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【第二章】泉房穂市長 出生率アップのキーワード語る「二つの不安を取り除くこと」 から続く

明石市の子供支援について、力強く語ってきた泉房穂市長(58)。そんな泉市長だが、“暴言パワハラ”で議員を辞職したことがある。

’17年6月、明石駅付近にある国道2号線の拡幅工事に立ち退きが必要だったものの、計画通りに進行することができなかった。そこで、泉市長は「火付けて捕まってこい。燃やしてまえ。損害賠償を個人で負え」などの暴言を担当職員に吐いていたのだ。

一年半後となる’19年1月に問題が発覚し、泉市長は会見で「怒りに任せた発言でパワハラだった」と認めて謝罪。そして、辞表を提出した。ところが、子育て中の母親たちが中心となり市長選に立候補するよう求める約5,000人の署名を泉市長に手渡した。そこで立候補の決意を固めた結果、再び市長の座に返り咲いたのだ。泉市長は、こう話す(インタビューは全4回中の3回目)。

「再選挙のとき、有権者の7割から票を得ることができました。しかも、子育て層である30代では9割が支持してくれたんです。暴言の直後ですから、他の地域からすると『どういうこと?』と思われたでしょうね。暴言については今でも反省しています。そのいっぽうで、施策の効果にリアリティがあったから本気度を信じてもらったのかなと思いました」

泉市長は、「政治にはリアリティが大切」と語る。

「市長としての11年間を振りかえると、最初の5年間は『変わり者が何いうてるねん』と市民は総スカン。他の自治体の人からもボコボコに叩かれましたよ。実は就任3年目から人口も税収も増えていましたが、それだけでは市民がリアリティを体感し辛かった。

でも次第に商店街が潤い出したり市民の負担が軽減されたり、駅前に図書館ができたり。5年目で、駅前に開発ビルもできました。目に見える形で、リアリティが生まれ出したんです。すると、市民からの支持率がぐんと上がりました。

当初、商売をしている人からは『子供のことより商店街振興を』と厳しく言われました。でも、子供が増えたおかげで街が活気付いて、彼らも儲かり始めた。今は『子供のためにもっとやれ』なんてね(笑)。公共事業費を削ったので建設業界も怒っていたのに、『マンションで儲かりました』と。キッカケはお金でも、子供も大人もみんなハッピーならそれでいいのではと思います」

■泉市長が批判に答える「半分正解で半分誤解」

変わり者と批判されながらも、「子供は社会のもの」という哲学で突き進んできた泉市長。「厳しい声に心が折れることは?」と問うと、こう答えた。

「子供の頃から批判ばっかりされ続ける人生で、昔からずっと少数派。自慢じゃないですけど、メンタルは半端ないんですよ(笑)。世間では“鋼メンタル”というみたいですが、私は自分のことを“スポンジメンタル”やと思っています。批判されると『なるほど、そう言う切り口か!』と吸収するんでね。

そもそも、批判って悪いことではないんですよ。何をしても批判する方というのももちろんいます。ただ批判には、その人の立場が関係していることや誤解しているケースが多い。『そういう批判があるなら前もって説明する必要があるな』と気づくこともありますし、批判そのものはむしろ栄養分ですね」

実際、ネットでは泉市長の少子化対策を批判する声が上がっている。例えば、こういったものだ。

明石市は子育て世代が転入してきているだけでは?周辺の自治体が出生率低下してたら意味ない》
《単に子育てしやすいところに周辺から人が集まってるだけで国を挙げて真似しても国全体の総量としては変わらないっていう可能性もあるんじゃないの》
《他県からの流入が多い以上、明石生まれの女性に限定して出生率を調べなければ、少子化対策として成功しているとは言えないのでは?》

これらの声に対して、泉市長は「半分当たって、半分誤解があるかなと思います」といい、さらにこう回答する。

「日本の少子化は2つの点で、しんどいんです。1つ目は完全に少子化が始まっているということ。そしてもう一つは、出生率を上げても人の数自体が減っているということです。

国は特殊合計出生率2.08を目標にしており、明石市’18年度で1.70です。’11年の1.50から0.2上げることはできましたが……。つまり相当なレベルで、市だけでなく県や国も参加して総合的に施策をしないと2.08は難しいと思われます。明石市だけが頑張っても、どうにもなりません。日本全体の出生率を上げるなら尚更です。

ただ大事なのは、“いかにソフトランディングするか”です。人口が減るにしても、減り方の程度を変えることはできます。そこで、明石市がひとまずの可能性を示すことはできると思います」

そして、こう続ける。

「『他の自治体から明石市に流入している』という指摘は当たっています。実際に『今の町で産めなくても、明石なら産める』と思った方が移住しているんですから。ただ大事なのは、移住してきた人たちが明石に定住しているということ。そして5つの無料化の影響で、明石で2人目以降のお子さんを産んで育てているということです。

『他の地域から人を取っている』という言い方も理解できます。ただ、『他の自治体が子供のことを大切にする施策をしていないから流れている』とも言えるのではないでしょうか。実は明石市の隣にある播磨町は、明石の施策を取り入れているんです。そして兵庫県にある41の市町村で、出生率が増えているのは明石市と播磨町だけ。近隣の町でも効果が出ているんです。

明石市の取り組みを国全体でやれば、産むのを躊躇していた層が『産もう』と傾くはず。そうすることで、日本全体で出生率の底上げができると考えています」

■「明石だけハッピーならいい」とは考えていない

明石市の施策を取り入れているのは播磨町だけではない。全国の市町村にも波及し始めていると泉市長は話す。

「昨年あたりから約10の自治体が明石のマネを始めたんです。誰でもできる、普遍性のある政治だと気づいたのでしょう。まぁ、『みんなできるやん。早よやっとけよ』とも思いましたけどね(笑)。

今年3月、大変驚いたことがありました。関西エリアの『住みたい町ランキング』で3年連続1位に輝いている西宮市の市長選挙で、所属政党もバラバラの候補者3人が明石市の施策同様に『18歳まで所得制限なしの医療費無償化』を公約に掲げたんです。

数字が語り始めたから、他の自治体にもリアリティを持って受け止められたのでしょう。『波がきたな!』と12年目にして思いましたね」

そして、泉市長は「『明石だけハッピーならいい』なんて考えていないんですよ。明石市の子供支援を全国の自治体も、県も国も取り入れてほしい。そして日本全体がいい方向に向かってほしいと、真剣にそう考えています」と語る。

明石市の施策で日本全国、全ての問題が一瞬で解決するとは思っていません。でも、明石市はこれまで成功事例を示してきました。ですから、施策を取り入れる価値はあるのではないでしょうか。

また明石市は早い段階で第二子以降の保育料の無料化を行いました。すると、国も幼児教育・保育の無償化を’19年10月から始めました。明石市はその分、財源負担が軽減され、そのお金で’20年4月から中学校給食の無償化を実現することができました。今後、国や県がこども医療費の無償化に舵を切れば、明石市は小学生の学費無料化もできるのではと考えています。

つまり国が制度化して財源が国や県に置き換わると、明石市はさらに進んだ市民サービスを提供することが可能になるということ。明石市が、もっと住みやすくなるんです」

【第四章】泉市長 コロナ禍でも冴える手腕、地元のコープで感謝されたことも へ続く