5月9日の18時をもって大統領の座から退くことになる韓国の文在寅大統領が、このところ連日、尹錫悦(ユン・ソクヨル)次期大統領に向かって非難と毒舌を浴びせている。自分の退任と地方選挙を目前に控えて支持層を引き締めようとする意図が透けて見えるが、韓国国民の反応は極めて冷ややかだ。

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すでに決まった「大統領執務室移転」にしつこく反対

 文在寅大統領による「尹錫悦次期大統領」批判の最大攻撃ポイントは、「大統領執務室の移転」問題だ。尹錫悦氏が大統領に当選し、青瓦台大統領府)開放と執務室移転を公表すると、文在寅政権と共に民主党は「安保空白」を理由に執務室移転に強く反対してきた。

 しかし、尹次期大統領は自分の意思を曲げず、結局、大統領就任式が行われる5月10日から青瓦台は全面開放され、尹新大統領は国防部のある龍山(ヨンサン)で執務を始めることが決まった。

 このようにすでにケリがついた事案であるにも関わらず、文大統領は今も非難を続けている。

「個人的に気に入らない。執務室を移すのは国家の百年大計だが、どこが適切なのかなどをめぐって世論の収斂もしなかった。安保危機が最も高まる政権交代期に、このような推進について、私は本当に危険だと思っている」(4月26日JTBC放送とのインタビュー)

「(大統領府に寄せられた「大統領執務室移転反対請願」に対して)個人的に請願内容に共感する。もともと公約していた光化門移転が難しくなったにもかかわらず、巨大な費用をかけて光化門ではなく他の場所に移転しなければならないのか、そもそも疑問だ」(4月29日国民請願に答える)

 そしてもっとも目を引いたのは、5月5日、韓国の「子供の日」の行事で青瓦台に招請された子供たちの前で、「皆さんが青瓦台で遊べる最後の子供たちになった」と言い放ったことだった。5月10日から一般市民に青瓦台が全面開放されるというのに、事実に反するようなことまで口にして、執務室移転への強い反感を改めて示したわけだ。

かつて自分が公約していた内容なのに、次期大統領が実現すると猛批判

 退任目前の大統領による「次期大統領批判」はこれだけにとどまらない。

 尹次期大統領の強硬な対北朝鮮政策については、「国家指導者として適切ではない。北朝鮮を相手にした経験がないからだろう」と言いがかりをつけ、尹政権の代表公約である女性家族部廃止については、「よく知らないまま女性家族部を廃止すると言ってはならない」と露骨に非難した。

 その反面、自身の在任期間を振り返りながら「危機を体験したが最も成功的に克服し先導国家に導いた大統領」と自賛するばかりか、文政権の最大アキレス腱になった不動産政策失敗については「不動産価格上昇は全世界的な現象で我が国の上昇幅が最も小さい側に属する」と開き直ってみせるのだった。

 これほど国民感情とは正反対の感覚をもちながら、その韓国国民が選んだ新大統領に対して「気に入らない」「危険だ」「よく知らないまま」などと見苦しい罵倒を続ける文大統領に、韓国の多くのマスコミは猛反発している。

<任期が終わる瞬間まで、「幽体離脱(責任回避のため当事者でないように振る舞うこと)」「ネロナムブル(私がすればロマンス、他人がすれば不倫=身内に甘く、身内以外に厳しいこと)」「詭弁(きべん)」ばかりだ。だから、国民の批判を浴びて政権を失ったのに、「全てうまくやった」と言っているのだ>(朝鮮日報4月27日社説)

<退く大統領としての知恵と包容を期待したが、自身に対する弁護、そして政派トップとして後任者に対する批判ばかりが目立った。不適切だった>(中央日報4月28日付社説)

<どうか大人らしい姿を見せてほしい。支持者を煽って尹次期大統領を傷つけ、新政権のスタートを妨害することは、最もしてはならないことだ>(ソウル新聞4月28日社説)

二律背反的な矛盾とネロナンブル型話法に国民はめまいがする。文大統領は約10年前の大統領選挙初出馬の時から“宮廷のような青瓦台を出て国民と意思疎通する”と公約してきた。後任がその夢を実現するというのに、解決可能ないくつかの問題を誇張して最後まで反対する行動に誰が納得するだろうか>(韓国経済4月30日社説)

<文大統領は自己弁護でも足りずJTBC対談に続き、29日には執務室移転反対国民請願に直接答えながら尹次期大統領を非難した。後任大統領を繰り返し批判したのは国民に対する欠礼だ>(国民日報5月2日付社説)

<最後まで意地悪と言い訳、恥知らず、自画自賛、自己保護で一貫している。文大統領の“見苦しい後始末”に対する恥は、なぜ国民の役目でなければならないのか問い返したい>(ソウル経済5月6日社説)

狙いは地方選挙に向けての陣営引き締め

 政権寄りのマスコミを除いたほぼすべての韓国マスコミが、文大統領に自制を要求しているにもかかわらず、文大統領が「尹錫悦批判」を我慢できない理由は何だろうか。

 知人の韓国記者は次のように分析する。

「支持層を固めて6月の地方選挙で勝利をおさめ、退任後の安全を保証してもらおうとしているのだ。3月の大統領選挙において、『国民の力』の尹錫悦候補は世論調査では5~10%もリードしていたのに、実際には0.7%程度のわずかな差で当選し、冷や汗をかくことになった。これは、『国民の力』支持者より『共に民主党』支持者の方がより積極的に投票所に出向いたからと分析することができる。

 6月に行われる地方選挙は大統領選挙よりはるかに投票率が低いため、『民主党の支持者が投票所に積極的に足を運べば勝利できる』と判断したのだろう。

 国会の全議席の過半数を握る民主党の非協力で、尹錫悦政権は発足直後から困難に直面すると予想される。そんな尹錫悦新政権にとって、国政運営の原動力となりえるのは、地方選挙の圧勝だけだ。つまり、地方選挙で国民の力が圧勝できなければ尹錫悦政権は出だしからレームダックに陥りかねない。それを文大統領は狙っている」

 5月第1週のギャラップの定期世論調査によると、文在寅大統領の支持率は45%で、韓国で大統領制が始まって以来、最も高い支持率で退場する大統領となった。まさに異例の大統領と言える。

文在寅大統領の高い支持率のカラクリ

 文大統領が最後まで40%を超える高い支持率を得られた理由は、国民全体ではなく支持者だけに焦点を当てた独特の統治スタイルが功を奏したからだ。新型コロナウイルス感染症の渦中では防疫を口実に保守団体のデモは厳格に規制したが、民主労総など自分の支持団体の不法デモは見て見ぬふりをした。

 コロナ禍の現場を守った医療スタッフに対しても、医師たちが自分に批判的だと見るや、facebookに「現場を守った医療スタッフのほとんどは看護師だ」と書き込んだ。

「住宅を所有すれば保守的になる」という持論を持った大統領府のキム・スヒョン政策室長が基本方針を立てた文政権の不動産政策は、住宅保有者に過度な税金を賦課する方向で一貫した。女性優待政策を施行する反面、若い男性たちを蔑んで敵に回し、若い世代には「ジェンダー対立」という新しい社会問題を抱かせた。

 結局、文在寅の歴代最高支持率は、歴代最高の「分裂的統治技術」が作り出した負の成果である。何よりも歴代最高の支持率にもかかわらず、「政権交代10年周期説」のジンクスを破り、5年ぶりに政権を明け渡した初の大統領になったことがその証拠だ。

「退任後は忘れられたい」と言い続けている文在寅大統領だが、様々な意味で、韓国の歴史に末永く名を残すことになるだろう。

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韓国の文在寅大統領(写真:ロイター/アフロ)