《自殺ごっこが社会問題に》「一度死ねば前世の自分に会える?」『ぼく地球』で危ない手紙が殺到した日渡早紀が“フィクション宣言”をした理由 から続く

 日渡早紀は1982年に雑誌『花とゆめ』でデビューし、今年画業40周年を迎えた。“女子高生・亜梨子(ありす)は、異世界の女性「木蓮」の生まれ変わりだった──”メガヒットSF作品『ぼく地球』シリーズは3部作で、第1部『ぼくの地球を守って』は1986年から7年半連載、第2部『ボクを包む月の光』は2003年から12年連載、そして現在、第3部『ぼくは地球と歌う』が2015年から連載7年目となる。

 画業人生の約4分の3を『ぼく地球』シリーズに充てる日渡だが、80年代少女マンガ界では《異世界転生》は異端だった。このジャンルを少女向けに切り拓いた日渡が、今も同シリーズを描き続ける理由、そして、現在の異世界転生モノに思うこととは。(全3回の2回目/1回目を読む

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『ぼく地球』と“なろう系”の決定的な違い

――『ぼく地球』の連載が始まった80年代後半、少女マンガ界では《異世界転生》というテーマはまだマニアックな扱いでした。現在は異世界転生マンガラノベで一大ジャンルを築いていますが、どうご覧になりますか。

日渡 異世界転生ジャンルについては、いわゆる一般的な“なろう系”と、『ぼく地球』の転生設定は、世界線が違うと思っています。

――というと?

日渡 『ぼく地球』は前世人格と転生後の人格が異なり、別人格として設定しています。前世の木蓮と転生後の亜梨子(ありす)は別人格です。

なろう系”の転生はおそらく、前世も転生後も同人格、というのが大半ですよね。私は選ぶ世界線がちょっと違うので、この界隈でさえもたぶん異端者なのではないかと思われます。

――そうか、輪(りん:亜梨子の隣家に住む小学生)は特に前世人格に振り回されますね。

日渡 そもそも同人格のほうがスッキリして考えやすいのだろうなぁと思いますし、読む方もそうかもしれませんよね。

 それなのに、当時の読者さまは熱心にお読みくださって、しかも、読み継いできてくださいました。信じられない。本当に心から感謝しております。

――“なろう系”では転生・転移後に特殊能力を得る《チート展開》がよくありますね。一方、『ぼく地球』では輪をはじめ、特殊能力を持って転生した自分に翻弄され、葛藤するシーンが見られます。

日渡 あぁ……本当にそうですねぇ。私の話は、今の異世界転生チート系とは逆行してますね。なんでだろうなぁ。

「私の中では《普通》がチート」の深いワケ

――先生としては、「フィクションの世界だとしても、そんなに都合よく話が進むわけはない」という思いがあったのでしょうか。

日渡 え~と、私の中では《普通》がチートなんですよ。最強なんです。

『ぼく地球』の前に、『記憶鮮明』というESPを持つ主人公の話を描いてるんですが、これは「特殊能力を持っているけど普通に生きたい」みたいな話で。《普通であること》がベストチートだったんですよ。

――『記憶鮮明』の主人公・未来路(みくろ)は、『ぼく地球』にも登場します。彼は、先生が中学生時代につくった古参キャラクターだそうですね。

日渡 はい。未来路はかなり古い持ちキャラなのですが、強いESPを持つという設定は変えていません。彼はさまざまな葛藤を抱えていますが、その理由は、もともと何かが欠けているから。

 欠けを埋めるために特殊能力が発生して、でもその能力が強大であるがゆえに、自分が振り回されて補われる……そんな感じなので、自分に何かが欠けていることを強く自覚したときに、葛藤するのかもしれませんね。

普通の人が、本当は一番カッコイイ

――普通の人から見るとうらやましい能力を持っているのに、本人たちは苦しむ。

日渡 『ぼく地球』でも『記憶鮮明』でも、私が描いているのは《普通でいたい幻想》なんです。輪や未来路は特殊能力を持っていて、人の心を読むことや瞬間移動などを簡単に実現します。

 でも、本来ならば「特殊能力がない普通の人が一番最強」で、彼らはそれに憧れている。

――まったく普通の人が、実は一番すごい

日渡 強い能力を持つ人物ほど、マイナスの引力も強いので、プラスを欲しがると思います。そういう人物の物語はドラマティックではあるのですが、特殊能力というのは実は不安定で、あやふやなものだったりします。

 一方、プラマイゼロの普通の人は、自力で経験を積んで自信を得ている。そういう普通の人が、本当は一番カッコイイ……みたいなことは思いますね。

――先生の作品では、特殊能力を持つ人物の周りに、普通の人が必ず登場しますね。

日渡 はい。なので、『ぼく地球』シリーズを通して最もチートなのは、今のところ「田村」(極道の人間だが、ひょんなことから前世の仲間探しに関わる)と「カプつん」(蓮と同じクラスの友人)という、普通の人たちになると思います。『記憶鮮明』では「アーボガスト」(ニューヨーク市警の刑事)っていうオッサンですかね。

デビューから40年「自分の中でまだ膨らむものがある」

――日渡先生は今年、画業40周年を迎えました。デビュー4年目の1986年から『ぼくの地球を守って』を7年半連載。その後3作おいて、2003年から第2部『ボクを包む月の光』(略称:ボク月)を12年連載。そして2015年から第3部『ぼくは地球と歌う』(略称:ぼく歌)を、現在も連載中です。

 40年のうち、『ぼく地球』シリーズに取り組む期間が約30年。『ボク月』からは主人公が亜梨子から息子の蓮(れん)に変わり、次世代の話になっています。もはや、先生のライフワークのようですね。

日渡 ライフワーク……なんですかねぇ? そう思ったことはないですが、これが最後の作品になったら結果的にそうなるのかもしれないですかね? 面白いですね。

――読者が求めるから『ぼく地球』シリーズを描き続ける、という思いはありますか。

日渡 長く描き続けている作家さんは他にもたくさんいらっしゃいますが、私の場合は、読者さまに求められたからというよりは、自分の中で膨らむものがあったから着手した、という感じです。

 第2部の『ボク月』は、最初は読み切りだったのですが、『ぼく地球』の読者さまに感謝とお礼がしたかったから描きました。そういう気持ちが自分の中で膨らんだからです。

最新作『ぼく歌』は、加速したまま着地したい

――現在連載中の第3部、『ぼく歌』については、いかがですか。

日渡 『ぼく歌』は……『ボク月』を描くうちに、サージャリム(亜梨子の前世・木蓮たちの世界で信仰される創造神)の設定がむっくりと起き上がったからですね、私の中で。そして、「コイツは何者なんだ?」という気持ちが膨らんだからです。

――『ぼく地球』を読んでいた頃は、まさか30年後も続くシリーズになるとは思いませんでした。

日渡 ありがとうございます。私も思っていませんでしたよ(笑)

――かつての『ぼく地球』読者の多くは、「80~90年代の名作マンガ」という記憶で止まっているかと思います。でも第3部の『ぼく歌』を読むと、解決済と思っていた謎が、2022年の今、まさにナマで起きている事件として迫ってきて、大きな驚きと感動があります。

『ぼく歌』は、3作のうち最も躍動感とスピード感に満ちた印象です。先生は『ぼく歌』について、意識的に変えた部分はあるのでしょうか。

日渡 本当ですか? 掲載誌『メロディ』が隔月刊ですし、私自身が描くスピードも年齢と共に落ちているので、そう言っていただけると、涙出そうなくらいうれしいです。

 実は、加速して展開しないと、体力的問題で描けなくなっちゃうみたいな危機感を持ってまして。何としても着地しなければ……と思っております。

30年の沈黙を超えて再登場した謎の人物

――連載中の第3部『ぼく歌』では、蓮の前世・ロジオンがキーマンとなります。ロジオンは木蓮(亜梨子の前世)の父ですね。この設定は、先生が相関図を見たりするうちに生まれたのでしょうか。

日渡 第2部の『ボク月』から、主人公が亜梨子の息子・蓮に変わったので、話の展開には蓮の前世人格も介在させないとならないなと。

 なぜ蓮の前世がロジオンだったのか……という部分は、ご想像にお任せします(笑)。今後にご期待いただけましたら幸いです。

――ロジオンは木蓮の父で、30年前の『ぼく地球』では木蓮の幼少時の記憶に登場します。彼はもともと創造神・サージャリムに仕える希少な男性でしたが、若くして亡くなった……というところまでしか明かされていません。

 それが時代を飛び越えて、今の連載『ぼく歌』の最大の謎になっているのが、すごく気になって。

日渡 単なる偶然です、と言っておきます(笑)。私としては、蓮とロジオンが結びついたことで、いろいろと紐解いていく面白さが出てきたなという感じです。

――そうですね。『ぼく地球』を再読したら、月世界の設定はまだわからないことばかりだなと思いました。

日渡 第2部の『ボク月』を始める頃には思ってもいなかったことですが、サージャリムを扱うとなると、月組や地球組までひっくるめた展開が作れるので、私としてはこりゃよいや、と。

 第3部の『ぼく歌』は、このシリーズの締めには相応しい気もします。偶然こそが必然だと思っておきます(笑)

《画業40年》“SF少女マンガの先駆者”日渡早紀が変えたもの、変わらないもの「手書きのファンレターも、雑誌の広告欄もなくなりました」 へ続く

(前島 環夏/Webオリジナル(特集班))

『ぼくの地球を守って』©日渡早紀/白泉社