コロナ禍による全公演中止から2年、『ミス・サイゴンカンパニーが再び動き出した。『レ・ミゼラブル』のクリエイティブチームがオペラ蝶々夫人』の物語をベトナム戦争下のサイゴンに置き換えて描き、1989年ロンドンで誕生して以来世界中で上演されている超大作。日本初演30周年記念公演となる今回、ヒロインのキムを演じる3人のうち、2014、2016年公演からの続投となる昆夏美と、初役の屋比久知奈に意気込みを聞いた。

憧れ、憧れられて巡りあったキム役

――『レ・ミゼラブル』のエポニーヌや『ネクスト・トゥ・ノーマル』のナタリーをWキャストで演じるなど、何かとご縁のあるおふたりですが、そもそもの出会いは?

 初めて会ったのは、『D23 Expo Japan 2018』というディズニーのファンイベントです。ディズニー映画吹き替えにスポットを当てたコンサートで、屋比久ちゃんがモアナ(『モアナと伝説の海』のヒロイン)、私がベル(『美女と野獣』のヒロイン)のナンバーを歌って。

屋比久 私はその前から舞台をたくさん拝見していたので、「憧れの昆夏美さんだ…!」って。実際にお会いしたら人柄も本当に気さくでさっぱりされていて、尊敬する大好きな先輩です。

 そういうのやめて~(照)。

屋比久 だって本当にそうだから(笑)。

 私も、会う前から屋比久ちゃんの歌声すごく素敵だなと思って、一方的にファンだったんです。初めて会った時にもう屋比久ちゃん、「キムやりたいんです」って言ってたよね?

屋比久 私、『集まれ!ミュージカルのど自慢』というイベント(2016)でキムの「命をあげよう」を歌ったんですが、ずっと昆さんの映像を観て練習してたんですよ。いつか同じところに行けたらいいなという想いが高まって、何も考えずに伝えちゃいました(笑)。4年越しで叶って、本当に嬉しいです。

 私と(笹本)玲奈ちゃんみたいで、なんだか不思議な気持ち(笑)。エポニーヌとかキムって、ミュージカルが好きな女の子だったら誰でも憧れる役だと思います。私も玲奈ちゃんが演じるのを観て憧れて、同じ役がやれて嬉しくて、今は屋比久ちゃんが私に同じことを言ってくれて……巡ってるな!って感じますね。屋比久ちゃんに憧れてる女の子も、もう絶対いると思うよ!

屋比久 どうしよう、緊張してきた(笑)。憧れてくれているかもしれない人たちに恥ずかしくない存在でいるために、自分を磨き続けるしかないですね。

(稽古場では)各々のマスクスタイルができ始めてます(笑)

――具体的に、それぞれキム役のどんなところに惹かれて目指されたのですか?

屋比久 まず作品自体が衝撃的でしたし、エンジニアもそうですけど、キムもすごく人間臭いなと思ったんですよね。ただ純真でピュアなだけじゃなく、大切なものを守るためなら汚いこともいとわない。命や愛や戦争といった、苦しいけれども向き合わなければいけない色々な問題に、向き合うきっかけをくれる作品であり役だなと思います。

 私はシンプルに、観終わって初めて立てなくなったのがこの作品なので、自分もそういう衝撃を与えられるような女優さんになりたい、という思いがキム役への憧れに直結しています。でもいざオーディションに受かったら、自分にはあんな衝撃を与えられる実力も経験もないから無理だって、怖くなってしまって……。あんなにやりたかった役なのに素直に喜べなくて、でもそんなこと言ってたらいつまで経ってもやれないって、腹を括って挑んだのが2014年でした。憧れの役って、その重要性が分かってるからこそ、演じるのは決してラクじゃないなと思います。

屋比久 私も役をいただくといつも、果たして私に務まるんだろうかって考えてしまいます。でもキムに関しては、不安だ不安だって思ってるヒマもなく、必死に食らいついてやってたらいつの間にか終わってる感じなんだろうなって(笑)、なんとなく想像していて。

 そうなの! マイナスな気持ちになってる時間もなく、気付いたらもうプレビューみたいな(笑)。それくらい稽古場が、みんながこの作品に全力で身を投じられている、集中力の高い場所なんです。本番もね、ヤバい失敗した!とか思うヒマなくすぐ次のシーンだよ(笑)。

屋比久 わあ、それはそれで怖い! どうしよう(笑)。

 ごめん、脅してるみたいになっちゃった(笑)。

屋比久 いえいえ、そういう経験をしている昆さんと一緒で心強いです!

 経験してるだけで、何にも手助けできないけどね(笑)。

屋比久 経験者から話を聞いて演(や)るのと聞かないで演るのとでは、心づもりが違うんです(笑)。

――ちなみに、中止になった一昨年のお稽古はどれくらい進んでいたのでしょう?

 一幕ラストくらいまで進んではいたんですが、まださーっと当たっているだけの段階で、ディテールを詰めるところまでは全然。覚えてるのが、4人のキムの中で、私だけ1回トゥイを撃つシーンをやったんですよ。

屋比久 そうだ! どのシーンもまずは経験者の昆さんから、という感じで進んでた中で、トゥイとのシーンを昆さんがやったところで稽古が中止になったんですよね。

 そう、それが私はすっごく申し訳なくて。あのシーンを演ると、そこまでのキムの感情の流れがなんとなく腑に落ちるところがあるんです。私は本番でそれを経験してて、みんなは稽古でも経験してないのに、私で終わっちゃったことをずっと後悔してました(笑)。

屋比久 そんなこと全く思ってなかったですよ(笑)! あの熱量の高いシーンを間近で見られたことは、私にとってすごく大きくて。あの日の帰り道、昆さんと(トゥイ役の西川)大貴さんと一緒に帰りながら、そのシーンについて話をしたんです。昆さんが、必死過ぎてトゥイの声も聞こえてないと言っていて、そんなふうになるんだって、衝撃を受けたし勉強にもなりました。

 そうだったんだ。私だけ勝手に申し訳なくなってたんだね(笑)。

屋比久 その気遣いも昆さんらしくて素敵です(笑)。でも本当に、すごい速さで進んでいたから、今回改めて、一から丁寧に稽古ができるのはありがたいですね。前回と違って、マスクを着けてやらなくちゃいけないのが正直、ちょっとつらいところではあるんですけど……。

 不織布マスクって、本当に歌いづらいよね! 最近は俳優同士で、不織布の下にどのマスクをしたら歌いやすいかをよく話し合っていて。各々のマスクスタイルができ始めてます(笑)。

屋比久 そうですね(笑)。これがいいよっていうマスク情報は、いつでも受け付けてます!

キムを演じて初めて経験した「役が抜けない」状態

――最後にぜひ、経験者の昆さんから屋比久さんに、本番でキムを演じるとどうなるかを伝授していただければと。一観客としても、あれだけの人生を毎日生きると精神的にしんどくなったりしないのか、とても気になるところです。

 私、キムを演るまでは、カーテンコールで役が抜けてらっしゃらない方をお見かけしても「本当かな?」と思ってたくらい(笑)、そういう経験がなかったんですよ。カーテンコールは本編とはまた別というか、ふ~ってひと息つける感覚が私にはあって。でもキムをやって初めて、カーテンコールでなんというか……笑おうとしないと笑えない、みたいな状況になったんですよね。

屋比久 へえ~……なんか、全部出し切ったような感じですか?

 うーん、言葉ではうまく言い表せないんだけど、キムの人生の幕を閉じたあとでまたお客様の前に出るっていう、その切り替えがすごく難しいなって。そう感じたのは、この作品が初めてでした。ごめん、また脅してるみたいになっちゃったね(笑)。

屋比久 きっと過酷で苦しい日々になるだろうけど、それも含めてキムを演じられるのは光栄だなって、お話を聞いて改めて思いました。本番ではキムの人生をただただ生きるだけ、というところに持っていけるように、稽古場で彼女のことをできる限り理解したいですね。昆さんやもうひとりのキムの高畑充希さん、ほかのキャストの皆さんの力とエネルギーもお借りして、みんなで高め合いながら『ミス・サイゴン』の世界を作り上げていきたいです。

取材・文=町田麻子
撮影=近藤誠司

★『ミス・サイゴン』連続インタビュー第2弾、エンジニア役鼎談は5/19(木)AM7:00公開です!

<公演情報>
ミュージカルミス・サイゴン

2022年7月29日(金) ~8月31日(水) 東京・帝国劇場
※プレビュー公演:7月24日(日) ~7月28日(木)
9月以降全国ツアー公演あり

※8月公演分チケットは5月21日(土) 10:00より一般発売開始!

左から、屋比久知奈、昆夏美