(唐鎌 大輔:みずほ銀行チーフマーケット・エコノミスト

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円安はどうやったら止まるのか?

 円安相場が収束する雰囲気が感じられない。

 ドル/円相場は3月初頭から約2カ月間で約15円も上昇している。パンデミック直前の3年間(2017~19年)の平均年間値幅が9.74円だったことを思えば、特に企業部門においては、文字通り「急激な変動」を体感している最中と言える。

 ここにきて最も受ける問い合わせは、(1)円安はいくらまで進むと思うか、(2)どうやったら止まると思うか──の2点である。直感的に(1)が多いように思われがちだが、(2)も同じくらい多い。

 円高方向と円安方向では、根本的に防衛の難易度が異なる(言うまでもなく円安を防衛する方が難しい)。そのため、「本当にこの円安は止まるのか」という得も言われぬ不安を抱く人々が増えること自体は不思議ではない。円高相場と異なり、購買力平価(PPP)などに代表される「もっともらしい節目」も見つけにくいという事情もあり、円安を「糸の切れた凧」のように不安げに見る心持ちは理解できなくはない。

 効果があるかどうかは別にして、日本の為政者が本当に「円安を止めたい」と考えた場合、自ら講じることができる処方箋は3つある。今の円安の背景は金利と需給から説明されることが多いので、処方箋もそれに沿っている必要がある。

 前者の「円安はいくらまで進むと思うか」にアプローチする処方箋としては(A)日銀の正常化プロセス着手、後者の「どうやったら止まるか」にアプローチする手段としては(B)原発再稼働および(C)訪日外国人旅行者(インバウンド)の解禁などが考えられる。

 いずれも、それをやったからと言って円安の潮流を覆せる保証はない。為替は常に「相手がある話」であり、日本の事情だけで方向感は決まらないからだ。

 しかし、今の為替市場では、「参院選前に対立論点は作らない」という岸田政権の決定力のなさを見透かし、半ば「高を括った円売り」に勤しんでいる向きも多いように思える。とすれば、(A)〜(C)を実施する価値がないとは言えない。すべて同時に講じれば円安が反転する可能性は相応に高いと筆者は考える。

円安反転に効果が高そうな金融政策の正常化だが……

(A)日銀の正常化プロセス着手
 多くの人々にとって最も分かりやすいのは、(A)日銀の正常化プロセス着手だろう。

 3月以降、日銀の一挙一動は明らかに為替市場でウォッチされている。例えば、4月13日は「信託大会における日銀総裁挨拶」といった誰も気にしていなかったようなイベントで相場が走り出した(ここから126円台に乗せている)。

 こうした注目度の高さを踏まえれば、日銀の緩和路線修正が流れを変える可能性はゼロではない。しかし、この選択肢は4月28日の政策決定会合や総裁会見を踏まえる限り、ほぼあり得ない選択肢となっている。

 4月会合では「粘り強く金融緩和を続ける」と言い続けた上で、現行枠組み維持を前提として指値オペを毎営業日行うという決定がなされた。どちらかと言えば緩和強化で応戦しており、「為替市場との全面対決」を選んだ格好である。

 しかし、これは妙手だったと筆者は考えている。為替市場は常に飽きっぽい。指値オペが日常化すれば、「オペ通告のたびに円売りが進む」というノイズは払拭できる公算が大きい。

 そもそも、仮に何らかの緩和修正に着手したとしても、為替市場は「催促すれば引き締めして(円高にして)貰える」と解釈し、「次の一手」に期待を膨らませ、催促相場を育てようとするはずだ。

 よって、中央銀行が為替市場の乱高下に巻き込まれた時は、基本的に「相手にしない」が一番であり、淡白な情報発信に努めるのが最善である。この点、指値オペの常態化は好手である。

 だが、すべては「円安は日本経済全体にとってプラス」という前提に拠って立っており、ここに疑義を持つならば、何らかの緩和修正は必要になる。4月28日の会見でも、黒田総裁は「過度な変動はマイナスに作用する」と述べ、既に「悪い円安」論を唱えていた鈴木財務相の見方に寄せた感もあった。

 本当に日銀が何らかの手を講じなければならなくなった場合、何が想定されるか。

 フォワードガイダンス(金融政策の先行き指針)の引き締め方向への修正、長短金利操作(イールドカーブ・コントロール、YCC)における誘導目標金利の短期化(10年→5年)など小手先の論点が取りざたされやすいが、「次の一手」に対する催促相場を確実に断ち切りたいならば、一気にプラス金利まで視野に入れて利上げすることではないか。日銀の姿勢が「根本的に変わった」という可能性を感じさせるからだ。

 しかし、そうなれば家計部門にとって最も重要な住宅ローン金利なども上がるため、政治的な逆風にもなりかねないだろう。参院選前の岸田政権にこれを容認する胆力があるとは思えない。

 とすれば、少なくとも7月末までは現状が続くというのが既定路線と言えるし、その後は「自民党総裁選挙が……」といった理屈の下で、やはり見ないふりを決め込む可能性は高い。円安修正を企図して、政府・日銀が(A)日銀の正常化プロセス着手の経路を選択する公算は小さい。

タブー視されている原発再稼働のインフレ対策効果

(B)原発再稼働
 今次の円安局面において、最も重要な論点は「需給が円売り超過に傾斜しているのだから円安で問題ない」という主張である。圧倒的な事実ゆえに、反論の余地がほとんどない。

 その象徴が毎月計上される大幅な貿易赤字であり、周知の通り、輸入金額の急増により引き起こされている。貿易収支のフローは必ずアウトライト(買い切り・売り切り)取引として市場に現われ、流れを作るのに寄与する。金額は「価格」×「量」で算出される。資源の「価格」は日本の力でどうすることもできない。

 しかし、資源を輸入する「量」は、国内の電源構成を修正することで可変的である。半ばタブー視されてきた原発再稼働が足許で注目されている理由の一つである。

 最初に断っておくが、筆者は原発再稼働の是非を問うつもりはない。あくまで「円安を止めたいならば何があるか」と考えた時、それが議論の俎上に上ってくるのが自然だという話である。

 もっとも、円安抑止は原発再稼働の副産物であり、全体論からすれば些末な話である。本当の問題意識は、「これ以上、日本経済のダウンサイジングをすることが正しいのか」というより大きなものになる。この点は後述する。

 いずれにせよ、現状、日本の輸入金額の25%が鉱物性燃料である以上、資源高が貿易収支の仕上がりに影響する部分は相当大きい。その資源高は脱炭素・感染症・戦争という根深い要因に駆動されている。

「高い資源を買い続けて貿易赤字になる」という現状に何らか切り込まない限り、「需給要因を背景とした円安」はかなり手堅いストーリーであり続ける。

 政府・与党にも動きは見られる。

 4月26日岸田首相テレビ東京の番組において、物価高騰に対応する「緊急対策」の一環として、エネルギーの安定供給を念頭に「できるだけ可能な原子力発電所は動かしていきたい」と述べた。さらに、「今の枠組みの中でどこまで原子力の再稼働ができるのか追求していかなければならない」と踏み込んでいる。

 また、翌27日にも経済同友会総会の挨拶で、「原子力の活用を進めていく」と表明。5月最初の訪英でも「安全を確保した原子炉の有効活用を図る」と述べた。短期間のうちに原発再稼働への意欲が集中的に情報発信されているが、その時間軸はいまだに判然としない。検討はいつまで続くのだろうか。

成長をあきらめた国の末路

 繰り返しになるが、原発再稼働の主目的は円安抑止ではない。主目的は実体経済の安定運営であり、円安抑止はその副次的効果である。既報の通り、今夏・今冬の電力供給は逼迫の見通しが濃厚と言われる。

 原発稼働をあくまでも避け、感染防止時の行動制限と同様、国民への節電を「お願い」することで乗り切るのか。しかし、行動制限や節電を「お願い」することはマクロ経済のダウンサイジング(規模縮小)を図ることに等しい。

 金融引き締めや10円単位の値上げは大きな反対の声が挙がるのに、行動制限や節電には粛々と従う心理状態は理解が難しいが、大多数の国民にとって「政府は間違えない」という先入観が強いのかもしれない。

 いずれにしても、原発再稼働は通貨安に切り込み、マクロ経済のダウンサイジングを回避するというポジティブな効果が見込める。そうした原発再稼働にまつわる経済合理性と国民の一部に根強く残る心理的障害の折り合いをいかにつけるかが今問われている。

「経済より命」路線の末に、パンデミックからの経済復活を半ば放棄した日本だからこそ、「原発再稼働はせず、ダウンサイジングを受け入れる」という選択肢も十分考えられる。G7および中国の中で比較した場合、いまだにコロナ前の実質GDP水準を復元できていないのは日本だけだ。これは偏執的な自粛意識がもたらした結果としか言いようがない。

 しかし、資源に乏しい国が成長をあきらめ、外から購入する財も「高価でかまわない」という態度は絶対に持続可能ではない。

 その「高価でかまわない」という態度を貫く過程では、拡張財政路線(恐らく一時的な補助金など)で痛みを緩和するという政策運営が付随してくるだろう。今までもそうやってきたわけだが、その結果が交易損失拡大に伴う「安い日本」の定着である。原発再稼働は最終的に世論が決める話だが、「成長をあきらめた国」がいかに劣化するか。この2年間から学びたい。

外国人の財布に頼らざるを得ない現実

(C)訪日外国人旅行者の解禁
 4月27日の経済財政諮問会議では、民間議員から新型コロナウイルスの水際対策の一環として認められていない「観光目的の入国」の早期再開が提言された。5月初頭の訪英でも岸田首相は観光目的の外国人入国を6月にも認める方針を示唆している。

 上述の(A)日銀の正常化プロセス着手は投機の円売りを焚きつける恐れがあり、(B)原発再稼働は世論の意見集約が難しいという問題があるとしても、(C)インバウンド解禁は反対する余地がほとんどないテーマである。

 現在の経常黒字縮小の背景は、資源価格の高騰を受けた貿易赤字拡大とインバウンド需要消滅を受けた旅行収支黒字の消滅がある。インバウンド解禁と共に旅行収支黒字が戻れば、微力だとしても需給面からの円売り圧力を緩和する手立てにはなる。

 いや、ここにきて目減りしている経常黒字を思えば、もはや旅行収支黒字は外貨獲得のための重要なツールである。岸田首相も「旺盛な海外需要の取り込みは経済の活力を高め、長期的な成長力を高めるものだ」と表明し、追随する姿勢を見せている。

 保守的な日本の世論を踏まえれば、「外国人が入ってくると感染が拡大する」という反対が確実に予想されるが、今や新規感染者数にこだわり、実体経済を締め上げる発想は中国と日本くらいであり、そのような意見は滑稽ですらある。そもそも日本人が連休を使って海外旅行へ行く局面で、その逆はなぜ駄目なのか。論理的な説明は難しい。

 なお、「屋外でもマスク」のような科学的根拠に乏しい要請に外国人は従わないであろうから、インバウンド解禁に踏み切る際には、惰性で続けているそうした国内の防疫対策にも整理もつけておく必要がある。そのための議論整理を踏まえれば、6月にインバウンド解禁というのは遅きに失している感はあるものの、理解できなくはない。

 これほど「安い日本」がテーマ視されているならば、それを逆手に取って前向きに活かそうとする取り組みは検討されて当然である。残念な話だが、日本人の実質所得環境が悪化している以上、外国人の財布に頼らざるを得ないという事情もある。望む望まないにかかわらず、インバウンド需要を当て込んだ外貨獲得は日本に残された数少ないカードである。

世界から取り残される「コロナ鎖国」の日本

 パンデミック直前の2019年は訪日外客数が3000万人を超え、旅行収支は約+2.7兆円といずれも過去最高を更新していた(図表1)。周知の通り、その多くは中国がカウンターパートである。

【図表1】

 なお、名目実効相場ベースで円と人民元の動きが対称的になっているのは、旅行収支に関し、赤字が消えた中国と黒字が消えた日本という事実もあるのではないか。旅行収支黒字が為替動向に影響するほどの規模とは思えないものの、こうした円と人民元の動きは興味深い(図表2)。

【図表2】

 過去2年間の日本の防疫政策を巡る世論の在り方を踏まえると、想定される最悪のパターンは「インバウンドを受け入れる→外国人がマスクをしなかったと囃し立てる→インバウンドのせいで感染が拡大したと騒ぐ→入国規制復活」だろう。そうなれば元の木阿弥であり、インバウンド解禁の議論自体が半永久的に封印されかねない。

 欧米に続きアジア各国があらゆる制限の撤廃に踏み切り、日本でも屋外でのマスク着用に疑義が呈され始めている今が決断の好機に思える。それすらできなければ、「安い日本」は「安いだけの日本」として長期停滞を余儀なくされ続けるだろう。

 将来の経常収支における新たな柱として旅行収支を考えるならば、いつまでも鎖国イメージを発信し続けるのはどう考えても得策ではない。

※寄稿はあくまで個人的見解であり、所属組織とは無関係です

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