(山中 俊之:著述家/芸術文化観光専門職大学教授)

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「どんな政策を実行するのかわからず不安だ」
マルコス・ファミリーの利権が復活するかもしれない」

 フィリピン人の友人がつぶやいた。フィリピンで新しく大統領に選出されたフェルナンド・マルコス氏。1986年まで独裁政治を行っていたマルコス氏の長男である。

 マルコス氏の選挙は、とにかく異例ずくめだった。政策を明確化せず、公開討論会にも出席しない。かつての独裁色を薄めたイメージ戦略をとった。

 過去の父であるマルコス独裁政権について知らない若者の熱狂的な支持を取り付けて、現副大統領レニーロブレド氏に圧勝した。現状に不満のある若者は、何かをしてくれそうなイメージを演出したマルコス氏を支持したのだ。

 ロブレド氏は、貧困問題に取り組んできた弁護士出身。マルコス家と政治的な抗争を繰り広げてきたアキノ家に近い。

 マルコスvsロブレドの戦いは、2016年の米大統領選挙の構図と似ていると感じる。独断専行で空虚な中身しか話せないトランプ氏と、正論を掲げる弁護士出身のヒラリー氏。比較的年齢が高い男性候補と、その男性候補よりは若い女性候補という構図も似ている。

 今回のフィリピンでも勝利したのは、イメージ先行で具体的政策が見えない政治家である。雰囲気に流される国民の投票行動が、今回も発揮された。

 今回のマルコス氏の当選には、その政策の空虚さから懸念を感じざるを得ない。政治権力には関心があっても、政策には関心が薄いのではないか。公開討論会への出席拒否は大統領候補者として有権者軽視といえるだろう。

 しかし、フィリピンを「混乱の国なのでビジネスに値しない国」と捉えてしまうと、大事なビジネスチャンスを失うことになりかねないと感じている。

 本稿では、政治が懸念されるフィリピンにおける、経済・ビジネス上の潜在的可能性について考えていきたい。

日本人が知らないフィリピン経済の「強み」

 実は、フィリピンの経済・ビジネスにおける利点やメリットはことのほか多い。第一に、1億人を超えるだけでなく、若年層比率が高い人口ボーナス国であることだ。

 フィリピンの人口が1億人を超えていることは、意外と知られていないのではないか。東アジア東南アジアでは、フィリピンの人口は、中国、インドネシア、日本に次いで4位だ。その中でも若手の人口比率が多く、平均年齢は約25歳である。

 第二に、治安が回復してきていることだ。

 かつて私がフィリピンに行くと話すと、周りから「治安は大丈夫か」と言われることが多かった。日本人商社マンの誘拐事件などもあったので、フィリピンというと治安が悪い怖い国というイメージもなくはない。

 しかし、2010年から2016年大統領を務めたベニグノ・アキノ氏のもとで、治安の回復がなされた。

 長く中央政府と対立してきた南部の反体制組織であるモロ・イスラム解放戦線とも2014年に休戦協定が結ばれ、南部の治安も安定化している。カトリック教徒の多いフィリピンにおいて、イスラム教徒が多い地域の反体制運動は大変に厄介な治安問題となっていたが、沈静化に向かっているのだ。

 第三に、過去20年ほどの間、おおむね規律ある安定的な経済政策がとられたため、経済成長を実現していることだ。

 確かにかつては、多額の財政赤字を抱える国であった。しかし、2001年のアロヨ政権下で財政規律が重視される政策がとられ、以降、財政赤字は減少傾向にある。世界の格付け機関による格付けも改善してきている。

 過激な発言が目立つドゥテルテ大統領であるが、経済政策においては市場の自由化を進めるなど前向きの改革を実現している。実際に過去数年の経済成長は、5〜6%と安定している。

アジアトップレベルのダイバーシティ先進国

 第四に、女性活躍をはじめダイバーシティが進んでいることだ。

 世界経済フォーラム(ダボス会議)の男女平等指数では、フィリピンアジアで最上位に属する。男女平等指数では、北欧諸国や一部アフリカ諸国が上位に並ぶことが多い。その中で、アジアからほぼ唯一上位にランクインしているのがフィリピンだ。コラソンアキノグロリア・アロヨという2人の女性大統領を生んでいる事実もある。

 民族的にはマレー系であるが、そこにイスラム教が入り、さらにスペインと米国の植民地支配を受けた。このような文化的な多層性、多面性は、多様な文化を受け入れる土壌があることにもつながる。ダイバーシティが重視される中、世界の多くの国々とビジネスをしていく上でプラスに働くことが多くなるであろう。

 もちろん懸念点もある。

 先述したマルコス氏の大統領としての資質や貧富の格差が依然として大きいこと、電力などインフラ面が遅れていることなどは、ビジネス上のマイナス点であろう。これらの点を忘れてはならない。

 以上を基に、ビジネスパーソンとしていかなる対応をすべきであろうか。

地政学リスクの軽減としてのフィリピン

 第一に、東南アジアを含む東アジア地域のハブの一つとしてフィリピンを捉えることだ。

 これまで東アジア地域のハブというと、英語圏でもある香港やシンガポールがあげられることが多かった。しかし、香港は中国の北京政府の影響下に置かれることでハブとしての将来性に黄信号がともる。シンガポールは引き続き可能性があるが、国内市場という点では明らかに小さい。

 その点、同じ英語圏であるフィリピンは、経済成長の将来性を含め、ハブとしての機能を果たしうるだろう。ダイバーシティが進む同国では世界から優秀な人材を集めることも可能である。アジア開発銀行の本部もマニラにあるが、フィリピンのハブとしての可能性を考慮されて置かれていると私は考えている。

 第二に、地政学リスクの軽減としてフィリピンを捉えることだ。

 東アジア地域の地図を見ると、ロシア、中国、北朝鮮という反米的な国家が目立つ。その他の国でも、ベトナムミャンマーは、それぞれロシアや中国の影響力が強い。

 そのようなアジア地政学的な状況の下、長く米国の植民地であり米軍基地も設置されてきたフィリピンは、近年はドゥテルテ大統領の新中国的な姿勢が散見されるが、外交政策の基本方針や国民性としては伝統的に親米的であるといえる。

 米国には多数のフィリピン人移民が居住しており、フィリピンと米国の架け橋になっている。両親と共に米国に亡命していたマルコス新大統領の対米感情も悪くないはずだ。

 サプライチェーンの分断などの地政学的なリスクを考えた際に、親米的なフィリピンをその回避のために考慮しておくことは重要であろう。

 いずれにしても今後の潜在的な成長株フィリピンについて十分にフォローしておきたい。

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大統領選に勝利したフェルナンド・マルコス氏(写真:ロイター/アフロ)