企業が内部留保ばかりをため込んで、ちっとも従業員の給与は上がらない。その背景にあるのは「経営者たちが過去に得た教訓があるからだ」と語るのは、経済評論家として活躍する上念司氏だ。過去の経済危機を振り返りつつ、上念氏が「日本人の給与が上がらない理由」を分析する。
(以下は、上念司著『あなたの給料が上がらない不都合な理由』の一部を編集したものです)

◆経営者が忘れられないバブル時代の悪夢

 世の中の多くの若者が安定した雇用を好むという現実がある以上、経営者もそれに配慮せざるを得ません。正社員として採用したからには、絶対に給料は払い続ける。たとえ業績が悪化したとしてもリストラはしない。悪辣なブラック企業経営者でもない限り、多くの経営者はこのように思っています。

 安定雇用を実現するためには具体的にどうすればいいでしょう? 多少業績が悪化しても従業員に安定的に給料を払い続けられるような備え、つまりある種の貯金をしておく必要があります。実はこれが内部留保の問題につながります。

 バブル時代に、多くの企業の経営が過剰債務で傾き、潰れていきました。銀行は景気の良い時は調子のいいことを言ってたくさんお金を借りさせておいて、景気悪化で金融庁の指導方針が変わると一気に貸し出しを引き上げていきます。これを激しくやったのが1990年代後半。まだその記憶を鮮明に覚えている人が今の大企業の経営者なのです。だから、彼らはなるべく債務は増やさずに、できれば貯金をしようとします。

◆企業の「内部留保」は、企業の「貯金」ではない?

 ここで何気なく使っている「内部留保」という言葉の定義を明確にしておきましょう。

 多くの人が、内部留保という言葉のイメージで貯金の一種だと思っていませんか? 全く違います。いわゆる内部留保を現金で積み上げている企業はごく一部であり、大抵は生産設備などに化けています。なぜそうなるのかを説明します。

 企業活動を通じて利益が発生したとき、その利益をどう処分するかは経営者の裁量です。従業員にボーナスとして支給してもいいし、株主に配当を配っても構いません。このように気前よく配れれば何も問題はないんです。しかし、好業績は永久には続きません。突然、思ってもみなかったリスクが顕在化する。例えば、新型コロナウイルス感染症のように。

 将来的なリスクに備えて、従業員にも株主にも利益を分配せず貯めこむのも経営上の裁量です。もちろん、現金で貯めこむこともできますし、債務を増やさないという形で設備投資に回すのも可。こうすることで、いざという時に貯めたお金を取り崩したり、まだ使っていない銀行融資の枠を使ったりして急場をしのげるわけです。

◆ある法則がコロナショックで証明されてしまった

 1991年バブル崩壊以降、大きなものだけでも4つの経済危機がありました。1991年バブル崩壊2000年ITバブル崩壊2008年リーマンショック2020年コロナショック。これらの危機が起こるたびに、内部留保の少ない企業は潰れていきました。どの危機においても、政府の救済措置はショボくて遅い。そんなもん待っていたら会社は潰れてしまいます。いざという時に頼りになるのが内部留保。生き残った経営者たちは「金を貯めこんでおいてよかった」と思ったに違いありません。そして、この法則の正しさがまたしてもコロナショックで証明されてしまったのです。

 今、この文章を読んでいる方で、給料が上がらないことで経営者に不満を持っている人も いるかと思います。しかし、2020年以降も雇用が守られて給料ももらっているなら逆に経営者に感謝してください。ちょっと業績が良くなったからといって全部配っちゃったら会社は潰れてしまうんです。それをしなかったあなたの会社の社長は偉い。だからこそ、今でもあなたの雇用は安定しているでしょ? 元々あなたが今の仕事を選んだ理由も、この安定を求めていたからではないですか? だとしたら、社長は約束を守った。四の五の言わずに働きましょう。それもまた約束ですから。

<文/上念 司>

上念司
1969年東京都生まれ。経済評論家中央大学法学部法律学科卒業。在学中は創立1901年の弁論部・辞達学会に所属。日本長期信用銀行、臨海セミナーを経て独立。2007年経済評論家勝間和代氏と株式会社「監査と分析」を設立。取締役・共同事業パートナーに就任(現在は代表取締役)。2010年、米国イェール大学経済学部の浜田宏一名誉教授に師事し、薫陶を受ける。リフレ派の論客として、著書多数。テレビラジオなどで活躍中

―[あなたの給料が上がらない不都合な理由]―


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