日常化していた可能性があります。

 ロシアユダヤ人差別問題は極めて根が深く、この紙幅でカバーできません。端的にはロシア正教を含むキリスト教圏で「ユダヤ教徒」はイエス・キリストを処刑した民族として敵視され、生産労働から排外される場合が多かった。

 ここで難しいのはイエス・キリスト自身が「ユダヤ人」であることです。

ユダヤ教を否定したユダヤ民族の人」を全人類の「神の子」と見なすキリスト教の根本教義に直結する宿業ですが、日本社会では理解されたためしがほぼありません。

 むしろ「金貸し」を許され金融業を発達させたことで、「ベニスの商人」の金貸しシャイロックのような悪役イメージの方が受け入れやすい様子ですが・・・。

 ロシアでは、スターリングラード戦など「祖国防衛戦争」を戦ったロシア軍も、相対するナチスも、当たり前ですが「通常装備」での激戦でした(核など存在しなかった)。

 しかし、米国に亡命したユダヤ物理学者が主力となって原爆が開発されると、ロシアも原水爆開発に注力します。

 そこで成果を挙げたのは、ソ連国内でキャリアが続かず、欧州に留学したユダヤ物理学者でした。

 最新の量子力学、原子核物理を修めていたからです。

 1910~30年代前半の量子物理揺籃期、ロシアは革命直後で先端的な物理学研究拠点は存在していませんでした。

 英ケンブリッジから一時帰国していたピョートル・カピッツァの再出国をスターリンが禁止して研究所を設立するなど、無理やりなことをして、ロシアは西側物理へのキャッチアップを開始した。

 しかし、ソ連国内の大半の物理は、旧態依然たる古典論人口が大半でした。それらに基づく破壊兵器で「祖国防衛戦争」に勝ったという自負が戦後の「ロシア生え抜き物理学界」には存在していたわけです。

 そして、通常兵器派のロシア物理学者と、原水爆開発に実力を発揮するユダヤ物理学者の政治的乱闘などというとんでもない事態に発展します。

 そんな欧州留学組の一人、レフ・ダヴィドヴィッチ・ランダウ(1906-68)は、西側の水爆研究者が全員で取り組んで計算できなかった水爆の出力をほぼ独力で導き出しました。

 バケモノ級の才能を発揮したこのレフ・ランダウは、アゼルバイジャン生まれのユダヤ人物理学者で、典型的な「ロシア生え抜き側からのユダヤ人攻撃対象」でもありました。

 いまとなっては、ランダウは誰に聞いても異論のない「ソ連最高最大」というか、20世紀の理論物理学の多くを一人で書き下ろした、歴史的な大物理学者です。

 かつまた、「スターリン」はもとより「レーニン」までもが「ファシスト」と看破した、歯に衣着せぬ人物で、第2次大戦下に「反スターリニズム」のアジびらを撒いた、極めて豪胆な人間でもありました。

 当然ながらランダウは強制収容所に送られ、あやうく殺されかけます。

 しかし、盟友のピョートル・カピッツァに救われ、そのときの業績で後に一応ノーベル物理学賞も受賞します。

 そのような、ノーベル賞など10個あげてもおつりの来る、100年に1人も出ない俊英でした。

 ただ、同時に「歩く下半身」だったりもしたのは、物理屋界隈では有名な話でした。

 そんな天衣無縫なランダウの生きざまは、十分周囲の嫉妬や怨嗟、憎悪も掻き立て続けます。

 それでも、ランダウの爪の先ほどの仕事も敵対するロシア物理学界が束になってかかってもできなかった。

 そしてその「才能」だけを「利用」する方法を、凡庸無能なソ連は工夫したわけです。

 結局、ランダウは粛清されないために、嫌々ながら「水爆の基礎計算」を引き受けた。

 ロシア物理業界が1000人でかかろうと1万人で取り組もうと、ランダウ1人の足元にも及びませんでした。しかし、1953年スターリンが死ぬと、ランダウはさっさと核兵器開発から逃げてしまった。

 こんな具合で「獅子身中の虫」のようなユダヤの頭脳を「利用しつつ」「迫害する」無能な官僚制の歪んだ手口をソ連~ロシアは100年来温存し続けてきました。

 この種の物理や核開発の米ソ対立、ユダヤ人差別問題も、長年アンネ・フランク・ハウスと考えてきた問題で山のように詳細がありますが、今回はすでに十分紙幅オーバー、別の機会に譲ります。

安保理常任理事国からロシア除名に漸近

 今回ラブロフが漏らしてしまった「賢いユダヤ人」が「ユダヤ人虐待」という表現は、ユダヤ教徒のイスラエルユダヤ教徒ではないユダヤ出自の人々、ホロコーストを経験したEU諸国、英国、米国、すべてにとって超ド級の「核地雷」を踏んだ意味を持ちます。

 おとがめなし、で済む話ではありません。

 間違いなくロシアにはかなり手痛い失態ですが、さてプーチンはどのように強弁するつもりなのでしょう。

 あるいはガン無視を決め込むだけかもしれませんが・・・。

「国連」という組織は「ナチスドイツを叩き潰す」ために米ソが呉越同舟してできたものです。

 外交の表舞台で、一国の外務大臣が「ホロコーストユダヤ人自作自演」と発言してしまったら、すでにその国に国連の席はないもの、と覚悟せざるをえない事態です。

 国連安保理常任理事国からのロシア除名に、一歩近づいた可能性があるでしょう。

 少なくとも5月9日ロシア「終戦記念日」に、ラブロフがまたとない添え物をくっつけたことは間違いありません。

[もっと知りたい!続けてお読みください →]  サイバー空間で既に完敗のロシア軍、情弱性が白日の下に

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