(羽田 真代:在韓ビジネスライター

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 文在寅ムン・ジェイン)氏が大統領職を退任するおよそ3週間前、青瓦台大統領府)から「文在寅政権5年ドキュメンタリー」が5本公開された。この動画は4部構成で、5本目は特別版だ。それぞれ約1時間もある大作である。

 制作はKTV(韓国制作放送院)が請け負っており、制作費用は計5億6500ウォン(約5650万円)だったそうだ。これは、李明博政権の総製作費(KTV制作:約3億8300ウォン/約3830万円)よりも2000万円近く高い。

 日本のメディアはもちろん、韓国メディアドキュメンタリーの内容について詳細に触れていない。文政権が退任前にせっかく制作したのだから、今回はこのドキュメンタリーの内容を各部ごとにご紹介したいと思う。

韓半島の平和実現に功績を残した?

【1部:(韓半島の)平和】

 ドキュメンタリーは、「全世界の目が韓半島に向けられた」というナレーションで始まる。

 込み上げる笑みを抑えたような表情を浮かべる文大統領(当時)と、満面の笑みを浮かべた北朝鮮金正恩キム・ジョンウン委員長(現:総書記)が握手した、南北首脳会談の時の映像だ。

5000年を共に過ごし、70年離れ離れで過ごした」という文前大統領のスピーチも流れる。5000年を共に過ごしたかどうかは別として、長年、同じ民族として暮らしてきた韓国・北朝鮮の国民にとって、この会談は特別な瞬間であった。

 ドキュメンタリーでは、「文政権の平和に向けた努力は、平昌(ピョンチャンオリンピックから始まり、3度にわたる南北首脳会談へと導き、3度の米朝首脳会談を実現させた」と紹介された。

 平昌オリンピックの女子アイスホッケー競技では、南北合同チームが結成されて感動を呼んだ。一方で、「スポーツの政治利用だ」「北朝鮮のせいで韓国が勝てない」など、ネット上は炎上していたことも事実だ。この時、「文大統領が初めてネット空間で敗北した日」と言われるほど、激しい批判が繰り広げられた。

 ドキュメンタリーを見ていると、米・韓・朝の関係改善には、文大統領の力が重要であったかのように紹介されている。だが、金委員長が文大統領に「おせっかい仲裁者の振る舞いをするな」と釘をさしたことや、ボルトン前米補佐官が「トランプ大統領も金委員長も、文大統領に近づくことさえ嫌がっていたが、文大統領は必ず出席してできるだけ3者会談にしようとした」と明かした通り、文氏は米・朝から厄介者扱いされていた。

 ドキュメンタリーの1部を割くほど、文氏は韓半島の平和実現のために功績を残したとは必ずしも言えない。

相変わらず“輸出規制”を徴用工のせいにする韓国

【2部:誰も揺るがすことのできない国】

 2部は、2019年7月に始まった日本による韓国への“輸出規制”、2020年からの新型コロナウイルスによるパンデミック、不況にあえいでいた造船海運業、気候危機による世界経済パラダイムの変化など、絶えず訪れる危機に対応した文政権の経済政策を再証明することがテーマとなっている。

 日本にまつわるエピソードでいうと、2019年に大阪で開かれた20カ国・地域(G20)首脳会議の場で、安倍晋三首相(当時)が「自由、公正、無差別な貿易体制を維持・強化するための強いメッセージを打ち出さなければならない」と述べたわずか2日後に、日本が韓国に対し輸出管理に乗り出したとあった。

 G20に参加した韓国政府の元産業政策秘書官らは、「日本はホスト国で、各国に平等に対応していたから前兆を感じなかった」と述べ、2日後に態度を豹変させたことについては「日本の奇襲だ」と語った。自国の輸出管理体制の不備については一切触れず、ここでもやはり「徴用工判決の報復として輸出規制に乗り出した」と紹介されていた。

 青瓦台の関係者は、「日本が輸出規制した品目を韓国は国産化させることに成功した」「規制により韓国の発展速度が速くなった。日本は尻尾を巻いている状態だ」とドキュメンタリー内で述べている。

 造船海運業については、人員を削減するなどして不況に耐えたことをアピールしているが、現在はそれが裏目となって受注増に対応できていない。新型コロナウイルス対策に至っては、政府が対応しきれずに自慢の「K防疫」が崩壊した。文政権の特徴として、初期対応は比較的成果をあげるものの、持続効果がない。

 2部は「今後は誰にも大韓民国を揺るがすことができない」という文大統領の言葉で締め括られているが、果たしてそうだろうか。韓国は経済状況が不安定だし、民主国家との関係性が文政権によって脆弱となった。早いうちにこれら問題を改善しなければ、他人が揺るがす前に、自らが国家を揺るがしかねない。

崩壊した自画自賛の「K防疫」

【3部:危機に強い大韓民国

 3部は新型コロナウイルス対策が中心のドキュメンタリーだ。

 新型コロナウイルスによるパンデミックで世界が危機を迎えた時、韓国はK防疫を通じて危機の克服過程を全世界に知らしめた。K防疫成功の主役である国民の積極的な協力と努力に焦点を当てて、防疫現場の第一線を伝えるという内容だ。

 コロナ拡散初期のマスク不足が深刻だった時、韓国政府のマスク配布方法は日本よりも素晴らしかった。出生年度別に配布曜日を決めて、国民みんなにマスクが行き渡るようにしたし、ネットアプリを通して販売店を瞬時に調べられるようシステムを構築した。

 今回のドキュメンタリーでも紹介されていたが、マスクが不足している他の国に配布したり、アフリカに医療団を派遣したりもした。初期の政府対応は悪くなかった。しかし、2部でもお伝えした通り、韓国が誇るK防疫はその後、崩壊した。

 感染者が最も多い時期に、文政権はソーシャルディスタンスを全面的に廃止、マスク着用も原則解除した。同時に、K防疫の象徴だったPCR検査場も撤去された。新型コロナウイルスの等級を日本の5類相当に引き下げたことにより、今後PCR検査や治療を受けたい人は、自腹で対応しなければならない。

 ドキュメンタリーの最後には、「我々はこれまで、先進国についていこうと尽力してきた。だが、我々よりうまくコロナに対処した国家はこの2年間なかった」という政策秘書官のインタビューが流れる。青瓦台は「危機を克服した」と主張するが、感染対策を放棄した状況で危機を克服したと言えるだろうか。

 3部では、文政権だけでなく、危機克服のために協力した国民も称えられている。だが、多くの人が集まる教会やデモ集会に規則を破って参加し、コロナが拡散されたのも事実だ。

【4部:決定的瞬間】

 4部は、国家的災難に対応した医療スタッフ、非正規職労働者、障害者とその家族、国家有功者、国民、文政権の前・現職国務委員たち、そして、専門家・評論家ら約100人の評価を収めたドキュメンタリーだ。

 また、韓国版「目安箱」である文在寅政権の「国民請願」、青瓦台前の道の開放、韓国版ニューディール、日本輸出規制、ヌリ号発射、新南方外交の前進など、5年間で変わった日常と韓国の国家の体面や尊厳についても収められている。

 ここでも、日本による輸出管理について紹介されていた。

「日本は、韓国に対して輸出を“規制”すれば、白旗を上げるだろうと計算していたようだが、我々は耐えた」「韓国にフッ化水素を輸出していた日本企業が、感情的に『我々はもうだめだ。どうにかして韓国に売らなければならない』と、憂慮を表明するほどだった」と関係者は語る。

 尹錫悦(ユン・ソンニョル)氏が大統領に就任する前に日本に派遣した政策協議代表団は、会談の中で輸出管理問題を取り上げた。文政権が主張するように、完全克服したのなら日本に対して新たに要望することはないはずだ。しかし、初対面の場でわざわざ言及するということは、完全克服していないことを表している。

 国産化は成功したが、量産化に成功していない部品もあり、韓国は完全に日本依存から脱していない。

「とてもしんどかった」と吐露した文在寅の本音

【5部:特別版 文在寅の心】

 特別版は、文大統領インタビューが中心だ。

 国政運営に対する彼の考えと、決定的瞬間にまつわるエピソードが込められている。また、ドキュメンタリーの最後には、新型コロナウイルスと経済・安全危機を克服して“先導国家”の実現を成し遂げた国民宛の手紙を朗読する場面も含められていた。

 2017年、文氏は学生からの「大統領になって幸せか」という質問に対して「幸せだ」と即答していた。5年後、ドキュメンタリー制作の際にインタビュアーから同じ質問をされて、「とてもしんどかった。快く幸せだと述べることはできない」と答えた。

 日本に対して終始厳しい態度を取る文氏の姿は、我々日本人には「冷血人間」に見えたことだろう。筆者もそうだ。だが、「とてもしんどかった」と本音を吐いたり、国民と交流する彼の姿をドキュメンタリーを通して見ていると、「この人も血の通った人間だったんだな」と思えるから不思議だ。

都合の悪いことは出てこなかったドキュメンタリー

文在寅政権5年ドキュメンタリー」は、北朝鮮問題、新型コロナウイルス対策、経済対策、日本の輸出管理などを中心に制作されている。

 文氏も青瓦台も、これら政策を成功したか、もしくは一定の評価をあげたと主張する。5年間で達成できなかったことについては一切触れられていない。

 ドキュメンタリーに対して、「5年間お疲れ様でした」「これからはゆっくりと休んでください」など文氏をねぎらうコメントもあるが、「我々は過去5年間、悪夢の中で過ごしてきた。ようやくそのトンネルから抜けられたんだ。次はお前がトンネルを経験しろ」「老人たちは一様に、『文在寅ほど頬が裂けそうなほど太っている大統領を見たのは初めてだ』と言う。何もせず、全世界の美味しい料理を食べ周ってきたから太るしかなかったんだろうな」など辛辣なものも散見される。

 文氏が国民のためになる政策を実現できたかどうかは別として、大統領という職は激務だ。本人が願うように、当分の間はしっかりと休み、次の人生に備える必要がある。これから、与党となった「国民の力」による反撃が予想されるのだから。

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自身のドキュメンタリーを制作した文在寅大統領(写真:AP/アフロ)