米マクドナルドのロシアビジネスが、ロシア実業家へ売却されることが発表されて約1か月経った6月12日、「ロシアの日」の祝日に、新規ブランドの店が開店した。
当日まで公表されなかった新ブランド名は「VKUSNO I TOCHKA(It’s delicious, that’s all)」。
「美味しいから、ほかに何も言う必要がない」とか、「美味しいという判断以外に何の議論がいらない」という、ロシアらしい“クリエーティブ”な(まわりくどい)表現になった。
あえて大胆に日本語に意訳すれば、「うまいの一言に尽きる」となろうか。
6月12日に開店したのは、1990年1月にマクドナルド第1号として開店したクレムリンにもほど近い市内中心部の店舗である。
どのようなブランド名で、どのようなデザイン、メニューと味で、ロシア人に30年間愛されたマックが再開するのか期待は高まっていた。
筆者はその様子を見に出かけたが、まるで1990年と同様、店の外まで長い行列ができ、多くのロシア人老若男女で賑わっていた。
幸いなことに新オーナーはマクドナルドの絶大な人気も引き継いだようである。
ただし、2022年の、豊かすぎると言われているモスクワは、日常的に食料品不足に悩まされていた1990年代のモスクワとは全く別の世界である。
現在のモスクワはバーガーキングもあれば、ロシア国産牛(JALのビジネスクラス機内食にも採用されたクオリティである)を使った高級グルメバーガーのレストランも人気である。
そうした時代にもかかわらず、あえて店舗再開に行列する背景には、商品の味を超えたマクドナルドに対する愛着と郷愁、そしてそれを引き継いだ新ブランド「VKUSNO I TOCHKA」に対する期待の表れと思われる。
さて、開店より1週間ほど前に公表された新しいチェーンのロゴは以下のようである。
元のマクドナルドの鮮やかな赤と黄色の代わりに、落ち着いたダークグリーンを背景にした、2本のオレンジ色の棒と赤い丸でデザインされている。
オレンジ色の棒はフライドポテト、赤い丸はハンバーガーをイメージしたらしいが、「M」文字が読み取れなくもない。
この新しいロゴの“M”文字を初めて見た時、筆者の友人はどこかの国旗みたいだと言ったが、筆者は日本でお気に入りであったモスバーガーを思い出した。
「VKUSNO I TOCHKA」が日本のモスバーガーのように繊細な味付けとフレッシュなグリーンをたっぷり使ってくれることを期待してしまったが、実際はどんな味なのか?
ところが行列があまりにも長すぎて、筆者は並ぶのを断念してしまった。
その代わり、ハンバーガーとフライドポテトをテイクアウトしてベンチで食べようとしていた2人の若い女の子にインタビューした。
ハンバーガーの味について聞くと「一緒、一緒、美味しい!」と嬉しそうに答えた。
価格は最近のインフレを反映して、以前よりは若干高くなっているようだが、人々の購買意欲を抑制するほどの値上げではないらしい。
新しいオーナーは6月13日以降さらにモスクワで50店舗を再開することを発表している。
筆者も再開店ブームが落ち着いた頃を見計らって、自分自身で実際にメニュー、値段、味とサービスを厳しく調べてみたいと思う。
さて、こうして無事にオープンを迎えた新ブランドであるが、今回のマクドナルドによるロシア事業売却に関しては、いくつかの興味深い報道があった。
まず、6月2日にロシア連邦反独占庁は同庁の公式サイトでマクドナルド売却の取引を承認したと発表、その中で契約の条件として15年以内の買戻しオプションが付されていることを明らかにした。
つまり、マクドナルドは15年以内にロシアの買手から売却した資産の買戻しが可能ということであり、買戻し価格は、買戻し時点でのフェア・マーケットプライスになるという。
もし、マクドナルドがロシアからの完全撤退、つまり未来永劫ロシアには戻らないと判断したのであれば、買戻しオプションを付けずにより高い価格で売却するはずである。
あえて買戻し条件を付すというのは、15年以内にはロシア市場に再び参入することを画策していると勘繰られても仕方あるまい。
もう一つこの取引に関する波紋を起こしたニュースは、英BBCによる調査報道である。
それによると買手の「Club Hotel LLC(ロシア人実業家ゴーボル氏が今回この買収に使った法人)」は、マクドナルドの買収のためにソフコムバンクというロシアの銀行から資金を調達、その際にマクドナルドから買収した資産を担保にした可能性があるという。
そもそも買手のゴーボル氏は、借り入れなしでロシアのマクドナルドを買収することは資金的に困難とみられており、金融機関からの借り入れは当然に見えるが、ここで問題視されたのはソフコムバンクが他のロシアの大手銀行とともに欧米諸国による制裁対象になっていることである。
つまり、BBCの報道が正しければ、マクドナルドは制裁対象の銀行からの資金を使ってロシアからの撤退したことになる。
同担保契約についての情報は(担保先、担保元と担保対象など)6月1日にロシアの連邦公証人事務所(当局)のサイトで公開された。
BBCがソフコムバンクに問い合わせたところ、この取引にファイナンスを提供していないと関与を否定、買手とマクドナルド側もその事実を否定している。
ちなみに、この担保についての情報は6月3日に当局のサイトから削除され、現在は担保契約の確認、その具体的な資産内容、どの取引に関する担保になったかは確認ができない状態である。
マクドナルドは1990年代にロシア進出を開始した当時からモスクワ市など、行政当局との強いつながりが指摘されていた。
撤退に当たっても、ロシア当局にとっては全国6万2000人の旧マクドナルド従業員の雇用確保が一番の問題であり、ローカル資本へのスムーズな経営引継のために協力は惜しまないと考えられる。
今回のマクドナルドの事例をみると、自国や西側諸国の世論に配慮しつつも、自社ビジネスは合理的に判断する、米国グローバル企業のスマートな姿には感心するばかりである。
先週は営業を停止していたスターバックスがロシアからの完全撤退を発表した。どんなディールを行うのか注目したい。
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