米バイデン大統領が、インフレ抑制策のひとつとして中国向けの関税引き下げを検討している。中間選挙での逆風が予想される中、経済界に対して配慮する必要性が高まったことが原因だが、対中関税を元に戻せば、中国封じ込めの戦略は逆回転する。この問題は、政治的には中国と対立しながら、経済的には中国に依存する日本にとっても重要である。(加谷 珪一:経済評論家

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インフレ抑制が最優先課題に

 米国はトランプ政権以降、中国を敵視する戦略に切り換えており、中国からの輸入に高関税をかけている。米通商法301条に基づき、追加関税が4回に分けて発動され、3700億ドル(約48兆円)分について最大25%、関税が上乗せされた。発動前は数%の関税率だったので、輸入を行う米国企業から見ると、大幅なコスト増加要因である。

 2020年1月に発足したバイデン政権も、基本的にトランプ政権の対中政策を継承しており、税率などで多少の変更はあったものの、事実上の貿易戦争が続いている。一連の措置は4年単位で見直しが行われるが、基本的に米国と中国の関係は変わっておらず、今後も関税措置が継続すると予想されていた。

 ここに来てバイデン政権が見直しの可能性について言及したのは、11月に行われる中間選挙での苦戦が取り沙汰されているからである。

 バイデン大統領が、今後の政権運営を確実にするには中間選挙で勝利する必要がある。リベラルな政策を望まない米国民は一定数存在しているので、当初から中間選挙は厳しい見通しだったが、ここに来てさらにやっかいな問題が浮上している。それは予想外に進んだインフレである。

 これまでの米国経済は、物価は上がっていたものの、同じペースで経済も拡大しており、国内の消費は何とか維持されていた。ところがロシアによるウクライナ侵攻などが重なり、2022年3月の消費者物価指数が8%を超えるなど、物価上昇の弊害が大きくなりつつある。米国はクルマ社会なので、ガソリン価格の高騰が生活を圧迫する事態になった場合、政権にとって致命傷となりかねない。一方で、インフレを抑制するには、思い切って金利を引き上げる必要があり、景気にとっては逆風となる。

 バイデン大統領5月10日、「家計がインフレに圧迫されていることを認識している」と述べ、インフレ対策を最優先する方針を明らかにした。同時にバイデン氏は「FRBがインフレ抑制に向けて責務を果たす」と発言するなど、金利の引き上げを容認する姿勢も示している。金利を引き上げつつ、景気失速を回避するには、供給面での制約をできるだけ排除しなければならない。そのひとつの柱とされているのが対中関税の引き下げである

結局、中国からの輸入は続いている

 先ほど説明したように対中関税の対象となっている輸入は3700億ドルに達する。2021年における中国からの輸入総額(サービスを含まない)は約5000億ドルなので、実に7割以上の品目が課税される計算である。

 政府が輸入品に高い関税をかけた場合、仕入れを行っている企業は、(1)国内産に切り換える、(2)別の国からの輸入に切り換える、(3)関税を受け入れ高い価格で輸入する、という選択を迫られる。

 現時点において中国と同レベルの価格と生産量を実現できる国は存在しないので、(2)の選択肢は限定的だろう。米国内のコストは極めて高く、付加価値の高い一部製品を除けば、(1)についても選択しづらい。

 米国企業は、一部の商品について第三国からの輸入に切り換えたものの、大半の商品については、中国からの輸入を継続していると考えられる。原油価格の高騰を受けて全世界的にインフレが進んでいることに加え、関税の負担もあるので、企業の仕入れ価格が急上昇している。

 一部の中国企業はベトナムなど東南アジアを経由する形で、米国の関税を逃れているが、サプライチェーンが複雑になるため、こうしたやり方もコスト上昇要因であることに変わりはない。

 結果として米中対立は、米国企業の供給力低下をもたらしており、これは価格上昇要因となっている。関税を引き下げることができれば、供給制限の一部が解消されるので、当然、価格上昇は抑制されるインフレが最大の政治的・経済的課題となりつつある米国にとって、最も効果的な政策のひとつが対中関税の引き下げであることは明らかだ。

中国封じ込めはどうなる?

 米国の輸入(全体)は過去1年間に、数量ベースで約8%増加し、輸入価格は約11%高くなっている。これは輸入全体の数字だが、中国は米国にとって最大の貿易相手国のひとつなので、数量の変化と価格の変化は中国からの輸入にもおおよそはてはまると考えてよい。

 米国企業はこれに関税をさらに上乗せしてコストとして支払っており、関税分がなくなれば、発注数量を増やすことで中国企業に対して単価の引き下げを要求できる。受注側の中国企業にとっても販売数量が増えれば、コスト削減余地が出てくるだろう。米国は日用品の多くを中国製品に頼っているので、家計への効果は極めて大きい。

 だが、中国向けの追加関税を撤廃し、従来の貿易に戻せば、中国に対する封じ込め策は事実上、機能しなくなってしまう

 米国政府は安全保障上のリスクを回避するため、半導体の国産化をメーカーに強く求めるとともに、台湾の半導体大手TSMCに対して、米国内への工場建設を要請していた。こうした動きを受けて、半導体最大手の米インテルは、中国における増産計画を中止し、米国内での工場増設を強化しているが、コスト面で苦慮している。

 米国政府から要請を受けたTSMCも、米国政府が予定している水準での補助金では採算が合わないとして、米国内での工場建設の難しさを指摘している状況だ。

 インテルは米国企業なので、国産化という米国政府の方針を受け入れることにはそれなりのメリットがあるが、TSMCは台湾企業であり、採算が合わなければ事業化するメリットは少ない。それにもかかわらず、TSMCが米国での工場建設計画を進めているのは、中国に対する封じ込め政策の重要性を理解しているからである。

 この話は、中国との貿易に経済の多くを依存している日本にとっても同じことが言える。

 今や、日本にとって輸出・輸入ともに中国が最大の貿易相手国であり、純粋にビジネス上の利益だけを考えた場合。米国に追随して、中国との貿易を制限することにはマイナス面も多い。それでも多くの日本メーカーが経済安全保障に対して積極的なのは、中国封じ込めの重要性を理解しているからにほかならない。

 こうした状況で、米国があっさりと対中関税を撤廃してしまえば、そもそも米中対立は何だったのかという話になってしまう。もし、バイデン政権が関税撤廃に踏み切った場合、中国の封じ込め政策は混乱する可能性が高く、日本の対中ビジネスにも大きな影響を及ぼすだろう。

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ホワイトハウス記者会主催の夕食会に出席したバイデン大統領(資料写真、2022年4月30日、写真:ロイター/アフロ)