ニトリホールディングスがIT部門の人材に高額報酬を支払い、人員数を現状の3倍に増やす方針を明らかにするなど、日本のIT投資に変化が見られるようになってきた。IT化と生産性には密接な関係があり、ニトリのような事例が増えてくれば、経済全体への波及効果は確実に大きくなるだろう。(加谷 珪一:経済評論家

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日本のIT投資は異常事態が続いている

 多くの人は明確に認識していないかもしれないが、日本におけるIT投資は悲惨な状況である。日本全体のIT投資額は過去30年間ほぼ横ばいを続ける一方、同じ期間で諸外国は投資額を3~4倍程度に増やしている。

 1990年代以降の世界経済において、ITが成長の牽引役であることは誰もが知る現実であり、ITへの積極投資なくして経済成長を実現できないのはほぼ自明の理と言って良い。そうした状況であるにもかかわらず、日本だけがIT投資を増やしていないというのは、かなりの異常事態と捉えるべきだ。

 今さら説明するまでもないが、ITの導入と企業の労働生産性、そして賃金には密接な関係があり、単純にシステム化を進めるだけでも、生産性は向上し、賃金の上昇につながる。ところが日本は、賃金上昇の最短距離であるIT投資に異様なまでに消極的であり、当然の結果として業績が拡大せず(日本企業全体の売上高は、ほぼ横ばいの状況が続いている)、賃金も上がっていない

 IT投資と聞くと、グーグルフェイスブックのような、先端的な企業を思い浮かべる人が多い。だが経済全体への波及効果という点では、むしろ一般企業においてどれだけIT化が進んでいるのかが重要だ。

 日本でもヤフーのようなIT企業は、社員に対してAI(人工知能)に関する再教育を行い、全社員がAIを業務で活用できるようにするなど、高度なIT化戦略を進めている。こうした先端的企業の取り組みは重要だが、ごく普通のビジネスをしている企業のIT化が進まなければ、社会全体として大きな効果は得られない。その点においてニトリのような企業がIT化への取り組みをさらに強化するのは良いニュースといってよいだろう。

ベンダーへの丸投げをやめよ

 現在、ニトリのIT部門の人員数は現在350名程度だが、同社では2025年までに700名に、32年までに1000名に増やす方針を示している。同社では、EC(電子商取引)の企画などを手がけるプロダクトマネージャーに対して、年齢を問わず最大で1300万円の報酬を支払うとしている。

 日本の場合、情報システムを自社で開発するケースは少なく、ITベンダーと呼ばれるシステム企業に開発や運用を丸投げすることが多かった。情報システムに求められる水準が低かった時代は大きな問題は発生しなかったが、近年、ネットビジネスが拡大するにつれて、独自システムを構築できることが企業の強みとなりつつある。欧米企業は日本と比較するとベンダー丸投げするケースが少なく、これが事業モデルの迅速な転換に大きな役割を果たしてきた。

 ニトリは日本企業としては珍しく、システムの内製にこだわってきた企業であり、今回のIT投資強化の決断もこうした取り組みの延長線上にある。

 ニトリの事業内容は家具の製造販売であり、高度なIT企業というわけではないが、どの企業もニトリのようになれるのかというと、そう簡単にはいかないだろう。

 だが、ベンダー丸投げする従来の方式から決別するという点では、今ほど機が熟したタイミングはない。ここ10年、IT企業はクラウドサービスに大きく舵を切っており、各事業会社は、IT企業が構築したクラウドのサーバー上にシステムを構築すればよく、自社で面倒なITインフラを抱える必要がなくなった。

 事業会社は自社のビジネスに合致したアプリケーションを開発するだけでよく、システムの内製化は従来よりも格段に容易になっている。逆に言えば、ここまで環境が整った今のタイミングをうまく活用できないようでは、ビジネスのIT化は今後も難しいと思った方がよいだろう。

カギを握るのは技術ではなく人材

 企業のIT化のカギを握るのはやはり人材であり、カギを握っているのが雇用制度である。先ほどのニトリのケースでは、IT部門の社員に最大で1300万円を支払うが、これは同社の平均的な社員の年収を大幅に上回っている。

 日本企業の多くは、社員に対して、会社に帰属していることへの報酬として賃金を支払う、いわゆる「メンバーシップ型」と呼ばれる雇用体系を維持してきた。だが、今後は、帰属ではなく業務に対して賃金を支払う「ジョブ型」に移行するところが増えると予想される。

 実は諸外国の企業はすべてジョブ型であり、そもそもメンバーシップ型という雇用体系は存在していない。日本だけが特殊だと言うと、どういうわけか一部の人が激しく反発するので、オブラートに包むためメンバーシップ型という言い方が普及したに過ぎない。

 ITというのはグローバルに統一された技術であり、従事する人の賃金もグローバル経済の影響を受ける。日本だけが極端に安い賃金で、IT担当者を雇うことは物理的に不可能だと思ってよい。優秀なIT人材を確保しようと思った場合、ある程度、高い賃金を出すのは必須であり、年次で給料が決まるという日本型の雇用体系は邪魔にしかならない。

 IT化を進めるのは、それほど難しいことではなく、それなりの人材を揃えれば問題なくプロジェクトを進められる。だが、従来の雇用体系や低賃金にこだわったり、他の社員との兼ね合いばかりを気にしている状況では、優秀な人材を集めることはできないだろう。

 一部の経営者は、高い技術にお金を払えばIT化が実現すると考えているかもしれないがそうではない。誤解を恐れずに言えば、IT化のカギを握るのは人材であり、人材さえ確保すれば技術は後からついてくる

政府も重い腰を上げた

 IT化における人材の重要性は政府も認識し始めており、ようやく重い腰を上げつつある。政府は2022年6月1日、デジタル田園都市国家構想の基本方針を取りまとめたが、そこには「職業訓練のデジタル分野の重点化」が盛り込まれた。政府は同構想において、IT化の中核となるデジタル推進人材を5年間で230万人育成することを目標として掲げており、その方策の1つが職業訓練である。

 日本は社会人になってから新しいスキルや知識を身につける機会が諸外国と比較して少なく、これが人材のシフトを妨げてきたといわれる。職業訓練においてIT分野を強化することで、社会人の再教育を促す。具体的には、公共職業訓練などにおいて、関連分野で年間7万人に対してデジタル関連の訓練を実施するほか、6万5000人分の助成も行う。

 1人あたり100万円のコストがかかると仮定した場合でも、230万人の育成にかかる費用は2.3兆円である。この金額を投資するだけで、IT人材を大量に育成でき、企業のIT化が進むのであれば、マクロ的に見れば安上がりな投資といってよいだろう。

 諸外国と比較して遅きに失した感はあるものの、この分野は、たとえ後発であっても、投資した分の成果は確実に得られる。日本でもニトリや政府の取り組みをきっかけに、本格的なIT投資がスタートすることを期待したい。

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ニトリホールディングスの札幌本社(ニトリ麻生店)(写真:YUTAKA/アフロ)