各国の入国制限が緩和され、2022年のゴールデンウィークハワイやタイなど海外旅行に行く人の姿もみられた。旅行ではないが、記者も所用で4月30日から約1週間、海外に飛んでいる。

海外への入国はスムーズにできたが、問題は日本帰国後だった。厳しい入国制限と「監視」の日々を振り返る。

●空港の検査会場は「密」、到着から2時間以上後に解放

滞在したのは、特に水際対策上の対応が必要とされる指定国・地域ではない。日本に帰国する前日に、滞在地の病院で受けたPCR検査の結果も「陰性」だった。

日本の空港に到着したあと、乗客はすべて抗原定量検査をおこなう検査会場へと案内される。受付から始まり、書類確認などの手続きを経て、ようやく検疫で検査となる。

会場だけでなく、検査結果を待つための部屋は「密」状態。「ここで感染するのでは」と話す乗客の声があちこちから聞こえた。「陰性」の結果が告げられ、ようやく解放されたのは、空港到着から2時間以上経ってからのことだった。

問題は、ここからだ。指定国・地域への滞在歴がなくても、指定のワクチンを「3回」接種していなければ、入国後に自宅などで待機しなければならない。

海外入国時に必要だったため、新型コロナワクチンを2回接種したことを証明するワクチン接種証明書を取得していた。しかし、この証明書は「有効」とみなされず、日本入国時はタダの紙切れとなる。

空港で実際に受け取った紙。記者は指定国・地域への滞在歴はないものの「有効」なワクチン接種証明書がないとして、「自宅等で待機」に印がついている。

自宅などで待機しているか否かを確認する役目を担うのが、厚生労働省が指定する健康サポートアプリ「MySOS」だ。すべての乗客は、検疫でこのアプリが正常にインストールできているかを確認される。

記者は、すでにアプリ上で、入国者健康確認センターに健康状態の報告をおこなうことなどが書かれた誓約書に同意し、海外で受けたPCR検査結果をアップロードするなど、必要な手続きを済ませていた。

唯一、指摘されたのは、位置情報がONになっていないこと。検疫スタッフに、その場でアプリの設定を変更させられた。

●誓約書に違反すれば「氏名等の公表」

こうして、アプリに「監視」される日々が幕をあけた。

帰国の翌日からは、毎日、「健康状態報告」を要求する通知が届く。本人や同居する家族に37.5度以上の発熱、せき・のどの痛みなどの症状があるか否かを記入し、「健康状態報告」ボタンから送信する。送り忘れていると、注意を促す通知がくる。

実際の待機期間中の「MySOS」の画面。

位置情報の報告も必須となる。「現在地の確認です。今すぐ、現在地報告ボタンで現在地をご報告ください」と通知が届くたびに、画面左下にある「現在地報告」ボタンを押さなければならない。この通知は1日数回、不定期で届く。

ギョッとしたのは、帰国翌日の16時過ぎに届いた以下の通知だ。

「待機が必要な方は、MySOSにより、健康状態・位置情報の報告、ビデオ架電への応答が必要です。正当な理由がなく応答がない場合、誓約書に基づき、氏名等の公表、外国籍の場合は在留資格取消手続等の対象となることがあります」

「制裁」としての「氏名等の公表」がありうることは、同意した誓約書にも書かれていたことだ。「応答しなければ、公表されるのでは」という妙な不安感に襲われた。

ちなみに、誓約書に同意しないこともできる。ただし、同意しない人は、検疫所が確保する宿泊施設で、指定された待機期間中、待機しなければならないとされている。

●AIによる「監視」もスタート、トイレでビデオ電話に応答

記者を最も悩ませたのが、AIから毎日かかってくるビデオ電話だ。電話の直前に、以下のメッセージが届く。

「今から発信するビデオ通話はあなたの居所確認をするために録画し、位置情報を取得いたします。マスクなど顔を隠すものは外してください」

事前に知らせてくれるのは親切だが、通知から数分も経たないうちにかかってくる。会話があるわけではなく、ひたすら30秒間、画面に顔と背景をうつすだけだ。右上に赤く表示される「●録画中」の文字が不気味にみえた。

実際のテレビ電話応答中の画面

電話の回数は、帰国の翌日(1日目)と2日目は17時から18時ごろにそれぞれ1回ずつかかってきたのみ。ところが、3日目からは午前と午後の2回かかってくるようになった。午前は9時から10時台、午後は15時から18時台に電話があった。

さらに、同じ時期に海外から帰国した男性によると、待機場所から離れると「待機場所からの一定距離の移動が検知されました。誓約書違反の疑いがあります。至急、待機場所にお戻りください」との通知が届くという。

待機場所から離れた場合に届くメッセージ(記者と同時期に海外から帰国した男性提供)

事前に予告はあるものの、こちらの都合はお構いなしでビデオ電話がかかってくる日々。仕事のオンライン会議を離脱したり、トイレで応答したりせざるを得なかった。氏名などが公表される不安から、家から一歩も出られず、デスクワークと運動不足で足がむくんでいった。

顔のみえない相手から常に「監視」されている感覚は心地のよいものではなく、苦痛を感じるまでになった。健康サポートアプリに振り回され、不健康になっていくように感じた。スマホが「生きもの」のようだった。

「監視」から早期に解放されるための策がなかったわけではない。入国から3日目以降に自主的に検査実施機関で検査(自費)を受け、陰性結果を入国者健康確認センターに届け出れば「待機終了」となる道も用意されていた。

しかし、記者の家から歩ける距離に検査実施機関はなく、仕事もあるため、この方法は断念せざるを得なかった。結局、「監視」期間は7日間に及んだ。

日本帰国後8日目の朝。ついに、アプリから「入国者健康確認センターと連携を解除しました」との通知が届いた。「待機終了」の知らせだ。喜びのあまり、外に飛び出し、降りしきる雨の中で「自由」を噛み締めた。

待機期間終了後、「MySOS」で表示される画面も変わった。

●これまでに氏名等が公表されたのは「145人」

記者はワクチンを2回接種しているが、事情があって接種できない人もいる。しかし、入国前のPCR検査と入国時の抗原体検査で「陰性」だったとしても、ワクチンを3回接種しなければ不十分と考えられている。

厚生労働省の担当者は弁護士ドットコムニュースの取材に、3回接種とそうではない人たちの待機期間に違いがあるのは「科学的知見」を踏まえての判断だと説明する。

「3回のワクチン接種によるブースター効果があると確認されたため、3回接種をもって(ワクチン接種証明書が)有効ということにしています」(担当者)

とはいえ、連日のアプリからの通知やビデオ電話から逃げたくなる心境は理解できる。実際に、入国者数の増加に伴い、ビデオ電話に応答しない人などもいるという。

これまでに、誓約違反で氏名等が公表されたのは145人(2022年1月14日時点)。主に、「所在がわからなくなってしまった人たち」という。氏名等の公表期間は1週間で、2022年5月18日時点で公表されている人はいない。

6月から外国人観光客を受け入れるため、政府は入国制限を緩和する方針であることが報じられている。しかし、ワクチンを3回接種していなければ、日本入国はハードルが高い。

厚生労働省の担当者は、今後の運用や検疫でどこまでおこなうかは「緩和の状況次第」とし、「最終的に入国のフォローアップもおこなわないことになれば、MySOSも必要なくなるだろう」と語った。

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