
ロシアの苦戦が伝えられるウクライナ侵略戦争で、「ロシアはなぜ、制空権が取れない」という質問をよく受ける。
この場合、「制空権」という用語は不適切であり、「航空優勢」を使用する必要がある。
制空権とは、いわば絶対的な航空優勢の状況を言い、現代戦で絶対的航空優勢、つまり制空権を取れるのは米空軍くらいである。
航空優勢とは「時間的、空間的に航空戦力比が敵より優勢で、敵により大なる妨害を受けることなく諸作戦を実施できる状態」(自衛隊教範)をいう。
作戦の要時、要域においてどちらの方が「妨害されない状況」にあるかが重要となる。
また航空戦力の高速性、広域性という特性上、たとえ現時点で優勢であっても、次の瞬間には劣勢になるという「浮動性」も念頭に入れておかねばならない。
ウクライナの戦況は、双方共に絶対的航空優勢は取っていない。
ウクライナ東部においてはロシアが航空優勢を保持し、西部においてはウクライナがそれを保持している。
質、量共に軍事力に優るロシアがウクライナ全土の航空優勢を取れていないのは、緒戦における航空優勢獲得の拙劣な作戦が尾を引いている。
だが、翌日25日には、もう陸軍が侵攻を開始している。米軍の常識からすると考えられない。
米軍の場合であれば、最低1週間、徹底した空爆により敵の航空戦力を壊滅させ、絶対的航空優勢、つまり「制空権」を取った後、陸上部隊が進撃を開始する。
湾岸戦争では約800目標を、イラク戦争では約500目標を緒戦の段階で徹底して破壊した。
今回の場合、報道によるとウクライナ全土の74の軍事施設、11の空軍基地、3つの司令部、合計約90目標をミサイルと戦闘機によって攻撃した。
湾岸戦争の場合、初日で約3000ソーティ(軍用機の出撃する単位、以下「s」)、イラク戦争で約2000sの攻撃を実施した。
ロシアの場合、約200s(ミサイル攻撃150s、戦闘機50s)と報道されている。
米軍の場合、初日に大規模空爆を実施し、その後は、戦果確認(BDA:Bomb Damage Assessment)を徹底して実施し、生残した機能を「落穂拾い」のように丁寧に潰していく。
これが約1週間続けられる。そしてほぼ完全な航空優勢を確保した後、陸上作戦に移る。
いくらウクライナ空軍がロシアの10分の1の規模だからといって、これではあまりにも徹底さを欠いている。撃ち漏らしが出て当然だ。
陸軍がいったん侵攻を開始してしまうと、航空戦力は陸上作戦の支援に振り向けられる。よって純粋な航空優勢獲得の戦力割り当ては少なくなる。
ますます生き残った航空戦力を壊滅させることは難しくなる。
なぜロシアは空爆を徹底せず、残存航空戦力がある中で陸軍を侵攻させたのだろう。5つほど理由が考えられる。
巷間よく言われる「ウクライナを甘く見た」というのがある。
2014年、クリミア半島の事実上無血併合という成功体験により、数日間でウクライナは白旗を上げると考えていたようだ。徹底して壊滅させるまでもないと考えていたのかもしれない。
2番目に、ロシアはまともな空軍を保有する国と戦った経験がないという経験不足がある。
これまでアフガニスタン、チェチェン、グルジア、シリアなど、戦った国は航空戦力と呼べる戦力は持っていなかった。
ウクライナ空軍はロシアの約10分の1と小規模であるが、完結した航空戦力を持っており、練度も低くなかった。
3番目として、陸軍主体の戦争ドクトリンが挙げられる。
ロシア軍の航空作戦は陸軍支援を最優先する。航空優勢は陸上作戦に応じて要時、要域を確保すれば事足りると考えている。
米軍のように、全局の作戦要求に応じて、空軍が主体的に全般航空優勢を確保するという思想はない。
4番目としてロシア空軍がそもそも外征作戦、攻勢作戦には不向きの兵器体系になっていることがある。
例えば、外征作戦では、敵地でも緊急脱出したパイロットを救助できる戦闘救難(CSAR: Combat Search And Rescue)機能が必要である。
だがロシアには戦闘救難の専属部隊は保有していない。
また地上の攻撃目標を探知する装備、米軍の「E-8(Joint Star)」のような攻勢作戦に欠かせない装備も保有していない。
加えて先述した「落穂拾い」のような機能もない。
さらに長距離作戦に欠かせない空中給油機は保有するが、戦闘機を支援するにはあまりにも数が少なすぎる。
5番目として航空攻撃作戦計画の立案システムを持たないことがある。
1日に3000sの攻撃計画を作ろうとすれば、コンピューターを使った計画立案システムが不可欠である。
米軍はATO方式(Air Tasking Order)といって、約800人のスタッフを3クルー準備し、各クルーが順繰りに攻撃計画を作る。
戦闘機ごと作戦行動の詳細を計画しなければならず、膨大な作業となる。
立案後、攻撃目標は適切か、重複はないか、友軍相撃の可能性はないか、空中給油機、電子戦機等の運用に整合性がとられているかなど、作戦計画の瑕疵を洗い出すにはコンピューターなしにはできない。
今回、手書きの攻撃計画がリークされていたが、粗雑極まる航空攻撃計画だった。もし本物ならロシアの航空攻撃能力は相当未熟だと言わざるを得ない。
「制空権」を取れない要因の概要はこういうところだろう。だからと言ってウクライナが航空優勢を取れているわけでもない。
ウクライナ空軍は緒戦で大失態を犯している。
これはウォロディミル・ゼレンスキー大統領の責任が大きい。ゼレンスキー氏は、2021年11月から米国がリークする貴重なロシア侵攻情報を信じようとしなかった。
2月14日の時点でも「(米国は)誇張しすぎ」「すべての問題に交渉のみで対処する」と述べていた。予備役動員を命じたのも侵攻2日前である。
レズニコフ国防大臣は「侵攻寸前との発言は不適切」とまで言っていた。トップがこういう状況だから、空軍も即応態勢を上げないまま、ロシアの奇襲を受けた。
駐機場に戦闘機が整然と並べており、そこを爆撃された映像が流されていたが、いかに緊張感が欠如していたかを物語る。
少なくとも即応態勢を整えていれば、戦闘機を整然と並べて駐機することはあり得ない。1発のミサイルで数機の被害が出るからだ。常識的には各所に分散して配備する。
だが攻撃が徹底を欠いていたため、戦闘機はかろうじて全滅は免れた。ただし航空戦力はシステムであり、警戒監視レーダーがなければ、戦闘機はほとんど役に立たない。
現在はNATO(北大西洋条約機構)の「E-3」空中警戒管制機(AWACS)がポーランド上空で空中哨戒を続け、ウクライナにレーダー情報を送っているようだ。
よってウクライナ西部においては、残存する数少ない戦闘機と、「S300」地対空誘導弾で航空優勢をかろうじて保っている。
他方、東部においては、ロシア国内の警戒監視レーダーが作動しており、戦闘機もロシア国内から出撃するので、航空優勢はロシアが取っている。
だがロシアの空地連携が拙劣であり、航空優勢を生かし切れていない。
またウクライナのドローンが航空優勢の欠落の穴を埋めるべく、大活躍している。
ドローンと航空優勢の関係は、今後の大きな研究課題となるだろう。
ウクライナ中部から西部にかけては、ロシアの地上レーダーでは情報を得られない。頼みの綱の「A-50」空中警戒管制機は約20機保有しているものの、約半数も稼働しておらず、あまり活躍できていない。
従ってロシアは西部の補給拠点攻撃は、戦闘機ではなく、地対地ミサイルで攻撃を行っている。
だが、移動目標は攻撃できないし、精密誘導性能も限定的であり、成果を上げているとは言い難い。
最後に航空作戦から見た今後の予測である。
ロシアにとってポーランドから続々と入ってくる軍事支援物資を食い止めることが喫緊の課題である。これは航空阻止(AI: Air Interdiction)と呼び、空軍の任務である。
物資の集積地はミサイルで攻撃可能だが、地上輸送する移動車両はどうしても戦闘機でなければ攻撃できない。
だが、ロシアは西部に戦闘機を飛ばすことができず、ロシア製ドローンも届かない。今のところ軍事支援物資の輸送を止めることができない。
またロシアの弾薬やミサイルはロシアしか生産できず、現在は備蓄を食いつぶしている状況である。
時間が経てばミサイル、弾薬は底を尽く。そうなればいくら強気のプーチンであっても、適当な口実を捏造して停戦するしかなくなる。
他方、ウクライナは戦車、榴弾砲、弾薬などは入ってくるが、肝心の戦闘機をNATOは供与しない。
数少ない戦闘機を細々と運用しているが、戦闘機がなくなれば西部の航空優勢はロシアの手に落ちる。そうなればポーランドからの補給路は脅かされることになる。
いずれにしろ双方とも、装備、人員不足に悩まされ、時間と共にジリ貧になるのは目に見えている。
どちらが早くジリ貧になるかという消耗戦になることは間違いない。
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