代替テキスト

BPO青少年委員会は4月15日、「痛みを伴うことを笑いの対象とするバラエティー」に関する見解を発表した。この見解では、芸人に苦痛を与える“笑いの取り方”に警告をしている。

同委員会はあくまでも「番組制作者に対してバラエティ番組の基準やルールを提示することを目的として本見解を出すものではない」という。しかし、バラエティ番組にとって一つの転換点となりそうだ。

そこで本誌は30年以上NSC(吉本総合芸能学院)で講師を務め、かつてナインティナインにも指導していたという“伝説の講師”本多正識氏に取材。痛みを伴う笑いの代表格ともいえる“叩いてツッコミを入れる”という笑いの取り方は今後どうなるのかについて考えを聞いた。

すると本多氏は「非常に難しい問題」と切り出し、こう続ける。

「例えば錦鯉・長谷川雅紀君(50)の頭を強く叩くツッコミを『面白い』と感じる人もいれば、『強く叩きすぎていて不快だ』という人もいるはず。人によって感じ方はそれぞれですから、線引きが本当に難しいんです。とはいえ『やってはいけない』と禁止すると、笑いが成立しづらくなると思います。

ただ、“観ている方がどう感じるか”は一つの基準だと思います。相方がバカなことを言うから叩いて、それで笑いが大きくなるのは確か。とはいえ『痛そう』と思わせた瞬間にお客さんはひいてしまい、笑いは消えてしまいます。それどころか嫌悪感や恐怖感といったものしか伝わらなくなるでしょう」

実際、’17年の『M-1グランプリ』で審査員の上沼恵美子(67)がカミナリの叩きツッコミに対して「叩いて笑いが来ない。あのドツキはいるんやろか」「これ(ドツキ)なしで突っ込んでも笑いは来ます」と述べたこともあった。

■「笑いしか起きないような技術を身につけてほしい」

本多氏は「上沼さんはカミナリの漫才を観て『せっかく面白いネタなのに、頭を思いっきり叩くツッコミはお客さんが恐怖感を覚えるのではないか。笑いが消えてしまいかねない』と指摘されたのでしょう。そういう意味では、この当時のカミナリの叩きツッコミは厳しかったのかもしれません」という。そのいっぽう、上方漫才の巨匠であるオール阪神・巨人の漫才を例に挙げた。

「巨人さんが阪神さんの頭と肩を前後から思いっきり叩くツッコミがあるんです。すると、劇場中に大きな『バーン!』という音が響き渡ります。これも『痛そう』とひいてしまいそうですが、実際はそういう反応になりません。それどころか爆笑が起きます」

それは何故か。実は阪神巨人のこのツッコミには、様々な工夫が凝らされているというのだ。

「『バーン!』という大きな音は、巨人さんが阪神さんのスーツの肩パッドを叩いた音なんです。頭を叩くのも、実際には阪神さんの頭をスレスレに擦り上げているだけ。手の動きが速いものの、実際には強く叩いていないと客席からでも何となくわかります。

そして、叩かれた直後の阪神さんのリアクションがユーモアたっぷりなんですね。それこそカミナリにでも打たれたみたいに体をピクピク。そして、酔っ払いのようにフラフラ。お客も笑うしかありません。

頭を強く叩いていると見せかけて、演出されたものなんです。それで、しっかり爆笑をとっています。これが本当の“芸”だと思います。」

そして本多氏は、こう続ける。

「錦鯉の長谷川君は頭を強く叩かれているように見えます。でも本人の表情を見ると、目をキョロキョロさせて、ちょっと嬉しそうにしています。おそらくですが、叩かれている姿を笑ってもらえることが“おいしい”と思っているのでしょう。

観ている側に嫌な思いをさせず、叩かれた方がニコニコしているのならひとまずセーフかもしれませんね。頭を叩いたツッコミには、笑いしか起きないような技術を身につけてほしいです」

笑いのニューウェーブのつもりが、原点回帰に?

BPOの見解には「気持ちの良い笑いが脳を活性化させてリラクゼーション効果をもたらし、ストレスを解放して、円滑な人間関係にもつながることは多くの人が実感するところである」とも綴られている。しかし、痛みを伴う笑いに対する受け取り方は人それぞれであるため“快か不快か”は判別することが難しいといえる。では、本多氏の考える“気持ちの良い笑い”とは何だろうか?

「人を傷つけない、嘲笑しない。そういう笑いですね。阪神巨人さんの漫才に人を傷つけるような類のものはありませんし、それより前の夢路いとし・喜味こいし先生や中田ダイマル・ラケット先生の漫才にも人を嘲笑うような笑いはほとんどありません。

古い漫才だけではありませんよ。ミルクボーイの漫才は誰を傷つけることなく面白い。しかも、世代問わずみんなが笑える。にもかかわらず、 一部の“お笑い”には人を攻撃したり侮辱するような方法で勝負しようとするものがいまだに多くあります。

ミルクボーイが、叩くことも動き回ったりすることもせずに、決まりきった形であれだけ笑わせることができるのは、ネタ作りがしっかりしているからです。他の芸人たちもそこを目指してほしいですし、そのためには先人の漫才などを見て勉強する必要があるでしょうね」

実は本多氏によると“気持ちの良い笑い”の萌芽は、若い芸人たちの間で少しずつ産まれているというのだ。そして、不思議な潮流も生まれているのだそう。

「今のNSCの若い子達は『どこにもない新しい笑いだ』といって、ネタを作ってきます。そのなかに、一昔前のいとしこいし先生やダイマルラケット先生がやっていた手法に近いものを見かける機会が近年増えましたね。『50年前にダイラケ先生や、いとこい先生がやってたよー』と言うと、本人たちはビックリしています(笑)。

ある意味、原点回帰みたいな現象が自然に今、起こっているのかもしれません。『BPOの見解に関係なく、お笑いが自然にいい方向へと流れて行っているのかな?』とちょっと安心もしています」