ウクライナ戦争で、米バイデン政権はじめNATO(北大西洋条約機構)加盟国は、ロシアに対し厳しい経済制裁を課する一方で、侵略されたウクライナ側に莫大な資金と武器などの援助を行っている。
ジョー・バイデン大統領は5月9日ウクライナに対する「武器貸与法」に署名し、米議会は5月10日総額400億ドル以上のウクライナに対する追加支援を承認した。
しかし、5月20日ロシアは、南東部の要衝マリウポリを「完全に解放した」と発表し、ウクライナ兵計2439人がロシア側に身柄を拘束されたとしている。
ウクライナ戦争の戦況推移に、米国はじめNATO諸国の巨額の軍事援助はどの程度の効果を上げたのか、あるいは今後上げると期待されるのか。
また、軍事援助を得たウクライナ軍は今後ロシア軍を巻き返すことができるのだろうか。
憂慮されていた武器援助の遅れ
従来からウクライナ寄りの報道姿勢を取ってきた米CNNは、今年4月18日付で、『バイデンと米同盟諸国がウクライナで直面する新たなジレンマ』と題し、以下の趣旨の警告を発している。
「ウクライナ軍は、果敢にもロシア側のマリウポリのウクライナの部隊に対する降伏要求を拒絶した」
「しかし、ロシアが米国とNATOの武器援助に対しより強硬な姿勢をとる兆候を見せているなか、バイデン大統領と同盟諸国は、米国はどこまで戦闘態勢を固めているウクライナを支援するのかという、新たな危機に直面している」
特にCNNは、「ロシアがドンバス地区のウクライナ軍を包囲し補給路を断とうとしているなか、ウクライナがどれほど早く弾薬を消耗するかが新たな悩みの種となっている」と指摘している。
他方で4月11日西部のリビウにも、ロシア軍によるミサイル攻撃があり死傷者が出ている。
ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領は、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領の抑制しがたい野心を削ぐうえでの転換点に来ているとの認識に立ち、「ドンバスでの戦いの帰趨は戦争全般の今後の推移に影響しうる」との警告を発している。
また、ウクライナは「戦争が終わるまで決してその東部地域を諦める意思はない」と表明している。
さらにゼレンスキー大統領は、「ロシアがドンバス地区を確保すれば、プーチンがキーウを統制下に置こうとする新たな試みを必ずや目論むであろう」と述べている。
また、その前の週に米国が表明した新たな8億ドルの軍事支援に満足しているかとの質問に対しては、「もちろん、より多くを必要としている」と返答している。
さらにゼレンスキー大統領は、「もうこれで十分ということはあり得ない」と明言している。
東部地区での戦闘について、その前途には新たな挑戦が待ち構えており、「全面戦争が今日進行中であり、それだからこそ、我々は今持っているものより多くを必要としている。また我々は敵に対してまだ技術的な優位性を得ていない。我々は同じ水準にすら達していない」と述べている。
特に、「バイデン大統領からの8億ドルの援助については、速度が最も重要だ」とし、「最新の装備が仮に到着し始めているとしても、それよりも早く、次の戦闘ではウクライナ側の弾薬備蓄が底を尽く懸念が高まっている」と述べた。
米国は、18門の155ミリ榴弾砲と4万発の砲弾を米国の最新の武器援助リストに含めているが、ドンバスでの激しい戦闘では数日で使い果たされるだろうと、米政府高官は述べている。
前在欧米陸軍司令官のベン・ホッジ退役将軍は、「米政府高官は、米政府の目標および米国がウクライナの勝利を支援するために何を約束するかを、より明確にしなければならない。米国の最新の一連の援助は『実質的』ではあるが、不十分だ」と述べている。
さらにホッジ将軍は次のように警告している。
「ウクライナにとり死活的に必要とされているのは、長射程の火力、ロケット、砲兵、無人機などである」
「それらの兵器は、ウクライナの都市に多大の損害をもたらしているロシアの兵器システムを破壊し制圧でき、この次の段階の戦闘がもしも起きた場合にも、死活的な役割を果たすことになるだろう」
「米国政府が、これらの兵器をウクライナに送ることが緊急を要することを認識しているものと期待している」
「我々にとっての機会は次の2週間しかない。もしそれが期間内にできなければ、ロシアの既成事実化を阻止する機会は本当に失われるだろう」
このように、4月17日のホッジ発言で既に、ウクライナは、とりわけ長射程火力等の武器援助を緊急に必要としており、ここ2週間以内にそれらを届けられなければ、ロシアが既成事実を固めるのを阻止する機会は失われるとの警告が発せられている。
それ以来1カ月が既に過ぎた。米国の膨大な武器援助はウクライナの前線部隊に届いたのだろうか。
戦争の帰趨を決めるドンバス攻略
4月半ばの時点で米側は、ロシアの当面の作戦にとり致命的に重要な目標は、マリウポリの占領であると見ていた。
マリウポリはロシアにとり、東部ウクライナとクリミア半島を結ぶ陸橋である。
ロシア国防省は、マリウポリの部隊に対し、現地時間4月17日午後1時までに投降するように要求した。
さらに、「もし最後通牒を無視すれば、既に包囲しているアゾフスタル製鉄所に立てこもって抵抗している部隊とその他の者は、すべて殲滅する」と通告している。
ゼレンスキー大統領は、マリウポリの戦闘が「戦争の転換点になる」とする理由として次のように述べている。
「ロシア軍の無慈悲な攻撃による住民の被害が不明で今後も増えるおそれがあること」
「ロシア軍がマリウポリの壊滅を『レッド・ライン』としているとみられ、ロシア側との交渉が継続できないこと」
他方でゼレンスキー大統領は、「それでもロシア側との外交交渉の用意はある」と述べている。
ゼレンスキー大統領は、住民も含めた人的損害があまりにも大きく交渉に応じようがないと主張しながらも、ロシアの仮借のない攻撃に耐えかね交渉に応ずる可能性を示唆している点は注目される。
ロシア側は、米国の8億ドルの追加援助に対し、これ以上米国や同盟国がウクライナの要求に応じて重装備の武器を送り続けるならば、「予測しがたい結果を招く」との外交的な警告を発した。
この警告について、軍事専門家は、ロシアがウクライナ国内の武器のみではなく、ウクライナ国境へ武器を運び込むNATOの補給品輸送隊も攻撃目標にするという意味かもしれないとみている。
プーチン大統領がウクライナを支援する諸国を罰するためにどこまでするかについて世界の指導者たちの関心が集まっている。
4月半ばにプーチン大統領と一対一で面談したオーストリアのカ―ル・ネハマー首相は、プーチン大統領は明らかに、「戦争で勝利しつつある」とみており、彼独自の論理で作戦を進めていると述べている。
プーチン大統領は「ロシア連邦の安全のためには必要な戦争であるとし、国際社会を信用してはいない。ウクライナによるドンバス地区での虐殺を問責している」という。
またプーチン大統領は、「彼の世界の内にはいるが、ウクライナで今進行していることについては知っている」とも述べている。
ゼレンスキー大統領は、戦術核兵器の使用も含めたプーチン氏の次のステップのもたらす憂慮すべき結果を警告することで、世界の指導者たちにより深く次の段階に関わるように説得しようとしていると、CNNは報じている。
このようなゼレンスキー大統領の要求の効果があったのか、米国はさらに大規模な軍事援助に踏み切った。
しかしそれでもゼレンスキー大統領は「不十分」とし、「まだロシア軍の技術水準には達しておらず、遠距離火力を主体とし、できる限り迅速な武器援助」をするよう要求している。
その背景には、包囲下にある要衝マリウポリ陥落が近いとの危機感があった。
NATOの援助武器が届く前に、マリウポリが武器と弾薬を使い果たし、陥落する恐れがあった。残された抵抗期間は2週間と、4月17日の時点ですでに判断されていた。
結果的にマリウポリが陥落したことは、この武器援助が間に合わなかったことを示唆しているが、まず武器援助の実態を明らかにする必要がある。
米国による対ウクライナ軍事援助詳細
4月25日に米国政府政治軍事局(Bureau of Political Military Affairs)が公表した『米国のウクライナに対する安全保障協力(U.S. Security Cooperation with Ukraine)』と題する資料によれば、米国は2014年以来、ウクライナの領土の統一と国境を守りNATOとの相互運用性を向上するため、同国に64億ドル以上の軍事援助と訓練支援を行ってきた。
また2021年1月以来、米国はウクライナに対して46億ドル以上の軍事援助を行い、そのうち37億ドル以上は、ロシアの侵攻開始以降に実施されたとされている。
さらに同資料によれば、以下のような様々の形態により、米国の対ウクライナ軍事援助が行われてきた。
①緊急時大統領在庫引き出し権(Presidential Drawdown Authority: PDA)
2021年9月以来、ウクライナに34億ドルの軍事援助を米国防省の備蓄から提供するために、8回にわたり緊急時大統領在庫引き出し権が行使された。
②安全保障援助(Security Assistance)
2022年4月24日、国防省は米議会に、ウクライナと15カ国の同盟国、友好国に対し海外軍軍事資金援助基金から7.13億ドルを支出する義務があると通知した。
この通知は、NATO諸国が自国の備蓄からウクライナに対して寄付した能力をもとに戻し、NATOの抑止力を維持強化できるように、NATO同盟国を支援するためのものである。
2021会計年度においては、米国防省はウクライナに、対外有償軍事援助(Foreign Military Sale: FMS)により1.15億ドル、国際軍事教育・訓練構想により300万ドルの資金を提供した。
それらにより米国から、ロシアの侵攻前に、対迫撃砲レーダ、通信保全型無線機、車両、電子装備、小火器、軽火器、医療用補給品などが提供され、ウクライナ軍の広汎な能力が向上した。
③世界安全保障緊急基金(Global Security Contingency Fund)
米国務省と国防省が統合して行う計画であり、訓練、助言業務および装備について、ウクライナ政府が戦術的、作戦的、制度的に特殊作戦部隊、国境警備隊、通常戦力、下士官、戦闘医療能力等を発展させるのを支援するために、2014年以来4200万ドル以上の資金がウクライナに提供されてきた。
④超過防衛条項(Excess Defense Article: EDA)
2022年2月20日に米国は、超過防衛条項を使用して「ミル17ヘリ」をウクライナに移転(transfer)した。
2018年以来米国はウクライナに再改造したアイランド級沿岸警備艇を供与してきた。改修資金はウクライナの国家資金とEDAで賄われた。追加の警備艇の移管は保留中である。
⑤第三国移転(Third Party Transfer: TPT)
2022年2月のロシアの侵攻に先立ち、米国は、NATO同盟諸国に対しTPTを承認し、米国由来の兵器を同盟諸国の兵器庫からウクライナ軍の使用に供することを承認した。
これまでに、TPTにより1万2000発のあらゆる種類の対装甲兵器システム、1550基の対空ミサイルレーダ、夜間暗視装置、機関銃、小銃と小銃弾、防護服などが供与された。
米国の同盟国と友好国の貢献は死活的であり評価すべきものであると、上記資料は評価している。
⑥対外有償軍事援助(FMS)
米国は、5.959億ドルの政府間の積極的な武器売却をFMS制度のもとでウクライナに対して行ってきた。
議会に通知されたFMSのリストは、米国国防安全保障協力局(Defense Security Cooperation Agency: DSCA)のサイトに掲載されている。
重要な事前売却には、2022年の非標準的な砲兵弾薬の売却、2018年のウクライナに死活的な対装甲能力を提供するための210発のジャベリン(Javelin)対装甲ミサイルの売却、2019年の150発の追加のジャベリンの売却、2020年のマークⅣ型警備艇の売却などが含まれる。
ジャベリンの売却には米国務省の対外軍事融資の資金とウクライナの国家基金が使われた。
⑦直接商業売却(Direct Commercial Sale: DMS)
2015年から2020年の間、米国はDMSにより、2.74億ドルを超える防衛用の物品とサービスをウクライナに対して恒久的に輸出した。
その間におけるDCSの最大の品目は、カテゴリーⅢの弾薬・武器8800万ドル、カテゴリーⅦの火力統制・レーザー・画像化・誘導装置6900万ドル、カテゴリーⅨの軍用電子製品2200万ドルなどである。
⑧国境警備
2017年以来、米国務省の国際安全保障・非拡散局は、2840万ドルを非拡散・反テロリズム・地雷除去・その他の関連事業のために、輸出管理・国境安全保障(Export Control and Border Security: EXBS)計画を通じてウクライナに提供してきた。
ウクライナの国境警備部隊は、EXBSの主要な受領者だった。EXBSの援助は、ウクライナ税関と輸出管理・制裁当局にも提供された。
ロシアの2022年の本格侵攻以前は、EXBSは主に、ロシアによるクリミア併合の際に失われた海洋における国境警備の作戦と維持の能力の復活と近代的装備・訓練・手続きの導入に向けられていた。
EXBSは、ウクライナの国境警備部隊の地上部隊にも、助言と装備援助を提供していたが、2022年のロシアの侵攻以降EXBSは、ウクライナの国境警備隊とその他のパートナーとなる当局に、非殺傷性兵器と継続的な助言の援助を提供するとともに、正常な運用とウクライナ政府の業務が再開されるまでの間、制裁と輸出管理を支援する方向に転換した。
⑨通常兵器破壊処理(Conventional Weapons Destruction: CWD)
2004年から2021年の間、米国は7730万ドル以上を、ロシア軍やドンバス地区にロシア支持勢力が残した、地雷の除去と不発弾の処理に提供し、ウクライナの地雷除去と武器・弾薬備蓄の管理能力を向上させた。
2021年だけでも米国は、CWD計画に資金を提供し、190万平方メートルの地域の地雷と不発弾を除去した。
ロシアの侵攻以降は、爆発兵器リスク教育啓発運動を行い、救命のための情報を1800万人以上のウクライナ人に提供した。
米国で装備を提供され訓練を受けていた地雷除去部隊は国中の大量の有害な爆発物に対応するうえで指導的役割を果たした。
⑩世界的な平和維持活動
ロシアの侵攻前、ウクライナはコンゴでの国連の平和維持活動にヘリ部隊を提供し協力していた。
ウクライナは世界平和作戦(Global Peace Operations)の友好国であり、平和作戦の能力構築支援に400万ドル近い額を拠出している。
⑪州との友好計画
ウクライナは米国の州との友好計画に基づき、カリフォルニア州の州兵との友好関係を築いていた。
この計画は1993年に、旧ワルシャワ条約機構諸国を支援し、その民主化と防衛力の改革を進めることを目標として設立された。
過去29年にわたり、カリフォルニアの州兵は、ウクライナ軍と米正規軍との軍と軍の交流を行い、ウクライナ軍の継続的な防衛力の近代化に貢献した。
これらの米国による膨大な各種の対ウクライナ援助は、軍事援助、武器援助を主としつつも、軍事的な助言、情報提供、教育・訓練、特殊部隊・国境警備隊その他の正規軍以外への支援、さらに平和維持活動など広汎多岐にわたっている。
また、その方法としては、大統領の権限、国防省、国務省など、米政府の各種機関、民間企業、米同盟国・友好国、国際機関など、多種多様な米国を中心とする各種機関・組織が関与している。
その援助の基金についても、様々な法律に基づく種々の基金が全面的に活用されている。
その総額は2022年4月25日時点で、2014年以来64億ドルにのぼっていた。
また援助の開始時期は2014年以降のものが主であるが、最も早い計画は1993年というソ連崩壊直後から始まっていた。
さらに「2022会計年度においては、これまでのところ、対ウクライナ武器援助法に基づき、3億ドルの武器援助が行われた」とされている。
防御的な武器の援助の内訳
上記の2022年4月25日の米国政府資料によれば、米国はウクライナに対して、以下のような武器援助を約束している。
・対空ミサイル『スティンガー(Stinger)』1400基以上
・対装甲システム『ジャベリン(Javelin)』5500発以上
・その他の対装甲システム1万4000発以上
・戦術無人航空システム『スウィッチブレード(Switchblade)』700機以上
・155mm榴弾砲90門とその砲弾18万4000発
・155mm榴弾砲用戦術牽引車72両
・中型多用途ヘリコプター『ミル-17(Mi-17)』11機
・多目的装甲装輪高機動車数百両
・小火器7000丁以上
・弾薬5000万発以上
・個人用防護装具およびヘルメット7万5000組
・レーザー誘導ロケット・システム
・戦術無人機システム『フェニックス・ゴースト(Phenix Ghost)』
・無人沿岸防御艇
・対砲兵用レーダ14基
・対迫撃砲用レーダ4基
・対空警戒監視レーダ2基
・障害物除去用C-4爆薬と起爆薬
・戦術セキュリティ強化通信システム
・夜間暗視装置、熱映像システム、光学器材、レーザー測距装置
・商業用衛星画像サービス
・爆発性武器処理用防護衣セット
・対化学・生物・放射性物質・核防護用装備
・救急用キット等の医療用補給品
なお、5月10日、米国で、ウクライナなどに対して軍事物資を迅速に貸与することを可能にする、「レンドリース法=武器貸与法」が成立した。
同法により米国は、ウクライナや東欧諸国に対して、2023年9月末までの間、軍事物資を貸与するための手続きを簡略化し、迅速に武器を提供することが可能になる。
バイデン大統領は、「ウクライナの支援は極めて重要だ」と述べて、支援を迅速にさせていく考えを示した(『NHK NEWS WEB』2022年5月10日)。
330億ドルの追加援助の実態
2022年4月28日、米ホワイトハウスは「ウクライナに対する追加支援を米大統領府は議会に要請(White House Calls on Congress to Provide Additional Support for Ukraine)」と題する言明および部外発表を出した。
その理由として、東部ウクライナでの戦闘の激化が予想されることが挙げられている。
同文書では、3月に米議会が超党派で提供した追加支援は、ロシアの東部ウクライナでの活動に対抗しウクライナと隣接国の人道的経済的支援を行う上で、死活的に重要だが、3月に提供した35億ドルの援助のほぼすべてが使い果たされようとしていると訴えている。
米国が供与した、対戦車・対空システム、ヘリ、無人機、擲弾発射機、5000万発以上の弾薬などの武器と弾薬は、毎日ウクライナに流れ込んでおり、米国と同盟国は追加的な武器の能力向上に努めている。
米国防省は、NATOの東翼とロシアの侵略を抑止するための防衛態勢を強化するための追加資源に、既に10億ドルを使ったとしている。
同時にバイデン政権は、ウクライナと地域の民主的な運営の継続を保証し、地域のミクロ経済を支援するために、約17億ドルを投じたとされている。
それには、ウクライナとNATOの東翼である諸国その他の地域友好国に対する6.5億ドルの軍事援助と、食糧、避難所、その他の人道支援など数億ドルが含まれている。
追加的支援には、米国がその数十億ドルの資産と保有財産を確保するのを支援する資金も含まれている。
また、ウクライナの戦勝を支援するうえで議会での超党派の支援は欠かせないとして、米政権は議会の議員、同盟国などと協働して、妨害されない援助の流入を維持し、戦争で悪化した食糧危機を支援することを約束したとしている。
米政府の330億ドルに上る安全保障、経済、人道的な援助には以下が含まれる。
①ウクライナの長期的な防衛戦を援助し、NATOの同盟国・友好国と協力して欧州の安全保障を強化するための支援
バイデン政権は204億ドルのウクライナに対する追加的な安全保障・軍事援助を要求している。
これには、50億ドルの利用可能なローンの追加、60億ドルのウクライナ安全保障援助構想、40億ドルの国防省FMS計画が含まれる。
ただし、これらの資源は、ウクライナの軍や警察にとり今すぐ緊急に必要な装備ではなく、長期的にNATOがロシアの侵略を抑止し防御するために必要とされるものであるとされている。
これらのウクライナとNATOの東翼となる諸国への追加的な資源としては、以下の項目が含まれている。
・追加的な砲兵、装甲車、対装甲・対空能力
・サイバー能力の加速的強化と先進的な対空システム、弾薬、戦略的鉱物資源の生産能力の向上および情報支援の強化
・地雷・改良型爆発物・その他戦争が残した爆発物の処理、ウクライナの化学・生物・放射性物質・核の安全管理と脅威対処能力の支援
・米軍兵員と装備の輸送、一時的な任務、特別給与、空輸、兵器システムの維持、医療支援など、NATO域内での米軍の展開支援を通じた、NATOの安全保障態勢の強化
②ウクライナの民主主義を支援するためのその他の追加的な援助
バイデン政権は当面の危機に対処し市民への基本的なサービスを提供するため、米議会に85億ドルを要求している。それには、以下の項目が含まれる。
・ウクライナの民主的な政権が継続的に機能するのを保証するための、食糧援助、エネルギーと健康管理の援助、企業活動の停止と収入の激減に対する政府の活動への支援
・ロシアの情報・宣伝工作に対抗するための援助、ロシアの人権侵害に対する理解の促進、表現の自由を守るための活動家たち、ジャーナリスト、独立系メディアへの支援
・収穫期の中小の農業関係企業への支援とウクライナの国営エネルギー会社による天然ガス購入に対する支援
③戦争に伴い生じた人道上の必要性に応じるための援助
・小麦と小麦粉の途上国の人びとに対する直接的な食糧援助への支援と農業システムの抗堪性の強化支援
・医療品の供給、保温毛布、緊急救命キット、安全な飲料と水、避難所用物資などの補給その他人命に係わる人道的支援
・職業訓練、トラウマに対する精神治療、地域の学校、ウクライナ人の米国への到着への支援
④制裁強化措置
米法務省による、ロシアのウクライナ侵略に関係した人物の高価値資産の追及努力を支援し、差し押さえ剥奪した資産からウクライナが被った被害を取り戻す手続きをより効率的にするための立法化を支援
⑤ロシアの侵略により国内と世界で生じた経済的破綻への対応
ウクライナ戦争で生じた大豆・小麦などの世界的な食糧不足に対し、米国内での食糧生産の支援に5億ドルを追加。借入利息と穀物保険のインセンティブを通じて、貸付金額の利用を容易にし、農民の穀物増産のリスクを低下
なお、以上の追加的な資金には、防衛生産法が、緊要な鉱物資源や物資の国内での生産拡大のために活用され、防衛システムから自動車まであらゆる必需品の生産に役立てられ、国内と世界での経済破綻に対処し物価高騰を抑えるのを支援できるであろうとしている。
以上の330億ドルに上る支援の内容のうち、安全保障に関わる支援項目は、防御に役立つもののみで、依然として戦闘機、戦車などの攻勢打撃力の主力となる武器は含まれていない。
また、援助方式は返済を必要とするローン、安全保障援助構想、FMSなどによるものである。
さらに援助対象としてウクライナ以外に、ポーランドなどNATO東翼の諸国への支援も含まれている。
援助項目には、米軍の輸送、給与への支援、NATO域内での展開支援、戦略的鉱物資源の生産能力強化など、主に米軍の要求を満たすための受け入れ国支援(Host-Nation Support: HNS)に類似した内容が含まれている。
また、経済援助についても、食糧援助、エネルギーと健康管理の援助、企業活動の停止と収入の激減に対する政府の活動への支援などは、「民主主義を支援」するためと称しているものの、米国のウクライナでの権益保護・増大の狙いがうかがわれる。
情報・宣伝戦への対抗支援も米国のウクライナにおける情報戦・対情報戦能力強化と一体の措置である。人道援助も、米国農産品の輸出増加、米国内農業の保護、ウクライナ人の米国への到着への支援など、米国の国益に基づく援助の色彩が強い。
総額330億ドルの援助の内容は、返済を前提とし、米国の国益を色濃く反映したものであり、ゼレンスキー政権としては、攻撃的兵器の供与が含まれず、ウクライナの資源への支配を強めようとする米国の意図への反発もあり、承服しがたい内容と思われる。
他方でバイデン政権にとっては、戦争への直接介入のリスクを避けながら、武器・インフラ整備・食糧・エネルギー・鉱物資源・医療関連など、様々の分野で米国内関連産業に利益を還元でき、国内の経済と雇用を生む政策とも言える。
追加支援の効果と今後の戦況推移
今回米議会で承認された330億ドルの追加支援は、当面の危機に対処するというよりも、少なくとも数カ月以上の長期戦に備えて、ウクライナに長期戦を戦い抜ける、国民生活の維持や人道支援まで含めた、広範かつ膨大な支援であるとされている。
ロシアの2020年の年間軍事費は617億ドルであった。ウクライナの軍事費の約10倍に相当するとみられるが、米国の対ウクライナ支援額は、ロシア側の優位を無効化するほどの巨額に達する。
しかし、武器・弾薬については、以下の諸要因からどの程度、第一線部隊の戦力として生かされているかには、疑問がある。
①輸送途上での損害
ウクライナへの輸送経路は黒海からの海上輸送はロシア側に封鎖されて困難であり、主にポーランド、ルーマニア国境から陸路で送ることになり、1000キロ近い長距離陸上輸送か空輸が必要になる。
現在、ロシアの航空戦力は圧倒的優位にあるが、装備の信頼性の低さ、ウクライナ側の強固な防空態勢などの原因により、いまだに航空優勢を確保できるに至っていないとみられている。
しかしながら、ウクライナ側の空輸も、例えばマリウポリへの空輸による補給ができなかったように、実行困難とみられる。NATOも空輸を自ら実施することはリスクが大きくできないであろう。
陸上輸送によるとしても、NATO側の西部ウクライナの武器・弾薬の集積拠点、輸送インフラの中枢、石油施設などが、ロシア側の防空ミサイルに掩護された領域からのロシアの地上発射ミサイル、空軍機、艦艇などからの遠距離ミサイル戦力により狙い撃ちされており、NATOからの援助物資には輸送途上で相当の損害が出ているとみられる。
②ウクライナ側の汚職・腐敗体質
ウクライナはソ連崩壊後分離独立したものの、経済破綻と社会秩序の崩壊が進み、歴代政権は汚職腐敗にまみれている。
また武器輸出管理も杜撰で、ソ連製の兵器を南スーダンなどの紛争当事国に輸出し、核・ミサイル開発疑惑のある北朝鮮、イランなどにミサイルやロケットエンジン、中国にロシアが供給しないジェットエンジン、強襲揚陸用の大型ホバークラフト、スクラップと称して空母ワリヤーグを輸出したなどの事例がある。
このような汚職腐敗体質を批判し、政治歴のないゼレンスキー大統領は、その清新さを買われて大統領になったが、汚職腐敗問題を解決できず、支持率は3割を切っていた。
また、彼自身も戦争前から汚職問題を問われ、1億ドル以上の蓄財を重ねたとうわさされていた。
戦争後は、それが倍加し、ゼレンスキー政権も汚職腐敗し、巨額の援助資金の一部がこれらの贈収賄の対象になっていない保証はない。
また、供与された兵器や弾薬の一部は、劣化していて使えないか機能を発揮しないと言った問題も指摘されており、供与国側も、本国の古い劣化した装備や弾薬・ミサイルを供与する場合もあるとみられる。
装備や弾薬の機能不全・劣化はロシア軍も同様の問題を抱えていると報じられているが、ウクライナへの武器・弾薬支援についても同様の問題点が指摘できよう。
③第一線部隊が使いこなせるか
ウクライナの正規軍はその多くが損害を受け、現在戦闘員の主力を担っているのは、予備役兵および、アゾフに代表される極右武装集団と各国から集まった国際的な傭兵集団からなる部隊とみられる。
米英などは開戦前から数百人規模の軍事顧問団や訓練指導員、アドバイザーを派遣し、あるいはウクライナ人を本国に招き、NATO装備の訓練、教義の普及教育などを行ってきた。
しかし、予備役兵などに新装備がどの程度的確に運用できるかには、射ち放し式の対戦車・対空ミサイルであっても、地形の利用・相互支援・目標の確認と授受・迅速な移動と損害回避など、様々の運用上の考慮要件がある。
これらを戦闘下で的確に行うには、相当の訓練が必要であり、装備品の供与を受けても装備品を駆使する能力が伴うかに疑問がある。
ロシアのキーウ周辺に対する開戦当初の包囲攻撃は、ウクライナ側の濃密な対空・対戦車ミサイル網と泥濘により阻まれ、頓挫したとみられる。
しかし東部・南部では、マリウポリの陥落に象徴されるように、ロシア側は、抵抗拠点を局地的に包囲し徐々に支配地域を拡大しているとみられる。
今後の見通しとウクライナの将来
今後ウクライナ軍側がNATOからの軍事援助により戦力を挽回し攻勢に転移したとしても、攻撃を支援する戦闘機、大量の新型戦車、長射程火砲・ロケット弾、ミサイル戦力など、まさにゼレンスキー大統領が最も欲した攻撃的兵器は、NATO特に米軍の供与品にはほとんど含まれていない。
射程が24~40キロとされる新型のM777榴弾砲90門程度である。
そのために、ウクライナ軍には失地を回復するために必要な攻勢打撃力が質量ともに不足している。
またロシア軍の機甲部隊の攻撃部隊制圧には威力を発揮したジャベリン・NLAWなどの対装甲ミサイルも、ロシア軍が防御に転移して塹壕を掘り、数メートル以上の掩蓋に覆われた陣地内に戦車、砲兵などを展開した場合は、威力を発揮できない。
NATOからの戦闘機の供与がなければ、ウクライナ側の近接航空支援には期待できない。
ただし戦車については、ポーランドから「T-72」計230両、チェコから「T-72」計12両以上など、旧東欧諸国を中心にソ連製の「T-72」戦車総数約250両も供与される予定である。
しかしロシア軍は、現役の戦車以外に約1万両の戦車を油付けにして保管しており、その約6割がT-72型とみられている。
ウクライナ軍の戦車戦力では、供与されたものを含めても、ロシア軍の戦車を含めた対戦車火網を突破するには質的量的に戦力不足である。
ウクライナ軍の戦車戦力の数的劣勢は、NATOの支援を受けても補えず、ロシア軍の陣地線を突破するのは困難であろう。
これらの諸要因を考慮すると、NATOの膨大な武器・弾薬の援助があっても、ウクライナ軍は攻勢に転移し決定的勝利を収める可能性は低いであろう。
結局、戦線は全般的に膠着状態になり、都市部や交通の要衝などの局地的な要点の争奪が繰り返されることになるのではないだろうか。
第1次大戦型の長期持久戦となり、最終的には経済・エネルギー戦、政治戦の様相になるとみられる。その場合、ロシアとウクライナ・NATOのどちらが長期に経済的・政治的に戦争を耐えしのげるかという点で決着が着くことになろう。
その最大の焦点が、米国の2022年11月の中間選挙である。
ウクライナ戦争に伴う物価高騰、生活難が米国内での厭戦気運を高め、バイデン政権が敗退し共和党の発言力が強まれば、停戦への動きが加速する可能性がある。
また、米国のウクライナ戦争による戦争ビジネスは、新たな400億ドルの支援の内容から見る限り、米国内に還流される資金が主であり、バイデン政権はウクライナ支援を理由に米国民の税金を、自らの利権構造に取り込んでいると見ることもできる。
武器貸与法に依る武器援助はあくまでも貸与であり、戦争に勝利しようとしまいと、ウクライナ政府は今後米国から受けた武器貸与額に対する利払いを含めた債務を長期にわたり返済しなければならない。
もし実質的に敗北した場合は、ロシアから賠償金支払いも請求されることになろう。
それらの債務を背負うのはウクライナ国民だが、そのことを承知の上でゼレンスキー大統領は、領土を完全に奪還するまで長期にわたる戦いを続けることを国内外に対し表明しているのだろうか。
日露戦争の負債を完済するのに、日本は80年以上かかった。ウクライナは100年以上、武器援助の負債返済に追われることになるだろう。
領土の完全奪還を強行すれば、東部南部に住むロシア系住民の反政府活動がまた活発になり、内戦が再発するであろう。問題の根本的解決にはならない。
ロシア系住民を絶滅するか、ロシアに追い返すかしなければ解決しない。
しかしそれにはあまりにも犠牲が大きく、ロシアによる核戦争その他の悲惨な結果を招きかねない。
ゼレンスキー大統領は、現実的な決断を下すべきであろう。
もともと彼は大統領選の時は、ロシア系住民を含めたウクライナ国民の融和を主張していたはずである。
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