旅客機が離陸する前、多くの航空会社で「安全ビデオ」が流れます。なかには「裸の機内ビデオ」「歌舞伎」などユニークなものも。ただこれは決められたルールのなか、各社が工夫を凝らした結晶でもありました。

国内外問わず「ユニークビデオ」あり

旅客機が離陸に向けて動き出したころ、多くの航空会社では、「座席ベルトをお締めください」「救命胴衣は座席の下にあります」などと、安全運航のためのビデオが3~4分間流れます。この「安全ビデオ」、それぞれ会社が “視聴率向上”を図るべく、さまざまな工夫を凝らしています。

2022年5月に入って、ニュージーランド航空が、機内の安全ビデオを刷新しました。同社は世界の航空ファンのなかで“伝説”となった、登場するクルーの制服がボディ・ペインティング(つまり裸で出演していたことになる)だった安全ビデオをはじめ、意表を突いたビデオを作成することに定評がありました。今回は荘厳でロマンにあふれた神話の中で、空を行くカヌーから乗客へ安全運航の協力を求めています。

日本の航空会社でも工夫が凝らされたビデオを作成しているところがあります。たとえばANA(全日空)では2021年まで、なかなか“カブいた”ビデオを流していました。海外において「日本」を象徴するひとつとして知られている「歌舞伎」をテーマにしたもので、エンタテインメント性を盛り込むことによって機内安全ビデオへの注目を高めるほか、おもに海外旅客からの「日本の航空会社」としての認知度向上といった狙いがありました。

「機内安全ビデオ」たらしめるのは何なのか

旅客機の機内では、CA(客室乗務員)が通路に立ち実際に救命胴衣を着てみせるデモンストレーションが行われる場合があります。しかしながら現在、その実演に代わって安全ビデオを用いる方法が増えており、むしろ主流となりつつあるのです。

趣向を凝らした安全ビデオが増えてきたのは、機内のエンターテイメント機器が充実し、コンピューター・グラフィックス(CG)で製作も容易になってきた側面もあるでしょう。けれどそこには、非常事態が起きた時、いかに乗客の安全を確保するか――今も昔も変わらない、航空会社の悩みがあります。

機内安全ビデオはただ“視聴率”アップへ、注目を集めればいいわけではありません。わずか3~4分間の中に、座席ベルトを締めるなどのほかに、機内でタバコを吸わない、電子機器の使用を控えてもらうなど、これまでの運航で得られた乗客へ伝えなければならない安全のための教訓が詰め込まれています。

実はこれらコンテンツは、乗員の訓練や管理などを定めた「運航規程審査要領」の細目で決められています。離陸前の限られた時間の中で、これらを確実に伝えなければならないのです。

「ただ流すだけじゃない」工夫をする会社も

危険は滅多にないけれど、非常時に備えて必ず覚えておいてほしい――ジレンマの下で、「分かりやすく」「記憶に残りやすく」「恐怖心を煽らないよう」に見てもらう。工夫されたビデオが流されている裏側には、まるで視聴率に悩むTVプロデューサーのような、航空会社の姿があります。

筆者が昨年秋と今年春に乗ったJAL日本航空)機では、どちらの便も安全ビデオの中で「必ずご覧ください」とメッセージが流れたのに加えて、CAもビデオが始まる前に「必ずご覧ください」とアナウンスをしていました。

JALでは2016年2月に新千歳空港で非常脱出をした際に乗客が骨折したことから、再発防止のため、脱出時は手荷物を持たないように説明を加えるなど、後にビデオを全面的に新しくしています。スタイルはCGなどを用いたもので、内容も王道的なものですが、実写も交えてわかりやすさ・明解さを重視したものになっているといえるでしょう。

趣向を凝らして面白くしたり、客室乗務員が肉声でも注意喚起をしたり――安全ビデオを含む、出発前の機内の説明については、航空会社ごとに知恵を絞っています。それを思い出せば、安全ビデオへ目が行くことは増えると思います。

ANAのボーイング777-200国内線仕様機の機内。「歌舞伎」テーマの安全ビデオが流れている(乗りものニュース編集部撮影)。