夜は短し歩けよ乙女(17)、『夜明け告げるルーのうた(17)、『映像研には手を出すな!(21)など自由闊達な作風で日本のみならず、世界からも注目を集めている湯浅政明監督。最新作となるミュージカル・アニメーション『犬王』(5月28日公開)では、室町時代に実在した能楽師、犬王の生き様をパワフルに描ききっている。能楽をロックフェスさながらの狂騒と共に映しだし、そこから熱い友情を浮かび上がらせるなど、アニメーション表現の可能性に挑んできた湯浅監督の真骨頂を堪能できる本作。カリスマ性と歌唱力、そして野心を持った主人公の犬王に抜擢されたのは、人気バンド「女王蜂」のボーカル担当のアヴちゃん。力強く前進する犬王から「力をもらった」と声をそろえる湯浅監督とアヴちゃんが、アフレコの様子や、アヴちゃんと犬王との重なり合いについて語り合った。

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■「アヴちゃんと森山未來さんは、犬王と友魚によく似ている」(湯浅監督)

謎に包まれた能楽師、犬王をモデルに、大胆な解釈でストーリーを紡いだ古川日出男の小説「平家物語 犬王の巻」(河出文庫刊)を基にアニメーション映画化した本作。異形の子として生まれた犬王と、盲目の琵琶法師の友魚(森山未來)が出会い、伝統芸能の常識をぶち破るパフォーマンスを次々と披露していくさまを描く。キャラクター原案に松本大洋、脚本を野木亜紀子、音楽に大友良英を迎えていることでも話題だ。

――犬王役にアヴちゃんを抜擢した理由から教えてください。

湯浅「当初は犬王と友魚のキャラクター性がはっきりと定まらず、どのような方向性の方に演じてもらえばいいのかということも、なかなか明確にすることができませんでした。キャラクター原案の松本大洋さんとも意見を行ったり来たりさせながら、犬王と友魚のキャラクター作りについて迷っているところに、『犬王と友魚のキャスティングに、アヴちゃんと森山未來さん』が上がっていて。お2人とも表現者としてエネルギッシュに活動されている方なので、これはもうキャラの方向性をどうするか頭であれこれと考えるよりも、アヴちゃんと森山さんにのっかっちゃって、犬王と友魚というキャラクターを決めちゃったほうがいいんじゃないかという考えに至りました」

――本作の犬王と友魚は、アヴちゃんと森山さんの存在感があってこそ生まれたキャラクターなのですね。

湯浅「そうなんです。犬王と友魚には、“若さにあふれ、エネルギッシュに生きていた”という要素、そして“表現者としての言葉や生き様”が必要だと思っていました。アヴちゃんと森山さんもそういったものを持っているお2人で、後々犬王と友魚にとてもよく似ているなと思うようになって行きました。お2人がリアリティや存在感を注ぎ込んでくれたことで、作品がパワーアップしたなと思っています」

アヴちゃん「わお、うれしい!」

――アヴちゃんは、犬王役のオファーをどのように受け止めましたか?

アヴちゃん「以前、湯浅監督の『DEVILMAN crybaby』という作品で、魔王ゼノン役をやらせていただいたことがあって。『断末魔の叫びをあげてください』と言われて『ギャアー!』と叫んだのが、私の人生初めてのアフレコ経験です。『喉が強くてよかったな』と思うくらいの叫び声をあげさせていただきました(笑)。『デビルマン』は、3歳くらいのころに初めて触れて、私にとって原体験とも言える大好きな作品なんです。そういった想いもあり、『DEVILMAN crybaby』は私の誇りとも言える作品になっていました。そして今回のご縁をいただき、W主演のうちの一人だということにまずとても驚きました。日本のなかでトップを直走っているようなメンバーを集めた作品で、主演って!」

――確かに、それは驚きがありますね。

アヴちゃん「私は計らずもお作法からはみだすようにして生きているので、頑張ってその場に収まろうとしてしまったり、借りてきた猫みたいになってしまったらどうしよう、そこで自分を感じることができるだろうか…と不安に思うこともありました。ただ本作はバディもので、犬王の相棒となる友魚役を演じるのが森山未來氏だと聞いて!未來氏とは同郷でもあり、仲良しでもあり、作品としては『モテキ』以来、10年ぶりの共演。未來氏が『アヴちゃんがやるならば、自分もぜひやりたい』と言ってくれていると聞いてものすごくうれしかったし、不安も一瞬にして壊れていきました。すぐに本屋さんに行って、古川日出男さんの原作を買って読んでみたところ、犬王役ならばのびのびとできるかもしれないと感じました」

■「私は『絶対に濁らない』と思って生きている。犬王にシンパシーを感じました」(アヴちゃん)

――アヴちゃん演じる犬王からは、躍動感があふれだしていました。アフレコ現場での様子はいかがでしたか?

湯浅「アヴちゃんには『DEVILMAN crybaby』で少しだけ出演をしてもらったものの、今回は主演でセリフ量も多いですから。どれくらいできるんだろうかと多少の心配はありましたが、現場に来ていただいたら、ご本人の気合がものすごかった(笑)。これはやってくれるなということがすぐにわかったので、安心しました。それに歌になると、もう本領発揮というか。期待を超えていく力で、どんどん突き進んでいく。やはりこの人は、型にはめてはいけないんだなと感じることも多かったですね。のびのびとやってもらうと、それが生きてくる。そんな様子を見て、望んでいた形が実現できているなと思いました」

――アヴちゃんの表現力に圧倒されたようなシーンについて、教えてください。

湯浅「アヴちゃんは音域の幅も広いですし、キャラクターの年齢差を瞬時に切り替えることもできるんです。音響監督の木村絵理子さんと『こんな感じで』とお願いすると、パッと声を切り替えることができる。最初に驚いたのは、子ども時代の声。こんなに元気よく、子どもの声が出せるんだということにとても驚きました」

アヴちゃん「冒頭の犬王はグッと幼い感じなのかなと思って、(ハイトーンかつ溌剌とした声で)『犬王だぞ!どけー!』って感じかなと思っていたんです。でも絵理子さんとお話ししているうちに、未來氏演じる友魚とのバランスを考えると、ちょっと違うんだなと気づいて。ちょうど声変わりするくらいの感じが必要なのかなと。絵理子さんもしっかりと付いてくれていたので、アフレコも怖くはありませんでした」

――いまのセリフの実演を聞いても、アヴちゃんは低音から高音まで、瞬時に切り替えられるのですね。

アヴちゃん「自分としては、切り替えているつもりはないんです。人って『自分はこうだ』と断定することで、自分を保っているようなところがあると思うんです。“できること”よりも、“できないこと”を見てしまったり、“やること”よりも、“やらないこと”を選んでしまうことも多い。私はそのタガがちょっと壊れている(笑)。壊れたまま、ここまで来ちゃったんだなと思います。よく『私って、こういう人なんだよね』と言う人もいますが、私は自分で自分のことがよくわからない(笑)。わかっているのは、生命力のある人間だということですね」

――おっしゃるとおり、「自分はここまでしかできない」と諦めてしまったり、「自分はこうだ」と決めつけてしまうと、その範囲でしか生きられなくなってしまうのかもしれません。アヴちゃんのその生命力は、どのように育んできたのでしょうか。

アヴちゃん「私はね、素直で、いいことをして生きていきたいとずっと思っています。人はそれぞれいろいろな色を持って生きているものだけれど、その絵の具を全部混ぜ合わせた時に、黒く、どどめ色になってしまう人もいる。でもそれを光として集めた場合には、真っ白になると思うんです。私は『絶対に濁らない』と思って生きているし、それは犬王も同じ。濁らずにエネルギッシュに生きている犬王には、とてもシンパシーを感じました」

湯浅「こうしてアヴちゃんの話を聞いていても、本当にぴったりのキャスティングだったなと思います。“濁らない”というのは、本作のテーマの一つでもあるんです。先ほどアヴちゃんも言っていたように、生きていくうえでは、自分のことを決めつけてしまうことも多いし、誰かから決めつけられてしまうことだってある。犬王はそういうことにまったく頓着していない人ですよね。だからこそどんどん上へと進むことができた人。犬王と友魚はそういった面で共鳴しながら、自分を解放していった2人だと思っています」

■「初心に戻れた気がしています」(湯浅監督)「これで犬王を終わりにはしたくない」(アヴちゃん)

――湯浅監督の作品には、いつも限りないアイデアと想像力の豊かさに驚かされます。限界を飛び越えていくという意味では、湯浅監督と犬王にも共通する点を感じます。

湯浅「でも僕、精神的に腐りそうになる時もありましたね(苦笑)」

アヴちゃん「監督が落ち込んでいる様子、見ていました!心配しました!」

湯浅「心配してくれるんだ(笑)。そんな時に犬王の存在に触れると、なんだかすごくいいなあって思ったんです。憧れというか、犬王みたいな人になりたい、犬王みたいな人でありたいと思ったりする。負の感情ってあとで考えてみると無駄なことが多いし、犬王のようにまっすぐに突っ走ったほうがいいんだなと」

アヴちゃん「ネガティブを取り込んで、食い破った先に見つけたポジティブさほど、力強いものはないと思います。私は、湯浅監督の作品が大好き。たくさんの人を巻き込んで一つの作品を創り上げることって、本当に大変なことだと思うんです。でもいまや本作を観た人から熱い感想をもらうことも多くて、やっぱり湯浅監督、すごいな!って思います」

――アニメーションと音楽、ダンスの融合というのは、湯浅監督作品の大きな魅力です。本作は室町時代を舞台にしたミュージカル・アニメとして、とてもエネルギッシュな作品として完成しましたが、監督にとってどのような新たなチャレンジがありましたか。

湯浅「音楽の作り方は、とても特殊なものになりました。本当は音楽を先に作って、それに合わせてストーリーや映像を作るのがベストだと思ったんですが、こちらのイメージをなかなか具体的な言葉で伝えられなくて。音楽の大友良英さんも『画がないとよくわからない』、こちらも『音楽がないと画が描けない』みたいな状態になってしまって(苦笑)。曲がないのにどう作ればいいんだ?と思いましたが、ここを突破しないと先に進まないなと思ったので、曲をイメージしながら『こんな感じで歌っている、こんな感じで弾いている』というムービーを作って、そこから大友さんに作曲をしていただきました。アヴちゃんと森山さんに歌っていただいたことで、またそれに合わせて画を変更していったりと、やりとりはとても複雑にはなったんですが、それがとてもいい感じになって。試行錯誤を重ねていくことで、足し算のようにどんどん盛り上がりながら、画も曲も出来上がっていったように思います」

――犬王は前代未聞のステージで人々を魅了していきます。アヴちゃんは、表現者として犬王のから力をもらったことはありますか?

アヴちゃん「めちゃくちゃあります。未來氏と一緒に、すばらしいキャラクターに強烈な生命力をもたらすことができたと思うととてもうれしいですし、のびのびとやらせていただけたこともものすごくうれしく思っています。私にとって犬王との出会いは運命ともいうべき衝撃的なもので、自分もこうありたいなと感じました。犬王に憧れを持ってしまった身として、『じゃあ、私はこれからどうするの?』と考えると、やっぱりそこを食い破るしかないなって。まだ私は捨てるもの、捨てられないものを選んでいる状態だと思うので、これで私の犬王を終わりにはしたくない。この先、犬王に対して、なんらかのアンサーをまだまだ出していきたいなと思っています」

湯浅「僕は、気分的には初心に戻れた気がしています。もちろんいままで培ったものを手放すことはありませんが、今回アヴちゃんや本作に携わっていただいた方々にいろいろな想いや力をいただき、学ぶことも多かった。いろいろな人の力を感じながら作品をつくることって、とても大事なことだなと改めて思っています」

取材・文/成田おり枝

湯浅政明監督「初心に戻れた」、アヴちゃん「これで私の犬王を終わりにはしたくない」と熱弁!/撮影/興梠真穂 ヘアメイク/木村ミカ スタイリスト/アヴちゃん 衣装/本人私物(アヴちゃん)