自分の死後、「財産をどうしてほしいか」「家族や親族がどうあってほしいか」などの意思表示として書かれることの多い「遺言書」。故人が作成した遺言書があることで、残された家族間でのトラブルを回避できるイメージを持つ人もいると思います。しかし、遺言書の書き方や内容によっては、逆にトラブルが起こりやすくなるケースもあるようで、「遺言書を作った方がいいのはどんな人?」「『遺産の分け方はみんなに任せます』って書いたらダメ?」「トラブルにならない遺言書ってどんなの?」など、さまざまな疑問の声があります。

 残された家族が「もめやすくなる」「もめにくくなる」遺言書とはそれぞれ、どのようなものでしょうか。弁護士法人グレイスで、家庭の法律問題を主に取り扱う家事部に所属する森田博貴弁護士に聞きました。

「普通方式」遺言は3種類

Q.そもそも、「遺言書」とはどういったものですか。

森田さん「遺言書とは、分かりやすくいえば、『作成者が、自らの死後に自らの財産をどのように処分するか』を記載した書面です。遺言書は、法律上の要件を満たして初めて有効と扱われ、その効果を国が保障し、遺言書に記載された人々に対してさまざまな法的効力を生じさせます。

遺言書は『普通方式』と『特別方式』に大別されます。特別方式は、緊急事態等の特殊な状況下に簡易な方法での遺言を認めるものですが、一般的ではないため、ここでは『普通方式』について解説します。普通方式の遺言には、(1)自筆証書遺言(2)公正証書遺言(3)秘密証書遺言の3つがあります」

【(1)自筆証書遺言】

完全に自分一人で作成でき、費用もかからない最も手軽な遺言です。しかしその半面、最も要件が厳しく、無効と扱われる可能性が高いものでもあります。

自筆証書遺言が有効とされるには、作成者の署名押印や作成日付が本文上に存在する他、遺言書全文が自書されていることが必要です。日付も自書する必要があり、財産目録に限っては機械を用いて印字しても構いませんが、その場合、目録の各ページに署名押印を行う必要があります。これらを一つでも欠くと無効となり、遺言としての意味をなさなくなります。なお、自筆用証書遺言の場合、保管場所について法律上の規定はありません。

単独・無費用で作成できる点がメリットである一方で、要件違反による無効、文意不明確や特定不能による無効、紛失、第三者による偽造・改ざん・故意の隠滅行為などにより、遺言者の意思が結実されないリスクが多分に潜んでいます

【(2)公正証書遺言】

公証役場において公証人に遺言内容を口授し、公証人がこれを筆記することで作成する遺言書です。公証役場での打ち合わせを踏まえて作成するという点で多少の手間を要し、また作成手数料として一定の費用もかかります。また、2人以上の証人の立ち会いも必要です。

手間や費用がかかる点がデメリットといえますが、公証人という専門家が関わることで、要件違反による無効や第三者による偽造のリスクは解消できます。また、作成した公正証書の原本は公証役場で保管されるため、紛失や改ざんの危険がありません。相続人等は公証役場による「遺言検索システム」を利用することで親族等の遺言の存否を照会することができるため、遺言の存在に気付かないままになるというリスクも低減されます。

【(3)秘密証書遺言】

遺言書の存在を、公証人と証人2人に証明させつつ、遺言内容を全ての人に対して秘密にできる遺言方式のことです。存在が公的に証明されるため、遺言不存在と扱われる危険性が低いことや、遺言内容を誰にも知られることなく書面を作成できる点がメリットです。1万1000円の手数料を公証役場に納める必要がありますが、これは(2)の公正証書遺言の手数料よりも安価です。

一方で、公証人は遺言の内容を確認するわけではないため、要件違反による無効や記載内容不明確・特定不能によって無効と解釈されるリスクは、(1)の自筆証書遺言と変わりありません。また、遺言書の保管自体は自分自身で行わないといけないため、紛失や第三者によるすり替え・改ざんなどの危険性も残ります。

秘密証書遺言が有効とされるには、遺言者が遺言書(証書)に署名・押印すること▽証書の封を閉じ、証書に用いたのと同じ印鑑で封印すること▽公証人1人および証人2人以上に封書を提出し、自身の遺言書であることと、作成者の氏名・住所を述べること▽公証人がその証書を提出した日付と、遺言者の申述内容を封紙に記載した後に遺言者・証人と共に署名押印すること―という要件を満たす必要があります。なお、秘密証書遺言は、リスクが大きい半面メリットが乏しく、手続きが煩わしいことから、実際にはあまり利用されていません。

Q.遺言書を作成した方がよいのはどんな人ですか。また逆に、「作成しない方がいい人」というのもいるのでしょうか。

森田さん「完全な無資力などの極端な場合を除き、ほとんど全ての場合で遺言書は作成した方がよいでしょう。遺言がなければ、利害関係人である相続人自身が、遺産の分割方法を協議して決めなければならなくなり、こうなると情報格差に伴う相続人相互の間に不信が生まれたり、意見の対立によって大きなストレスを伴ったりするのが通常だからです。

遺産分割は相当大きな負担を遺族に与え、相続人相互の関係を完全に破綻させるきっかけとなる場合も少なくありません。このような事態を避けるためにも、遺産の分割方法は、責任をもって被相続人自身が遺言を通じて決めておいてあげるのが好ましいといえます」

皮肉にも…「遺言書がある」ことでトラブルになるケースとは?

Q.遺言書は「残された家族がもめないため」に作られるイメージがありますが、皮肉にも「遺言書があることによってトラブルに発展した」ケースも実際にあるのでしょうか。

森田さん「あります。典型例としては、遺言の内容が相続人の一部にとって極端に有利で、他の相続人にとって極端に不利な場合です。最も分かりやすいのは、『全ての遺産を◯◯(人名)に相続させる』とだけ記載された遺言です。これは、法定相続分を完全に無視し、またそのような結論を取る理由すら記載していない遺言であって、冷遇された相続人が不服を感じるのもやむを得ません。この場合の多くは、遺言によって冷遇された相続人が、厚遇された相続人に対して遺留分侵害額請求を行うことが考えられます。

また、そもそも、遺言の有効性自体が争われる可能性もあります。典型的な例は、偽造(子の一人が親の名前を偽り、自分に有利な遺言書を作成しているような場合)や、認知症などにより、遺言書の記載内容を遺言者自身が理解できていないような状況が主張される場合です」

Q.残された家族が「もめやすい」「もめにくい」のは、どんな書き方や内容の遺言書だと思われますか。

森田さん「遺言書の中に、結論だけではなく、そのように定めた経緯や理由を記載することが適切です。例えば、相続分に差を設ける場合や、特定の遺産について相続人を指定する場合、『なぜそのような判断に至ったのか』を記載することで、法定相続分未満の取り分しか得られなかった相続人や、欲しがっていた遺産を相続できなかった相続人にとっても、遺言者の思いを理解し、受け入れるためのきっかけとなります。

また、複数の子に対して生前にしてあげられたことに差があった場合、何も手を打たなければ、遺産分割の場面で、不遇を主張する子が優遇されていた子に対し、特別受益を主張して遺産を用いた清算を求めて激しく争うケースがしばしばみられます。親の目から見て、子の一部を優遇していたことに何かしらの理由があり、遺産分割での清算が望ましくないと考える場合には、遺言の中に『持戻し免除』と呼ばれる条項を入れることで、特別受益を理由とする紛争の発生を防ぐことができます」

Q.遺言書がきっかけとなってトラブルに発展しないために、作成時に気を付けた方がよいこととは。

森田さん「まずは、遺言を作成した経緯について、相続人に不信を抱かせる事態を避けるべきです。紛争予防の点でいえば、推定相続人(相続開始時に法定相続人の地位に立つ人)に対して、遺言を作成した旨や遺言書を作成しようと考えた経緯を伝えておくべきです。この際、遺言内容自体を推定相続人や、推定相続人と関係がある人物に伝えることは避けた方が望ましいでしょう。推定相続人の立場からすれば、遺言内容を知りたがるのは自然ですが、これを伝えた場合、『冷遇された』と考えた推定相続人が、遺言者に対して報復的に冷たい態度を取ったり、作成済みの遺言を撤回させ、新たに自身に有利な遺言をさせようと不当な工作を行ったりするなど、新たなトラブルの引き金になりかねないからです。

遺言の方式としては、費用が許す限り、先述した(2)の『公正証書遺言』が望ましいでしょう。偽造や改ざんを防ぎ、遺言の効力を維持できる可能性が高く、遺言者の意思を相続に反映させられる手段といえるためです。ただし、公証人は遺言内容自体についての相談に乗ることはありません。不動産を保有しているなど、一定の財産を所有している場合には、遺言内容をどうすべきかについて、相続に詳しい弁護士に事前に相談を行い、その援助を受けながら遺言内容を確定して草案を作成し、公証役場に持参して、公正証書遺言の方式で保管することが最善でしょう」

オトナンサー編集部

書き方によってはトラブルの火種に…