代替テキスト

「国会で制度のことが取り上げられたので、4回目の意見交換会は、初めてメディアを入れて開催する予定でした。ところがその前々日の夜に、突然『準備ができていないので、今回は参加できません』と。前回が3月23日ですから、『2ヵ月も準備期間があったのに?』と思いました。

脳性麻痺の子供を育てていると、通院やリハビリ、学校等への付き添い等で時間の都合を付けるのが容易ではありません。私含め、他の親御さんも忙しい合間を縫って、参加することになっていたのに……」

こう語るのは、『産科医療補償制度を考える親の会』代表の中西美穂さん(41)だ。

産科医療補償制度とは“分娩に関連して発症した重度脳性麻痺児に3000万円を補償する”というもので、妊婦であれば誰でも加入する制度だ。そもそもこの制度は、分娩時の医療事故が多発し、訴訟が増加。それが産科医不足の理由だとし、施行された。日本医療機能評価機構の公式サイトには、制度の目的が3つ書かれている。

・分娩に関連して発症した重度脳性麻痺児とその家族の経済的負担を速やかに補償します。
・脳性麻痺発症の原因分析を行い、同じような事例の再発防止に資する情報を提供します。
・これらにより、紛争の防止・早期解決および産科医療の質の向上を図ります。

この補償の審査基準が、今年1月から改定されることとなった。これまで補償するかどうかを判断する上で行われる“個別審査”について、「約50%が補償対象外になっている」といった指摘も上がっていた。そして今回“医学的に不合理”と認められたため、在胎週数が28~32週未満でも個別審査なしで補償を受けられることとなったのだ。

これに対し、中西さんは異論を唱えた。中西さんは制度の改定前に出産しているため、医学的に不合理な審査だったにも関わらず、依然として補償の対象から外れたままだったからだ。そこで彼女は「誤った基準で審査されたのに補償を受けられないままなのは納得できない」という思いから、『産科医療補償制度を考える親の会』を結成した。

■後藤大臣は「丁寧に考えたい」と……

そして昨年12月24日厚生労働省と日本医療機能評価機構に要望書を提出した。その要望書には、こう綴られている。

【1】個別審査の基準には医学的合理性がないと判明したことを踏まえ、個別審査にて補償対象外とされた児484人(2021年6月4日時点。今後も約5年間該当者は出現する見込みです)について、補償対象とされた児と同様の補償を行うことを要望します。
【2】個別審査にて補償対象外とされた児が脳性麻痺となった原因について、再発防止につなげるため、補償対象とされた児と同様の原因分析を行うことを要望します。
【3】上記【1】【2】の要望をご検討いただくにあたり、補償対象外とされた児の生活実態や本要望を行った理由などについて耳を傾け、私たちと意見交換を行う場を設けることを要望します。

そして今年1月から、一ヵ月に一回のペースで厚労省と機構の参加する意見交換会が開催されることとなった。

意見交換会はこれまで3回開かれ、メディアで取り上げられる機会も増えた。そんななか、4月の国会で後藤茂之大臣(66)が「遡及して変更する是非を検討する必要がある。引き続き丁寧に考えたい」と答弁した。

しかし、厚労省ドタキャンしたのだ。中西さんは、その経緯についてこう明かす。

■「“ガス抜き”にしか過ぎなかったのでしょうか」

「第3回の時、厚労省側が『異動があるから4月の開催は取りやめにしてほしい』と言いました。5月に開催しようという運びとなり、25日に開催することも決定しました。ただ、あちらが『正式に問題がないか、ほうぼうに確認するので時間が欲しい』と。それで待ち続けたのですが、返事が来ないんですね。

ゴールデンウィークが明けても連絡がないので、流石にこちらが連絡すると『25日で問題ないです』と言われました。正直、『マナーとしてどうなんだろう』と思いました」

さらに、中西さんには“ショックなこと”があったという。

「日程が正式に決まったものの、『特段話すことはないんですけど……』と言われんです。『いやいや!』と思いました。話すことがたくさんあるから、意見交換会をしてきたのに」

このやり取りがキッカケで、「第4回はメディアを入れて開催する」と中西さんは決意したという。

「もともと『メディアを入れても問題ない』と厚労省に言われていたんです。『特段話すことはない』なんて誠実さが感じられない。ですから、このタイミングでメディアを入れようと。そう伝えたところ、延期のお願いです。

厚労省ドタキャンって……。唖然としました。『直前の連絡で申し訳ないです。納得していただけないのは、承知しています』と言われました。また日程の再調整に合わせて、質問を書面であらかじめ用意してほしいとも言われました」

中西さんは、厚労省と機構に対して不信感を強めている。

「国会でも注目されるなか、今回はメディアも参加します。『今までと違って適当なことは言えない』と思い、いったん中止にしたかったのかもと考えてしまいます。

でもね、私たちはこれまでも本気で取り組んできましたよ。忙しい合間を縫って、要望が伝わるよう意見交換会を開いてきたつもりでした。あちらからすると単なる“ガス抜き”にしか過ぎなかったのでしょうか。やりきれない思いです」

ドタキャンは“有意義な意見交換会にするため”

5月25日当日。親の会は急きょ内容を変えて、オンライン記者会見を開くことに。中西さんは「当事者のことを考えていないんですよ、この制度って。産科医を守る制度だから。そして、今も考えられていない。今回のドタキャン騒動も含めて、そう思いました」と涙ながらに語り、怒りと悔しさを滲ませていた。

また親の会のメンバー・永島祥子さんも会見で、こう語った。

「なるべくメディアの方に話を聞いてもらうために、重心児(重症心身障害児)の子どもを抱えながら緊急対応に追われ、学校行事への参加を諦めざるを得ませんでした。電話をし続けて、リリースを流し続けていました。

でも、ドタキャンすると簡単に言われて……。そのあとは、子供の授業参観にもいかず、延期のプレスリリースを流していたんですよ。『ほんとに軽く見られているんだな』と思いましたね。すごく残念な気持ちです」

厚労省は、なぜドタキャンしたのだろうか?そこで本誌は中西さんキャンセルの連絡を入れた、厚労省の医政局を取材した。すると、担当者はこう答えた。

「意見交換会で考えを述べたときに、誤った形で伝わることは双方にとって良いことではありません。より良い議論を行うにあたり、書面で質問事項を出していただいて、それから意見交換の場を改めて設けたいとご提案しました」

中西さんは「メディアが入るから、やっと本腰を入れるのか」と不信感を抱いている。そのことを伝えると、担当者はこう述べた。

「『メディアが入るから』というのは、関係ありません。国会でも取り上げられておりますし、まず書面でやりとりすることで、しっかりした形で対応したいと考えております。そうすることで双方にとって、有意義な話し合いの場になると思います。

また、『準備をしていないからキャンセルした』ということでもありません。直近で大臣の国会答弁もあり、当省の考え方を示している中で、より有意義な意見交換会にする方法を考えていました。

直前でキャンセルという形になってしまい、中西さんたちに申し訳ないという気持ちです。ですから、連絡を入れた際も『しっかりとした形で開催したい』とお伝えしました」

■機構は「より良い制度にしていきたい」とコメント

中西さんは担当者の「特段話すことはない」という言葉にショックを受けていた。しかし、担当者は「私の記憶の限りでは『特段話すことはない』とは、お伝えしていないと思います。電話でしたし、メモを取るような状況でもなかったので、どこをそう捉えられたのか……。私にはわかりません」と答えた。

そこで、「“きちんと話していきたい”という方針で問題ないでしょうか?」と尋ねると、担当者は「そうです」と返答。そして意見交換会の目的について、こう語った。

厚労省としましては、意見交換会を通して、産科医療補償制度の質を向上するという目的があります。それを担当する医政局として、親の会の皆さんから意見を聞く。それを受けて、我々はこの制度に携わるということです。

私も含めて厚労省は、意見交換会を“ガス抜き”と思って対応しているわけではありません。今後もお互いにとって有意義なものとなるよう、対応すべきだと考えています」

また、本誌は日本医療機能評価機構にも取材をした。担当者は、こう話した。

「今回のキャンセルは、厚労省が判断したものです。そして、有意義な議論を目指すことに同意します。

我々は意見交換会のことを“皆さんから意見を伺って、この制度をより良くしていく方法を考える場所”と位置付けています。制度を運営している立場として、今後もより良い制度にしていきたいという思いに変わりはありません」

親の会と、厚労省と機構。思いが交錯するなか、その溝を埋めることはできるだろうか。次の意見交換会の日程は調整中だという。