日本アニメ界を代表するトップクリエイターたちが集結した、現在公開中の長編アニメ映画『バブル』。本作を手掛けるのは、2022年6月に創立10周年を迎えるアニメ制作会社「WIT STUDIO」だ。同社は「進撃の巨人」「甲鉄城のカバネリ」「王様ランキング」や、現在放送中の「SPY×FAMILY」など、数多くのヒットアニメを世に送りだしている。たった10年の間に国内だけでなく、世界中にファンを抱える、日本を代表するアニメ制作会社へと上り詰めた。

【写真を見る】臨場感あふれるアクションシーンが特徴のWIT STUDIO、そのクオリティの秘訣とは?

そんなWIT STUDIOの魅力はなんといっても、“手描き”に特化したクオリティの高いアニメーションだろう。『バブル』では、泡(バブル)で荒廃した東京の圧倒的な美しさや、臨場感あふれる骨太なパルクールのアクションシーンなどを見事に手描きで表現している。そこで今回、WIT STUDIO創立メンバーであり作画監督としても活躍するアニメーターの浅野恭司と、同社新卒入社で現在はレイアウト作画監督を務めるアニメーターの村上達也にインタビューを実施。『バブル』制作の裏側を伺うと共に、WIT STUDIOのアニメーション表現が生まれた背景や、10周年を迎えた今後の展望について語ってもらった。

■「世間が求める作画のラインの上を行けるよう、常に意識しています」(浅野)

――ひと口にアニメーターと言っても、人によって作業内容は様々かと思います。お2人は『バブル』でどのような役割を担っていたのでしょうか?

浅野「自分は作画監督として、アニメーターさんたちが描いた画のクオリティアップを重点的に担っています。1枚1枚のカットのディテールや表情を修正したり、大きなスクリーンで観ても耐えられる“劇場クオリティ”に仕上げていったり。それを総作画監督の門脇(聡)さんへ託す中継ぎのような役割でした」

村上「荒木(哲郎)さんの作品には毎回、大規模な崩壊シーンが登場するのですが、僕はそういったシーンを描かせていただくことが多くて。『バブル』でいうと、物語中盤のパルクールの試合中に高速道路が崩壊していくシーンは一番力を入れたところです。また、今回は初めて作画監督も務めました」

――では、その役割のなかでアニメーターとしてこだわったことを教えてください。

村上「リアリティのある作画を目指しています。なにを描くにしても映像や書籍から資料を集め、実物のなかに自分の思い描いたものを取り入れて形にしていきます。『バブル』の場合はパルクールを題材にした作品なので、YouTubeに上がっているパルクールの動画などを参考にしています。ちなみに荒木さんはパルクール選手の方に取材をして、実際に自分もパルクールの動きをしてみたそうです」

浅野「画のクオリティをすごく意識しています。世間が求める作画のラインを含めて、一定のラインより上に持っていかなければという気持ちは常にありますので、そのためにどうするかを考えて作画していますね。とはいえ、クオリティアップのために自分がすべて修正するわけではなくて、動きのあるシーンはそれが得意な人に任せるなど、役割分担を考えながら向上に努めています」

――なぜそこまでクオリティを重視するようになったのでしょうか?

浅野「WIT STUDIOを立ち上げるにあたり、どういった映像を作り上げていくかを考えました。自分を含めた創立メンバーは『Production I.G』(アニメ制作会社、以下I.G)出身なのですが、当時のI.Gは劇場アニメを中心に制作していた会社だったので、クオリティの担保を重点的に掲げていたんです。『しっかりクオリティを保て』と口酸っぱく言われながら15年くらいI.Gでアニメーターをしていると、その考えがしみ込んでくるわけですよ。そんな人たちが設立に携わっているから、クオリティを担保したアニメーションを作る方針は自然と決まっていきましたね」

■「創立メンバーの方たちは、すさまじい熱量とこだわりを持っている」(村上)

――クオリティ以外で方針として決めたことはありますか?例えば、WIT STUDIOのアニメーションはキャラクターのリアルな動きが特徴の一つかと思いますが、それも設立時からすでに取り組んでいたことなのでしょうか?

浅野「皆さんが感じているような特徴に関して言うと、アニメーターさんのやりたいことをやらせた結果こうなったんですよね(笑)。動きを描きたいアニメーターさんがWIT STUDIOの原点であるI.G制作6課に自然と集まり、そのメンバーが荒木監督の『ギルティクラウン』に携わり、アニメーターの技量を存分に発揮したあと、WIT STUDIOに流れて来たという。それが結果的に、(同じく荒木監督が手掛けた)『進撃の巨人』のアニメーションにつながるんですよね。荒木監督の目指す方向性を、どうやって具現化していくか試行錯誤したメンバーがいた結果が、いまにつながっているのではないかと」

村上「僕はWIT STUDIO創立後に新卒入社したのですが、浅野さんがおっしゃるように、創立当時からいたアニメーターの方たちはすさまじい熱量とこだわりを持っていて。画面に映る画への責任感は計り知れません。僕も先輩方を追いかけたいと影響を受けて、いままでやってきました」

■「手描きのアニメーションは表現を“盛る”ことができる」(村上)

――WIT STUDIO手描きのアニメーションに定評があります。あのリアリティのある動きは3DCGと手描きを組み合わせて作られているのでしょうか?

浅野「『進撃の巨人』から変わらず、WIT STUDIOアニメーターが動きのイメージラフを作成します。それを基に外部のCG制作チームにアニメーションを作ってもらい、それに手描きを合わせて調整していく流れです。『バブル』の場合はコンテの段階で荒木監督のイメージが固まっていたので、動きを得意とするアニメーターさんにイメージを共有します。さらにアニメーターさんが荒木監督のイメージを膨らませ、そのイメージに対してCGチームと打ち合わせをする…といったことをどんどん積み重ねていきます」

――人や生き物だけでなく、建物や道具なども同じように作られているのでしょうか?

村上「はい。最近ではそういったものはCGで描くことが多いのですが、僕は手描きで動かしたいと思っています。なので、毎回手描きでもいいですか?と打ち合わせの時にお願いして描かせてもらっています」

――手描きアニメーションのよさとは?

村上「3DCGは物理計算をして計算通りの数値で作るため動きに嘘がなく、リアルな表現を得意とする手法です。一方、手描きは揺らぎがあり、嘘がつけてしまう。迫力や臨場感などの表現を“盛る”ことができるんです。アニメーション特有の動きを詰め込めるのが手描きのよさだと思っています」

浅野「手描きアニメーターさんの自由な発想でいくらでも変化がつけられるので、アニメーションとしての心地よさというものをより感じられるんです」

■「長尺カットの原点となったのは『進撃の巨人』です」(浅野)

――もう一つ、WIT STUDIOの作るアニメーションはアクションシーンの長尺カットも特徴的です。この表現にいたった背景をお聞かせください。

浅野「原点となったのは『進撃の巨人』です。Season1の制作時に立体機動装置のアクションシーンをどう表現しようか考えていたところ、アニメーターの今井有文という男が、同作のPVで誰も想像していなかったような動きを長尺カットで作ってしまい…(笑)。『立体機動装置のアクションはこういう動きなんだ!』と、ファンの方たちからの評判も非常によかったんです。その影響もあって、ほかのアクションアニメーターも長尺カットをどんどん取り入れるようになりました。そんななか、アクション作画監督の江原(康之)さんが担当した第11話で“伝説の18秒”と呼ばれる長尺カットを生みだしたのですが、これがまた評判がよく、それで今井くんに火がついて競い合いが起きたんです(笑)。そしたら、長尺カットを見たアニメーターさんがさらに『進撃の巨人』に参加するようになり、いまの表現にいたっています」

■「『SPY×FAMILY』も若いアニメーターさんにどんどん手伝ってもらっている」(浅野)

――2022年6月1日には創立10周年を迎えるWIT STUDIO。お2人にとって、この10年間で特に印象に残っている作品や出来事は?

村上「劇場公開された荒木監督作品『甲鉄城のカバネリ 海門決戦』です。実は僕、一度アニメーターを離れていた時期がありまして。復帰のきっかけとなったのがこの作品でした。アニメーターを離れていた僕の自宅までプロデューサーの中武(哲也)さんが『一緒に作ってほしい』とコンテを持ってきてくださって。コンテには山や日本家屋などの大規模な崩壊シーンが描かれており、これは絶対にやりたい!と思ったんです。多くのアニメーターが避けるであろう大変なカットを、手描きにこだわって作ろうとする熱量が胸に突き刺さりました。たしかに大変な作業でしたけど、そこで手応えと課題が明確に見えてきて、もっと突き詰めていきたいと考えるようになりました。なにより一人一人のこだわりにあてられて、先ほどの『進撃の巨人』の話ではないですけど、もっともっと!という感覚が芽生えたので、辞めようと思っていたアニメーターをもう一度やりたくなったという、僕のなかでは特別な作品です」

浅野「どうしても『進撃の巨人』になってしまいますね。Season3まで10年近く関わってきて、WIT STUDIOにとっても代表する作品になりましたから。ただそれ以外の作品を挙げるとすれば、『GREAT PRETENDER』『Vivy -Fluorite Eye's Song-』『王様ランキング』『ヴァンパイア・イン・ザ・ガーデン』でしょうか。これらの作品は“WIT STUDIOの新章”という位置づけだと思っています。自分のなかでは『進撃の巨人』でWIT STUDIOの第1章が終わった気分だったんですよ。いま挙げた作品に参加しているスタッフたちは新規の方ももちろんいますが、『進撃の巨人』で成長したメンツが多く、次のWIT STUDIOをつくり上げるメンバーになるのではないかと捉えていて。現在放送中の『SPY×FAMILY』も村上くんを含めた若いアニメーターさんにどんどん手伝ってもらっているので、自分のなかではここ1年くらいの作品が印象に残っていますね」

■「熱量を持った人たちと一緒に仕事できることが、WIT STUDIOアニメーターを続ける大きな意味です」(村上)

――WIT STUDIOは次世代アニメーターの育成・発掘を目的とした「WITアニメーター塾」も開講しています。アニメーター育成に向けた今後の展望を教えてください。

浅野「いま、アニメ業界全体がアニメーターさんを募集していますし、各会社の勤務条件も徐々によくなってきているので、アニメーターを目指す若者たちも増えている状況です。なかには『WIT STUDIOが大好きです』と言ってくれる方たちもいます。そういった方たちに向けて学べる環境と、成長した暁にはWIT STUDIOの作品に貢献してもらえる仕組みとして『WITアニメーター塾』を立ち上げました。とはいえ昔から、成長した若者は『自分の好きな作品を作りたい』と外に出て行ってしまうことも多くて…。WIT STUDIO専属アニメーターを一定数確保することが現在の課題です。ただ、欲求を止めることは難しいため、外に出た人たちともつながりを持ち続けること、内部の育成を強化することを両立していかなければならないなと思っています」

――では、新卒で入社した村上さんが考えるWIT STUDIOアニメーターを続ける意味とは?

村上「現在動いている作品を含め、WIT STUDIOはすべての作品でクオリティの高いものを目指しています。熱量を持った人たちが集まっていて、そんな人たちと一緒に仕事がしたい。それがWIT STUDIOアニメーターを続ける大きな意味ですね。僕自身も、もっと貢献していきたいと思っています」

取材・文/阿部裕華

『バブル』や「SPY×FAMILY」を制作するアニメスタジオ、WIT STUDIOに所属するアニメーターにインタビュー!/[c]2022「バブル」製作委員会