山口県阿武町が4月8日、町民の24歳男性に対して、新型コロナウイルス対策の臨時特別給付金4630万円(463世帯分)を誤って振り込んだ問題で、過払い金を受け取った男性の対応が波紋を広げています。町は男性に事情を説明して返還を求めましたが、男性が応じなかったため、5月12日給付金の全額と弁護士費用などを合わせた5100万円余りの支払いを求めて、男性を提訴しました。

 その後、男性の代理人弁護士が5月16日に会見し、「男性がお金を使い切ってしまったので、返還が難しい」といった趣旨の説明をしたほか、翌17日には、男性本人が関係者に対して「(給付金は)ネットカジノで全部使った」と話していたことが明らかになりました。なお、その後男性は、「少しずつでも返還したい」との意向を示しているようです。もし、国や自治体から誤って多くの金が振り込まれた場合、過払い分のお金を使ってしまうと法的責任を問われるのでしょうか。芝綜合法律事務所の牧野和夫弁護士に聞きました。

懲役刑の可能性も

Q.国や自治体から、予定よりも多くの現金が誤って振り込まれたにもかかわらず、過払いがあった旨を正直に申告しなかった場合、法的責任を問われるのでしょうか。

牧野さん「国や自治体に正直に申告せずに、着服した場合には、横領(刑法252条、法定刑は5年以下の懲役)や占有離脱物横領(刑法254条、法定刑は1年以下の懲役または10万円以下の罰金もしくは科料)、詐欺(刑法246条、法定刑は10年以下の懲役)などの刑事責任を問われる可能性があるでしょう。

民事上では、民法703条に定められている『不当利得の返還義務』があります。同条は『法律上の原因』(正当な理由)がないのに、他人の損失と引き換えに利益を得た人は、その損失を受けた人に対して、受けた利益を返還しなければならないと定めています。よって、過払いに気付いたのであれば、国や自治体に過払いがあった旨を速やかに伝え、過払い金を返還するのが望ましいでしょう」

Q.今回の阿武町のケースでは、過払い金を受け取った男性は、「ネットカジノで全部使った」と説明しつつも、返還の意向を示しているようです。使い道によって、返還額に違いは出るのでしょうか。

牧野さん「『不当利得』の返還を請求できるのは、『その利益の存する限度』、つまり、最大でも過払い金の額に限定されますが、例えば生活費に使っていれば利益が現存していることになり、その場合、過払いした側は、受領者が得たすべての利益(過払い金全額)に利息を付けて返還請求ができますし、要した弁護士費用についても損害賠償を求めることができます(民法704条)。

一方、遊興費に受領者が使ってしまった場合は、利益が現存していないことになります。(2006年9月26日東京高裁判決)。過払い金を遊興費で浪費してしまった場合は、不当利得の『利益』がその浪費分減ったことになり、残った金額だけが返還対象になります。浪費した人が返さずに済んで、生活費として使った人が返す必要があるというのは釈然としないかもしれませんが、法解釈上はそのようになります。ただし、返還請求を法的に拒否するためには、『カジノで浪費した証明』を、受領者側でする必要があるでしょう。

過払い分を生活費やローン返済などに充てていた場合、『使ってしまったから全額を返すのは無理』と言いたくなるところでしょうが、不当利得が形を変えて、自分の財産として残っていることになり、銀行預金などの残高があれば『利益が手元に残っている』と解釈される可能性が高くなります。そこで、国や自治体は銀行預金などからの返還を求めることになるでしょう。

銀行預金がない場合は、給与などから毎月少額ずつでも返金する契約を結んで、将来的に返金してもらうことになるでしょう」

Q.過払い金の返還請求に時効はあるのでしょうか。

牧野さん「一般債権の消滅時効に該当します。基本的には、過払いを知ってから5年、過払いを行ってから10年を経過すると返還請求できなくなります」

Q.国や自治体が誤って住民に多くの金額を支給し、それがトラブルになった事例・判例はありますか。

牧野さん「大阪府摂津市が、2018年度の府民税1502万円を60代男性に過大に還付した事例があります。市は男性に返還を求めましたが、男性側が『使ってしまったので返す義務はない』などと拒否したことから、男性を提訴しました。大阪地裁は2021年10月、府民税の受領に悪意があったと認定し、男性に対して、全額返還するよう命じました。

また、2006年には違法な補助金交付の返還が争われ、『利益の存する限度』とは,たとえ受領者がすでに補助金をすべて使用しているとしても,受領者団体の運営上必要な経費として使用されたものであるから、補助金全額を返還すべきとされました(2006年9月26日東京高裁判決)」

オトナンサー編集部

国や自治体からの過払い金を使った場合の法的責任は?