働いても正社員になれない。そんな非正規雇用者が増えた理由は何なのか。経済評論家として活躍する上念司氏が、バブル崩壊後から現在に至るまでに発生した日本経済と雇用の経緯を取り上げながら、正社員と非正規社員の分断が起きた理由や、昨今の若者が正社員の地位を強く求めることの是非について解説する。
(以下は、上念司著『あなたの給料が上がらない不都合な理由』の一部を編集したものです)

バブル崩壊後、日本経済は一変した

 1991年バブル崩壊以降、日本経済の様相は一変しました。いつの間にか経済全体の拡大は頭打ちになります。そして、その限られたパイの奪い合いが常態化します。

 1980年代まで当たり前だった終身雇用も、バブル崩壊以降曲がり角を迎えます。企業が右肩上がりの成長を前提とする時代は終わり、採用活動も極端に抑制されてしまいました。特にバブル崩壊以降、1994年から2000年にかけて社会に出た人々がこの悪影響をもろに食らってしまいました。いわゆるロスジェネロストジェネレーション、失われた世代)と言われる人々です。

◆半年間のニート生活の末……

 幸いなことに、私は最後のバブル就職組だったのでギリギリセーフでしたが、結局、1年もしないで会社を辞めてしまったので似たようなものかもしれませんね。将来に対する漠然とした不安を感じながらも、何もできない自分。20代の若者には重すぎる現実だったかもしれません。

 ランクの高い会社を辞めた新卒社員は、自分を見つめ直すために旅に出たり、突如として資格試験の勉強を始めたりして迷走するのですが、私はそうはしませんでした。「一身独立して一国独立す」という福沢諭吉の言葉通り、まずは経済的に自立せねば何も始まらないと思ったからです。だからこそ、ニートは半年で卒業しました。

 何でもいいから働きたいと思って、当時はまだ神奈川県の小さな塾にすぎなかった臨海セミナーの面接を受けました。いろいろあって、とりあえず契約社員からのスタートになったのですが、とりあえず金をもらえるならと働き始めました。たぶん、ここで考えさせてほしいとか言っちゃう人もいるんでしょうね。

 とりあえず働けるってことはチャンスじゃないですか。職種は何であれ、そこで結果を出せば次の展開も見えてくるでしょ?

 私はとにかくニートに戻るのは嫌だという一心で契約社員のオファーに応じました。ニートとしての時間はお金を生みませんが、契約社員としての時間は給料というリターンを生むからです。そして、3か月勤務したところで、運よく塾長から正社員になって欲しいと言われました。もちろん二つ返事でOKしました。

 考えてみれば、短い間でもニートを経験したことが良かったのかもしれません。あれに戻るぐらいなら何でもいいやって思えましたから。多くの人が正社員にこだわって、せっかくのチャンスを逃しているのではないかと思います。仕事は形から入らないほうがいい。そのほうがチャンスは広がると思いますよ。

◆残酷なパイの奪い合いが始まった

 さて、すべての人が終身雇用の恩恵にあずかれた時代が終わると、残酷なパイの奪い合いが始まりました。1990年代中ごろから、その傾向は顕著になります。一部の人が正社員として採用されこれまで通り終身雇用で守られた半面、そのコースから外れた人は極めて不安定な雇用条件を飲まざるを得なくなりました。いわゆる、非正規雇用の問題です。

 この点について、誤解している人が多いので一言申し上げておきます。非正規雇用が増えたのは竹中平蔵さんのせいではありません。濡れ衣です。そもそも、非正規雇用という制度は1980年代から始まる働き方改革、多様な働き方といった国の政策に沿うものであり、竹中氏がひとりで作り上げたものではありません。元になる法律、労働者派遣法は1986年7月に施行されております。その後、この法律は何度も改正されています。竹中氏は2004年時点で経済財政政策担当大臣をやられていましたが、これは内閣府特命大臣であり労働者派遣法は管轄していません。

上級国民の正社員と奴隷の非正規雇用

 非正規雇用は、1950年から高度経済成長期にかけての出稼ぎや1980年代に増加した主婦のパートなども該当します。実は随分前から始まっていたのです。1986年の労働者派遣法は、こうした正社員ではない働き方の法整備が不十分だったので、そこにしっかりした法的地位を与え労働者を保護することを目的としていたわけです。ところが、日本のバブルが崩壊したことにより、非正規雇用は企業がコストを削減するためのバッファー(緩衝材)として使われるようになってしまった。確かにそういう風にも使えますから。

 景気悪化を乗り切るための人身御供として非正規雇用を利用し、その犠牲の上に成り立っていたのが1990年代以降の正社員の終身雇用でした。これ以降、世の中には正社員という「上級国民」と非正規雇用という「奴隷」が存在するかのような、そんな分断がこの国に広がっていきました。

◆正社員の特権を得ようとして奴隷になっている

 就職活動を必死で頑張る大学生が得ようとしているのは、正社員という特権です。だからこそ、パワハラのような面接にも耐えられるし、理不尽な扱いを受けても、学歴で差別されてもなかったことにできるんですね。私から見ると、特権を得ようとしてかえって奴隷になっているような気がしますが? 本当にそれでいいんでしょうか。まして、その雇用が一部の人の多大なる犠牲の上に成り立っているとしたら、大変複雑な思いです。

 もちろん、雇用の安定を求めるのは悪いことではありません。それは経済の自由の一つですから。しかし、安定を求めるあまり犠牲にするものが多すぎる。個人としても、社会としても。そんな気がします。

<文/上念 司>

上念司
1969年東京都生まれ。経済評論家中央大学法学部法律学科卒業。在学中は創立1901年の弁論部・辞達学会に所属。日本長期信用銀行、臨海セミナーを経て独立。2007年経済評論家勝間和代氏と株式会社「監査と分析」を設立。取締役・共同事業パートナーに就任(現在は代表取締役)。2010年、米国イェール大学経済学部の浜田宏一名誉教授に師事し、薫陶を受ける。リフレ派の論客として、著書多数。テレビラジオなどで活躍中

―[あなたの給料が上がらない不都合な理由]―


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