在外邦人が最高裁裁判官の国民審査に投票できないことについて、最高裁大法廷(裁判長・大谷直人長官)は5月25日、裁判官15人の全員一致で違憲とする判断をくだした。

具体的には、「最高裁判所裁判官国民審査法」が憲法15条1項・79条2項・3項に違反し、違憲であると断じたうえで、原告らが精神的苦痛を被ったとして国家賠償請求も認容した。

今後、国会は法改正を迫られることになるが、影響はそれだけでは済まないようだ。行政法研究者でもある平裕介弁護士は、「行政法の観点からみても、歴史的な判決です」と言い切る。国賠訴訟や憲法違反が争点になる憲法訴訟に与えるインパクトについて聞いた。

●国賠のハードルを下げる可能性

平弁護士によると、重要なのは大きく2点。一つ目は、今回の最高裁判決の原審の判決である東京高裁判決が否定した国家賠償請求を認容した点だという。

「在外国民の国民審査権の行使を制限していることになっている状態を解消するための法律を作らない、あるいは法律改正をしないという立法不作為について、東京高裁は、国家賠償法上の違法性を否定しました。

しかし、最高裁は逆に、違法性を肯定しました。立法不作為についての国家賠償法1条1項の違法性は、そう簡単には認められないというのが裁判例の傾向だといえます。

しかし、今回の最高裁判決は、そのような判断をしがちな地裁・高裁の裁判官らの傾向を修正することになり得る判決ではないかと思います。つまり、少なくともこの点については国民の憲法上の権利をより重視しているという意味でリベラルな判決でしょう」

最高裁が認めた「違法確認」とは?

平弁護士は、国家賠償法との関係以外に、行政事件訴訟法との関係でも、今回の判決には重要な内容が含まれているとみる。これが二つ目のポイントだ。

最高裁は、全員一致で、違法確認訴訟(※1)というタイプの訴訟が適法に提起できる訴訟であると明言しました。

【※1:原告の請求のひとつは、日本国外に住んでいることを理由に、次回の国民審査で審査権を行使させないのは違法であることを確認する、というものだった】

これは、行政事件訴訟法4条後段の実質的当事者訴訟の一種である確認訴訟に分類されます。この確認訴訟は、立法不作為の憲法違反を争う類いの訴訟についていうと、さらに(1)積極的な法律関係(地位)の確認訴訟と(2)消極的な違法確認訴訟に分けることができます。

特に今回の判決の原判決が出た後から、一部の研究者らから、前者の(1)積極的な地位確認訴訟によって争えるのは、今回の判決が引用する先例である2005年(平成17年9月14日の大法廷判決の場合のような部分的な立法不作為の場合であり(※2)、他方で、(2)全くの(全面的な)立法不作為の場合には、地位確認訴訟はできないが、違法確認訴訟によって立法不作為の憲法違反を争うことができるのではないか、というような考え方が示されていました。

【※2:在外選挙は当初、比例代表選のみで、選挙区選は投票できないことになっており、この意味で「部分的」な立法不作為の状態だった】

このような考え方が行政法・憲法の学説上、概ね有力であっただろうと思われます。そして、今回の最高裁も、宇賀克也裁判官の補足意見に照らしてみても、おそらくそのような考え方に基づき、今回のケースは、先例のケースとは異なり部分的な立法不作為の場合ではなく、全くの(全面的な)立法不作為の場合といえることから、違法確認訴訟によって憲法判断を行うことができるという判断を示したものと考えられます」

●違憲判断のハードルが下がる?

さらに平弁護士は、今後、憲法訴訟がさらに活性化されることなるのではないか、と今回の判決を歓迎する。

「違法確認訴訟については、今回の最高裁判決が出るまでは、実務上、他の立法不作為を争う国相手の訴訟で活用することができるのかが分からないという状況にありました。

憲法・行政法の学説ももちろん大事ではあるのですが、実務家法曹としては、最高裁が違法確認訴訟を適法な訴訟として認めたことは心強いなという印象です。

最高裁が、全面的な立法不作為の場合であっても、憲法違反を争うために違法確認訴訟を活用できますよ、ということを判決で明示してくれましたので、弁護士としては、このような全面的な立法不作為の憲法違反を争いたい、という法律相談の依頼者の方が来た場合に、慰謝料を求める国家賠償訴訟以外にも、違法確認訴訟も起こしてみましょう、と積極的に言いやすくなったのではないかと考えられます」

平弁護士は、全面的な立法不作為を争うために、国家賠償請求訴訟で争うだけでは不十分だ、と続けます。

「国家賠償請求訴訟では、憲法判断が正面から行われないこともあります。実際に2006年(平成18年7月13日最高裁第一小法廷判決でも、そのような判断がされてしまいました。

この判例では、精神的な原因による投票困難者の方、いわゆる『ひきこもり』となった方が、法制度上、選挙権行使の機会が確保されていないと主張して、その立法不作為の違憲性を争いました。

しかし、最高裁は、直接には国家賠償法1条1項の『違法』性だけを判断し、結局、『違法』性がないから請求は棄却されるべきということのみを判示しました。つまり、国家賠償法上の違法性があるかないかだけを判定することによって、正面からの憲法判断が回避されてしまった、ということです。

この判例の原告としては、要するに最高裁に憲法判断をするよう求めていたわけですが、いわば肩透かしのような判決を出されてしまいました。さらにいえば、これまでの諸判例の考え方に照らすと、国家賠償法1条1項の違法性が認められるハードルは、立法不作為自体が違憲であると判断されるハードルよりも一般的には高いという実務的な傾向があります。

ですから、国賠訴訟で立法不作為の憲法違反を争うことは実際にはとても難しいですし、違法確認訴訟で憲法違反を争う方が国賠訴訟に比べると普通はハードルが低くなりますし、違憲性の判断もされやすくなると考えられます」

●“憲法訴訟”の活性化につながる判決

平弁護士は、最高裁で違法確認訴訟が認められたことで、今後、たとえば2006年(平成18年)の最高裁判決のようなケースで、国民が国家賠償請求訴訟だけではなく「違法確認訴訟」を使って立法不作為の憲法違反を争うことが予想される、と話す。

「先ほどの2006年のケースでは国賠訴訟だけが提起されました。ただし、これは違法確認訴訟が適法に提起できるかどうか、実務上よく分からないと言われていた時代のケースだったからではないかと思われます。

今回の最高裁では違法確認訴訟が適法に提起できる訴訟だと正面から認められましたので、今後は、例えば2006年のケースのような精神的な原因による投票困難者の方が、選挙権や国民審査権の行使の機会が確保されていないと主張して、違法確認訴訟を提起することが予想されます。

また、違法確認訴訟のケースでは、もちろん憲法違反の主張立証は普通大変なのですが、国賠訴訟のような違法性の高いハードルが原告側に課されるということはありませんので、依頼された弁護士としても、以前よりは、立法不作為の違憲性を争う訴訟を積極的に提起しやすくなるように思います。裁判所としても、違法確認訴訟において、立法不作為が憲法に違反しているか否かについての正面からの判断をしやすくなるはずです。

これまでも、クラウドファンディングなどをサポートする『CALL4』のような“公共訴訟”を支援する団体の助力もあって、以前より憲法訴訟が積極的に行われてきている状況だとは思いますが、今後は、今回の判決で認められた違法確認訴訟を通して、憲法違反を争う“憲法訴訟”がさらに活性化することになるのではないかと思います。

このような点からも、今回の最高裁判決は、非常に重要で、歴史的な判決だといえます。ハンディキャップ、様々な個性を持つ方々の参政権などの権利が形式的に憲法に書かれているだけではなく実質的に現実に行使できる状態になって初めて、『すべて』の市民一人ひとりが『個人として尊重される』(憲法13条)共生社会が本当の意味で実現されることになるのです」

今回の最高裁判決は、憲法の観点だけではなく、行政事件訴訟法や国家賠償法の解釈や運用との関係でも重要といえるようである。判決が実務に与えるインパクトは、非常に大きいものといえそうだ。

【取材協力弁護士】
平 裕介(たいら・ゆうすけ)弁護士
2008年弁護士登録(東京弁護士会)。行政訴訟、行政事件の法律相談等を主な業務とし、憲法問題に関する訴訟にも注力している。日本大学法学部・法科大学院、國學院大學法学部非常勤講師。審査会委員や法律相談員、公務員研修の講師等、自治体の業務も担当する。

事務所名:永世綜合法律事務所
事務所URL:https://eisei-law.com/

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