フェイクニュースを見聞きした人の4人に3人以上が騙される。そして、どちらかといえば年齢が高い人の方が騙されやすい。米国大統領選挙、新型コロナウイルスウクライナ侵攻――あらゆる場面で蔓延しているフェイクニュース問題を、山口真一 国際大学グローバル・コミュニケーション・センター准教授がエビデンスをもとに解き明かす。新連載の第1回!

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フェイクニュースを見聞きした人の内、4人に3人以上は騙される」

──このような研究結果を聞いて、あなたはどう思うだろうか。「そんなに高いわけはない」、あるいは、「世の中には馬鹿な人が多いんだな」と思うかもしれない。

 2022年現在、世界中でフェイクニュースは問題になっている。新型コロナウイルス、政治・選挙、経済・・・あらゆる分野で、フェイクニュースが蔓延しているといっても過言ではない。

 このように世界中でフェイクニュースが注目されるようになったきっかけは、2016年の米国大統領選挙である。例えば、「ローマ法王がトランプ氏支持を表明、世界に衝撃」というタイトルをつけて報じたニュースメディアがあった。衝撃的な内容であるが、このニュースは実は全くの虚偽だったのである。当時、ローマ法王はメキシコとの間に壁を作ると主張するトランプ氏をむしろ批判していた。

 また、「ワシントンDCにあるピザレストランが児童売春の拠点になっていて、ヒラリー・クリントン候補がそれに関わっている」というフェイクニュースを信じた男性が、当該ピザレストランにライフル銃をもって押し入り、発砲するという事件まで発生した。

 当該選挙ではこのようなフェイクニュースが、大量にネット上を駆け巡った。ニューヨーク大学准教授のハント・アルコット氏らの研究では、選挙前3カ月間において、主要メディアの選挙ニュースよりも、偽の選挙ニュースの方が、Facebook上で多くのエンゲージメント(シェア、いいね!などのリアクション、コメントの合計数)を獲得していたことが分かっている。具体的には、トランプ氏に有利なフェイクニュースは約3000万回、クリントン氏に有利なフェイクニュースは約760万回、合計約3760万回もシェアされていた。

身近なフェイクニュース──殺人事件にも発展

 フェイクニュース元年といわれた2016年から5年以上経って、どうなったか。残念なことに、フェイクニュース問題は収束するどころか、むしろより身近になってきている。

 例えば、2017年の仏大統領選挙でも、フェイクニュースは多く確認された。またメキシコでは、ある人物が子供を誘拐した犯人であるというフェイクニュースがメッセージアプリWhatsApp上で拡散された。その結果、事件と無関係のその人物は、ガソリンをかけられて焼き殺されてしまったのだ。同様の事件はインドでも起こっている。

 さらに2020年に入り、新たに新型コロナウイルスに関するフェイクニュースが大きな問題となった。新型コロナウイルス関連では様々なデマや陰謀論が世界中で拡散され、WHOはそれをinfodemicと呼び警鐘を鳴らした。infodemicとは、情報(information)とパンデミックpandemic)を組み合わせた単語で、フェイクニュースが急速に拡散して社会に影響を及ぼすことを指す。

 例えば、「度数の高いアルコールを飲むことで体内の新型コロナウイルスを死滅させることができる」というフェイクニュースが広まった事例がある。その結果、イランではメタノール中毒 により2月23日から5月2日までの間に5876人が入院し、800人以上が死亡したといわれている。

 今年(2022年)の2月に開始したロシアウクライナ侵攻に関しても、様々なフェイクニュースが飛び交っている。複数の遺体の映像を公開して「ブチャでロシア軍による無差別殺人があった」と主張するウクライナ側に対し、ロシア側は「これはウクライナの捏造であり、遺体はむしろウクライナ軍の攻撃によるもの」と反論した。

 しかし、後の映像の検証や衛星写真の解析によって、ロシア軍撤退前から当該地点に遺体が複数あったことが確認されている。つまり、捏造だと主張するロシアの反論がフェイクニュースだったのだ(BBC)。

 また、ディープフェイク技術(AI)を使って、ゼレンスキー大統領が降伏を呼び掛けている偽動画が作成され、SNS上に投稿・拡散されたこともある(その後運営が削除)。

 フェイクニュース問題が全く収束していないことは、データも示している。以下の図1は、全世界で「fake news」「disinformation」「misinformation」、日本で「フェイクニュース」、という単語が、それぞれどれくらい検索されたか、2016年1月からの推移をGoogleトレンドで見たものである。図1では、各用語について最も検索された時を100としてグラフが示されている。なお、disinformationとmisinformationはそれぞれ偽情報と誤情報を指す単語であり、近年はfake newsという言葉の意味が広すぎることから、より正確に記述するために使われることが多い。

 図1からは、2016年の米国大統領選挙以降、世界で「fake news」の検索数が急増し、日本もそれに遅れる形で「フェイクニュース」の検索数が増加していることが分かる。その後増減はあるものの、「fake news」はおおむね横ばいで、特に2020年の新型コロナウイルス流行開始時にピークを迎えていることが分かる。「フェイクニュース」もほぼ同様の動きを示している。また、「disinformation」「misinformation」は増加し続けている。

フェイクニュース、日本も例外ではない

 このようなフェイクニュースの話を聞くと、「欧米の問題」というイメージがあるかもしれない。しかしながら、実は既に対岸の火事ではなく、日本国内でも多くのフェイクニュースが広まっている。

新型コロナウイルスは26~27度のお湯を飲むと予防できる」「漂白剤(次亜塩素酸ナトリウム)を飲むと新型コロナウイルスに効果がある」といった情報を、TwitterやLINEなどのネット上で見たことはないだろうか。「深く息を吸って10秒我慢できれば、新型コロナウイルスに感染していない」という誤ったセルフチェックを、ある県警の公式Twitterが拡散してしまったこともある。このような新型コロナウイルス関連のフェイクニュースは、未知のウイルスへの不安と共に、日本国内にも広く広まったのだ。

 選挙にも絡む。2018年の沖縄県知事選挙において、候補者を貶めるようなフェイクニュースが多数拡散されたことが確認されている。また、2020年の米国大統領選挙では、選挙不正があったというトランプ前大統領の主張をもととした真偽不明情報が駆け巡った。他国の選挙ではあるが、「バイデン氏の得票数が短時間で増え、投票率が200%を超える計算になる」という真偽不明の情報は、英語より日本語の方が拡散されていたことが明らかになっている。

 より身近な例もある。今年に入って、デマをもととした中傷が相次いだ。1月には、テレビ番組に出演した料理人に対して「態度が悪い」とネットで批判が巻き起こったが、その際、同じ苗字の別の料理人の店にも、Googleのレビュー欄などで誹謗中傷が相次いだ。

 また、常磐道あおり運転事件をめぐり、容疑者の車に同乗していた女性と勘違いされたある会社経営の女性が、SNSや電話で大量の誹謗中傷を浴びせかけられたこともある(いわゆるガラケー女事件。本件では、デマで攻撃された女性が訴えを起こし、既に損害賠償が成立している)。

 いうまでもなく、フェイクニュース、虚偽の情報といったものは太古の昔からあった。それはマスメディアの流してしまった誤情報であったり、人々が誤って広めてしまったデマであったり、政府が流すプロパガンダであったりした。しかし、SNSの普及により、その規模は格段に大きくなったのである。

データとエビデンスからフェイクニュースの実態に迫る

 さて、冒頭に戻ろう。「フェイクニュースを見聞きした人の内、4人に3人以上は騙される」というのは、残念ながら事実だ。

 私が以前8分野9件の実際のフェイクニュース(調査に使用したフェイクニュースは下部に記載)を使って調査を行ったところ、それらを見聞きしたことのある人の内、77.5%はそれを嘘だと気づいていなかったのである。しかも年齢別の違いはほとんどなく、むしろ中高年以上の方が気づいていない人の割合が高いほどであった。

 フェイクニュース問題というと、SNSを多く利用する若者だけの問題と思いがちだが、実は年齢関係なく誰もが気を付けなければならないことなのである。

 本連載の目的は、そのようなフェイクニュースについて「研究」することだ。最新の実証分析結果や事例といったエビデンスをもとにフェイクニュースの実態と社会的影響を明らかにし、フェイクニュースが社会に蔓延するメカニズムを解明する。そのうえで、社会が、そして私たち自身が、この問題にどう対処すればよいのか、その施策を検討していく。

※筆者注:調査で提示したフェイクニュースは、2019年12月までにファクトチェックされた次の9つの事例である。ファクトチェックについては、ファクトチェック・イニシアティブ・ジャパン(FIJ)のメディアパートナーであり継続的にファクトチェックを実施しているBuzzFeed JapanとINFACT(旧ニュースのタネ)の2団体が実施したものを対象としている。

◎山口真一(やまぐち・しんいち)
国際大学グローバル・コミュニケーション・センター准教授
 1986年生まれ。博士(経済学慶應義塾大学)。2020年より現職。専門は計量経済学。研究分野は、ネットメディア論、情報経済論、情報社会のビジネス等。「あさイチ」「クローズアップ現代+」(NHK)や「日本経済新聞」をはじめとして、メディアにも多数出演・掲載。KDDI Foundation Award貢献賞、組織学会高宮賞、情報通信学会論文賞(2回)、電気通信普及財団賞、紀伊國屋じんぶん大賞を受賞。主な著作に『正義を振りかざす「極端な人」の正体』(光文社)、『なぜ、それは儲かるのか』(草思社)、『炎上とクチコミの経済学』(朝日新聞出版)、『ネット炎上の研究』(勁草書房)などがある。他に、東京大学客員連携研究員、早稲田大学ビジネススクール兼任講師、株式会社エコノミクスデザインシニアエコノミスト日経新聞Think!エキスパート、日本リスクコミュニケーション協会理事、シエンプレ株式会社顧問、総務省厚労省の検討会委員なども務める。

◎本稿は、「ヒューモニー」ウェブサイトに掲載された記事を転載したものです。

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