子どもたちにとって美味しく楽しい時間であり、栄養補給や食育を学ぶ機会でもあるべき給食。しかし、一部の教育現場では「残さず食べなさい!」と強いる、行き過ぎた「完食教育」が令和になっても行われている実態がある。

一般的に考え、食べ残しは確かに良いことではないが、かといって無理やり食べさせるのは正しいのだろうか。直面した場合、保護者はどう向き合うべきか。適切な給食指導の情報を発信し続けている、月刊給食指導研修資料(きゅうけん)の代表・山口健太さんに聞いた。(ジャーナリスト・肥沼和之)

●みんなの前で「ごめんなさい」と謝罪させられた

――完食教育の行き過ぎた事例があれば教えてください。

全員で残さず給食を食べよう、という目標にしていたクラスで、食べられなかった生徒は、みんなの前で「ごめんなさい」と謝罪させられたそうです。お子さんによっては、トラウマになってしまうようなことだと思いました。

――教育現場での完食教育は減っているか、もしくは増えているか、どう感じていますか?

ここ2~3年では減っていると思います。社会が「無理やり食べさせるのはよくない」「今どきそんなことをしているの?」という風潮になっていますし、そういった指導をする教員は目立ちます。特に学校は保護者会もありますし、問題になりやすいのです。

ただし保育園では、子どもたちが小さい分、大人が主導で進めてしまうので、行き過ぎた完食教育も起こりやすい。新年度は、そういった完食教育を受けたことで、給食が嫌い・苦手になった子どもが小学校に上がる際、給食を嫌がらないか、学校に行きたくないと言い出さないか、など心配する保護者の方から相談が増えています。

●完食指導がきっかけで「会食恐怖症」に

—— 一部で行われている完食教育には、どんな問題があると考えていますか?

まず、完食教育そのものがすべて悪ではなく、問題があるとすればつい不適切な指導になってしまうことだと考えています。本来は一人ひとりの生徒に寄り添い、好き嫌いなどを理解したうえで、個別に指導していくべきです。そうではなく、一律で「残さず食べなさい」と言いつけ、食べ終えないと昼休みまで居残りさせるような、過剰な完食指導しかやり方を知らないことが問題なのだと思います。

――過剰な完食指導によって、子どもにどのような影響があるのでしょう?

給食の時間や、食べることそのものが苦痛になってしまう恐れがあります。人前でご飯を食べることに不安や怖さを感じる、会食恐怖症という疾患があるのですが、発症のきっかけを調査したところ、最も多いのは完食指導だったという結果もあります。給食が嫌だから学校に行きたくないと、不登校になってしまう子もいます。

——文科省は完食指導を推奨していません。それにもかかわらず、なぜ起きてしまうと思いますか?

二つあると思います。一つは教員が、偏食の子どもにどう指導すればいいか、学ぶ機会が少ないこと。文科省による「食に関する指導の手引」というガイドラインがあるのですが、教育現場にはそこまで浸透していません。給食に関する研修や勉強会もあまり行われていないため、教員は自ら勉強して知識を得るしかないのですが、通常業務で忙しく、時間が取りづらい現状があるのです。

二つ目は、教員の多くが実体験に基づいた指導を行っていること。2017年に行われた「給食指導で参考にしていることは?」の調査(※)で、一位と二位を占めたのが「自分が家庭で受けた教育」「自分が小学校のときに受けた給食指導」でした。教員自身が受けた教育を、そのまま生徒にしてしまっているのです。

(※福岡景奈,赤松利恵,新保みさ,小学校における学級担任による給食指導:―栄養教諭・学校栄養職員と相談している教員の特徴―.2017)

●親は「頑張って食べなさい」と言わない

——子どもが不適切な完食教育を受けていることに気づいたら、家族はどう対処すべきですか?

給食が嫌だというお子さんに対しては、辛い気持ちを認めてあげることです。それをせずに、「頑張って食べなさい」と言葉をかけると、両親に話しても無駄だと思い、子どもは殻に閉じこもってしまいます。

学校に対しては、基本的には担任の先生に、子どもが苦しんでいることを伝えましょう。そのときの注意点として、口頭のみでの説明は避けます。「子どもを甘やかしている」と捉えられ、うまく伝わらないことがあるからです。

そのため、「過剰な完食指導で、不登校や会食恐怖症になる恐れがある」という報道記事や文科省の手引き、きゅうけんの資料などをプリントアウトし、見せながら伝えるとよいです。教頭や校長に伝えて注意を促してもらう、教育委員会に相談する、などの方法もありますが、基本的には担任と話し合えば、見直してくれるケースが多いです。若手教員が先輩から過剰な完食指導を進められた場合も、同じように対応するのがお勧めです。

——まだまだ広まっていない適切な給食指導を、どのように啓もうしていくべきでしょう?

私たちがきゅうけんを立ち上げたのは、給食指導の情報が行き届いていない問題を解決するためです。実際に学校や保育園や教育委員会などで、どのように情報を得ればいいかわからない、という教員や保護者がたくさんいました。そこできゅうけんでは、給食指導のポイントを、イラストや図をつけてわかりやすい資料にし、毎月発行しています。多くの方がプリントアウトし、共有したり勉強に使ったりしてくれているようです。

●教員や親が「残さず食べてほしい」と思う気持ちは自然

——子どもの健康や成長を考えると、完食してほしい気持ちは、親や教師にはどうしてもあると思いますが、折り合いはどうつけるべきだと思いますか?

栄養面では、年齢ごとに身長・体重の推移をグラフにした「成長曲線」で判断すべきです(※)。身長と体重がその子のペースで伸びていれば、基本的には問題ありません。同時に子どもの様子をよく見て、元気そうであれば、栄養失調の心配はないといえるでしょう。

ただ、教員や保護者が「残さず食べてほしい」と思う気持ちは自然です。大事なのは、子どもが嫌いなものを克服するには時間がかかると認識し、焦らずに向き合うこと。食に限りませんが、子どもが前に進むためには、まずは「楽しい」という感情が必要です。

楽しければ率先して練習して、上達もするのです。逆に怒られると楽しくなくなり、やらされてる感が生じます。すると、前には進めません。まずは子どもが安心できる環境をつくり、「楽しい」と思える食事の時間を大事にしてほしいですね。

(※詳しくは「一般社団法人 日本小児内分泌学会」WEBサイトを参照ください)

●筆者後記「完食指導の背景に、少人数学級が実現していない現状も」

取材をしながら、小学校のころを思い出した。当時ひどい偏食だった筆者は、よく給食を残し、そのたびに給食当番に謝らされた。残すことを認めてもらえず、昼休みでみんなが遊びに出ているのに、食べかけの給食とひとり向き合っていたこともある。

中学に上がり、給食から弁当に変わったときは、心から安心したものだった。あれから30年近くが経つが、減っているとはいえ、いまだに過剰な完食教育が残っている現状を思い知らされた。

原因として、適切な給食指導がなかなか浸透していない、教員が個人の経験に基づいた指導をしがち、といったことが浮き彫りになったが、おそらくそれだけではないだろう。

2020年、ある自治体に市民から寄せられた「学校でハラール給食を提供してほしい」という要望に、市の回答は「給食センターは大量調理のための施設で、ハラールなど宗教文化、多種類のアレルゲンへの対応などすべてに応えるのは難しい」だった。

同様に、少人数学級が実現できていない今、一人の担任が40人もの生徒のことを把握し、個別に対応するのは非現実的なのではないか。ただでさえ、教員はサービス残業が常態化していると指摘される業種なのである。

人的・金銭的コストの観点からも、どこまで個の要望に応えるべきか、また応えられるのか、判断は難しいだろう。多文化、多様性の共生を実現するための、リソースをどう準備すべきか。どのような仕組みやオペレーションを構築するか、現場だけでなく一般の人々も参画し、より慎重に考えていく必要があるように思った。

【筆者プロフィール】 
肥沼和之:1980年東京都生まれ。ジャーナリスト。人物ルポや社会問題のほか、歌舞伎町や夜の酒場を舞台にしたルポルタージュなどを手掛ける。東京・新宿ゴールデン街のプチ文壇バー「月に吠える」のマスターという顔ももつ。

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