◆世界的バンドボーカルが薬物依存治療へ

「Walk This Way」や「I Don’t Want to Miss a Thing」などの大ヒットで知られるエアロスミスボーカリストスティーヴン・タイラーが薬物依存の治療のためリハビリ施設に入り、ラスベガス公演の中止を余儀なくされました。



 1988年にも強制的に入院させられたことがあるタイラーですが、再び加療を要する状態にまで悪化したようです。

 公式ツイッターによると、「長年、薬物から離れていたが、ステージに立つために足の手術を受けたことで、痛みに対処するため、最近になって依存症が再発してしまった。」(東スポWeb 5月25日配信記事より)とのことで、一部の海外ファンの間では、鎮痛剤として用いられるフェンタニルなどの合成オピオイドなのではないかとささやかれています。

 ロックといえばコカインマリファナかと思いきや、ここへきて耳慣れない名前が登場してきています。一体何が起きているのでしょうか?

ミュージシャンドラッグの関係

 まずミュージシャンドラッグの関係について簡単に振り返っておきましょう。

 かつては、ハイになったりリラックスしたりしたいなどの快楽目的の他には、作曲やサウンドメイキングの可能性を広げるために使われていました。

 当のスティーヴン・タイラーも、1988年のときにはドラッグと名のつくものなら何でもウェルカム。ヘロインコカインバリウムちゃんぽん状態で、「とにかくぶっ飛びたかったんだ。結果、深みにハマってしまった」(『People.com2022年5月24日配信記事より 筆者訳)と語っていました。

 時代をさかのぼって、60年代のビートルズLSDなどの幻覚剤の力を借りて、新たな創造性を得ました。名盤『Revolver』はドラッグカルチャーなしに語れません。



 ヴェルヴェット・アンダーグラウンドの「Heroin」や「I’m Waiting For The Man」などの名曲も、薬物中毒やブツの売買のことを実験的なアレンジと演奏スタイルで歌っています。

 退廃的な歌詞と挑発的な音楽性。いずれも薬物のもたらす超越的な感性から生まれたと言って差し支えないでしょう。(註・のちに元メンバーのルー・リードは、「ドラッグ。俺はやめた。君たちもやめとけ」と語っています。)

アーティストドラッグに頼る心理

 どうして昔のミュージシャンはクスリにハマっていったのでしょう? 今はクリーンになったビーチボーイズブライアンウィルソンは、アーティストが薬物に期待する効果とそれに頼る心理を、こう分析しています。

「作家とか脚本家とか、クリエイターの多くは仕事のスピードアップや、作品に関して壮大なビジョンを得るために、カフェインアンフェタミン(覚醒剤の一種)を使うんだ」(『SONGWRITERS ON SONGWRITING』 Paul Zollo Da Capo Press edition 2003 p.128 筆者訳)

 洋楽を聴く日本人が抱くドラッグイメージも、だいたいこんな感じですよね。

◆近年のアメリカ音楽業界を襲うドラッグ問題

 ところが、今回スティーヴン・タイラーケースでも明らかになったように、近年のアメリカ音楽業界を襲うドラッグ問題は様相が異なってきています。

 2016年プリンス、そして2017年のトム・ペティ。いずれも多量の鎮痛剤を摂取し続けたことにより亡くなったとの説が濃厚なのです。二人とも慢性的な体の痛みに苦しんでいました。



 特にトム・ペティについては、驚くべき証言が。ヘロインより30から50倍も強いフェンタニルと呼ばれる合成オピオイドに加え、ヤミで取引されるレベルの薬物にしかないヤバい成分も遺体から検出されたといいます。

 プリンスも、長年の激しいステージングにより臀部の痛みを抱えていました。ピアノスピーカージャンプして乗るなどのアクションを続けた結果、体が悲鳴をあげます。オキシコドンに依存するようになってしまったのです。
(『Rolling Stone2018年6月20日配信記事より 筆者により訳・要約)

 そして最終的には、遺体から極めて高濃度のフェンタニルが検出されるほどに薬漬けになっていました。(註・プリンス本人はそんなに強い薬剤を処方されていたことを知らなかったとの一部報道もあります。)

 つまり、スティーヴン・タイラーも彼らと同じパターンの依存状態におちいってしまったのですね。昔のように快楽におぼれるのではなく、プロとしてステージに立つための命綱が恐ろしい魔物だった。

◆筆者の体験

 余談ですが、筆者が尿管結石で入院した際、痛みがきついときに強めの鎮痛剤を注射してもらったことがあります。これがただ痛みが消えるだけでなく、本当に気持ちいいのです。眠りに落ちそうで落ちない、トロ〜ンとした時間が永遠に続く感じ。艱難辛苦に天変地異、なんでも許せる気がしてくる。

 女性の看護師に「クセになりそう」と言ったら怒られました。つまりは、少なからぬ危険があるということだったのでしょう。

 それでも筆者が処方されたのはそこまで強烈な薬剤ではなかったはずですから、依存性は微々たるもの。プリンスやトム・ペティのことを想像すると、ぞっとします。

鎮痛剤依存の恐ろしさ

 実際の痛みを解消した代償として、もっとひどい新たな苦しみが待ち構えている。これが鎮痛剤依存の恐ろしいところで、アメリカでは一般社会にも及ぶ大問題と化しているのですね。

 アメリカ疾病予防センターによると、2004年には9091人だったオピオイドの過剰摂取による死亡者が、2016年には42000人超にまでのぼり、2020年4月から2021年4月にはコロナ禍の影響もあり、とうとう10万人を超えました。まさに異常事態なのです。

 東部のペンシルベニア州にはゾンビのようにフラフラと歩く中毒患者たちが住む一角が存在し、その様子が動画で拡散されると大変な衝撃が走りました。

鎮痛剤が薬物依存の「入口」に

 もちろん、鎮痛剤それ自体は病院で処方され、手術や治療で用いられるのですから合法的なものです。しかし、その副作用として得られる“幸福感”が他のドラッグへの入り口となってしまう。死者数が増え続ける要因です。
 
<オピオイドの中には、モルヒネを原料とするヘロインも含まれる。しかし、ヘロインはその危険性から日米両国で非合法の麻薬とされている。オピオイド問題が深刻になってきた背景には、処方された鎮痛剤が「ゲートウェイドラッグ」になってしまったことがある。すなわち、合法的に処方された鎮痛剤の継続的な摂取によって常習性を生み出してしまい、その結果非合法な方法でオピオイドを入手したり、ヘロインのような非合法な薬物に手を染めたりしてしまう、ということである。>
(『アメリカを揺さぶるオピオイド危機①』 山岸敬和(南山大学国際教養学部国際教養学科教授) 笹川平和財団 日米関係インサイト 2018年7月18日)

◆過酷なステージを全うするため薬物依存に陥る悲劇

 66歳、トム・ペティの体内から検出されたヤバすぎるブツ。アヘンで痛みを紛らわせていたプリンス、57歳。そして、足の手術をきっかけに、決別していたはずの薬物に再び苦しめられる74歳のスティーヴン・タイラー

 連日の過酷なステージを全うするために必要な処置だと思っていたら、知らないうちに薬物の深い沼に落ち込んでいた。

 みんなふざけているのでも、サボっているのでも、ズルをしようとしているのでもない。いたって真面目なのです。すでに成功を収め、晩年を迎えながら、なおクオリティを保とうと抗っている。それがより悲痛な悲劇を生んでいるのではないでしょうか。
 
 一連の出来事は、音楽産業が大きな岐路に立たされていることを示唆しているように感じます。
 
文/石黒隆之

写真はイメージです