(北村 淳:軍事社会学者)

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 2022年は沖縄が日本に“復帰”して50年の節目の年である。だが、依然としてアメリカ軍が沖縄を手放さない状態が続いており、実質的に占領が続いているような中途半端な状態であるために盛り上がらないのか、それともアメリカの軍事的庇護を頼りすぎた結果として多くの日本国民が領土や国家主権という意識に乏しいため関心がないのか、いずれにせよ自国の領土が占領国から返還されて50年という区切りのわりには、日本国民の関心は低調なようだ。

 中国による台湾への軍事攻撃が差し迫っていると考えている米軍関係者の中には、日本“本土”の沖縄に対する関心が乏しい状態に危機感を抱いている人々も少なくない。なぜならば、中国の台湾攻撃が現実味を帯びれば帯びるほど、米軍にとって沖縄の重要性は高まるからである。

 それらの人々は、台湾有事の際には、常日頃から日米同盟の重要性を強調している日本政府がアメリカと歩調を合わせて中国と対決するのは当然であると考えている。したがって、沖縄は米軍だけでなく自衛隊にとっても台湾支援のための前線拠点となるわけであり、沖縄が置かれている情勢に対する関心が日本国内で高まってしかるべきである、というわけだ。

劣勢に追い込まれつつある沖縄の米軍

 ただし、現在の中国軍は台湾や沖縄、そしてその周辺海域における米軍の行動を封殺できるだけの強力な各種ミサイル戦力を築き上げている。そのため、「沖縄に米軍が前方展開している状態は、沖縄はもとより台湾や日本に対する軍事攻撃を抑止する効果を生み出している」という米側によるこれまでの説明は、もはや過去のものとなっているとの意見も少なくない(拙著『沖縄・海兵隊・抑止力』kindle版参照)。

 実際に中国軍は、中国本土やその上空、中国沿海域といった、米軍側からの攻撃を被る恐れが極小の安全地帯から、弾道ミサイルや長距離巡航ミサイルといった伝統的長射程ミサイルだけでなく、極超音速兵器や対艦弾道ミサイルなどの最先端精密攻撃兵器によって沖縄の米軍基地や周辺海域の軍艦を片っ端から破壊することができる状況だ。

 かつては、南西諸島のど真ん中の中国地陸沿岸域に対して扇の要に位置する沖縄に、アメリカの緊急展開部隊である海兵隊前方展開部隊が配備されているということは、中国軍が軍事行動を起こす気配を示したならば、強力な海兵隊先鋒部隊が殺到してくることを意味していた。しかしながら現在は、海兵隊上陸部隊を積載した艦隊が目的地沖合に到達することすら現実的ではなくなってしまっている。

 このことは海兵隊自身も認めており、中国軍相手には、南西諸島に地対艦ミサイル地対空ミサイルを装備した海兵隊部隊を緊急展開させて、中国軍の接近を待ち受ける、という戦法に転換し、そのための組織改編、装備調達、教育訓練を開始している。

 このように、沖縄に陣取っている米軍は中国軍に対して劣勢に追い込まれつつあるため、中国による台湾攻撃を確信している対中強硬派は、日本政府や国防当局が日米同盟を日本防衛の切り札と考えているのが真意であるならば、沖縄の軍事的重要性を日本国民に説明し、日本自身の防衛努力も加速すべきであると考えている。

一変した普天間基地移設問題を取り巻く状況

 たとえば、いまだに遅々としてはかどらない海兵隊普天間基地を辺野古の新基地に移転する問題についても、沖縄周辺の米軍戦力を弱体化させず、これ以上中国の軍事的優位性を増大させないことを念頭に置くならば、辺野古新基地建設は断念して普天間基地を使い続けることが肝要である、といった意見は軍事的には常識と言えよう。

 なぜならば、普天間基地は海兵隊、そして米軍のあらゆる軍用機が運用可能な航空施設であるが、辺野古新基地は基本的にはヘリコプター基地であり、沖縄の本格的航空拠点が1つ消滅し嘉手納基地だけになることを意味するからだ。

 もちろん、普天間移設問題は長年にわたる日米両政府間の政治問題である以上、白紙に差し戻すことは極めて困難である。だが、普天間基地移設が浮上した当時と現在では日本周辺の軍事情勢は「完全に別物」の状況になっている。したがって普天間辺野古の問題を再考しないのは、軍事的には大きな矛盾と言わざるを得ない。

自助防衛努力を怠る日本

 同様に、日本政府が口にしている「中国の軍事的脅威」とは、直接的には尖閣諸島を巡る日中間の対立を指しているものの、日本政府はその脅威に対抗しようとはしていない。

 本コラムでも繰り返し取り上げたように、魚釣島に簡易測候所を設置したり(本コラム2020年12月10日)、尖閣諸島海域に海上保安庁の超大型巡視基地船を展開させる(本コラム2022年1月6日)といった対中牽制努力を日本政府は全く行っていない。米側も日米同盟の価値は認めているが、自助防衛努力をしない国を支援する余裕はない。

 これでは、日本政府や政治指導者が繰り返し口にしている「日米同盟の重要性」や「中国の軍事的脅威」は単なる政治的パフォーマンスにすぎず、本心では「アメリカとは揉め事を起こさずアメリカに付き従う姿勢を示していればよい」「中国の軍事的矛先が日本に向きそうになった場合には、中国との人脈を使い上手く立ち回れば、よもや最悪の事態には立ち至らないだろう」と考えていると見なさざるを得なくなる。

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