近鉄が第三軌条と架線の両方から集電できる装置を開発し、これまで不可能だった路線間の直通を実現させようとしています。異なる集電方式への対処は、実は昔から行われてきました。しかし今回は何が違うのでしょうか。

新技術は集電靴「格納」装置

鉄道路線の「集電方式の違い」を乗り越えて、今までは不可能だった直通運転が実現しつつあります。

近畿日本鉄道は2022年5月23日、「夢洲直通列車向けの集電装置の開発について」という広報資料を公開しました。そこでは、第三軌条方式の集電装置を可動式に改良した試作装置が完成し、実用化に向けた試験を始めるとしています。

近鉄けいはんな線長田駅から大阪メトロ中央線に直通し、港湾部のコスモスクエア駅まで一体的に運行しています。その大阪メトロ中央線は夢洲(ゆめしま)へ延伸する予定です。夢洲は大阪湾の埋め立て地。2025年にはここで国際博覧会大阪・関西万博」が開催され、その後はIR(Integrated Resort:統合型リゾート)を誘致する構想があります。

さて、この近鉄けいはんな線は途中の生駒駅で、近鉄奈良線と接続します。近鉄けいはんな線近鉄奈良線は集電方式が異なっており、直通運転が物理的に不可能のため、これまで乗り入れは行われていませんでした。

そこで近鉄はこの集電方式をハイブリッド化することで、生駒駅を通じて奈良線中央線へ直通させ、奈良と夢洲、歴史ある観光地と最新の観光地を直結する列車を作ろうとしています。その先に、奈良線と同じ線路規格の京都線橿原線大阪線名古屋線からの直通も見据えているかもしれません。便利な列車は利益を期待できます。近鉄にとってこの技術開発は勝算アリというわけです。

そもそも、同じ近鉄なのに、なぜ、けいはんな線だけ奈良線など他路線と集電方式が異なるのでしょうか。それは直通先の地下鉄中央線に合わせたからです。大阪市営地下鉄(現・大阪メトロ)は、建設費を抑えるためにトンネル断面が小さくて済む第三軌条方式を採用したのです。

実は過去にもあった「ハイブリッド集電方式」

ところで、架線集電と第三軌条集電の両方に対応する車両は過去にもありました。1912(明治45)年に信越本線の横川~軽井沢間で採用された、EC40形電気機関車とED42形電気機関車です。この区間はトンネル断面が小さく、電化する際に架線を設置する十分な余裕高さがなかったため、第三軌条方式になりました。

海外では1987(昭和62)年にイギリス国鉄が導入した319形電車、1993年英仏海峡トンネルを経由する国際特急「ユーロスター」に導入されたイギリス国鉄373形電車で実績があります。イギリス南部などヨーロッパでは元々、架線や架線柱により景観を損いたくないという理由で第三軌条方式が採用されていました。しかし「高速運転に適さない」という欠点から新ルートは架線集電方式で作られたため、地域で集電方式にバラツキが生じていたのです。

さて、これらの先達と近鉄の集電装置の違いは「集電靴の格納」です。第三軌条方式は走行用の線路の外側にあるレール「第三軌条」から電気を受け取るために、集電靴という器具が取り付けられています。集電靴は車体の幅より外側にはみ出す形で取り付けられています。単純に考えれば、パンタグラフと集電靴の両方を取り付けて、それぞれの電圧に対応可にさえすれば、架線集電区間と第三軌条区間を直通できます。

しかし、近鉄奈良線では「集電靴のはみ出し」が問題になりました。架線集電の奈良線は線路の近くにプラットホームの構造物、標識、信号設備などがあり、外にはみ出した集電靴が接触するおそれがあります。それらの障害物の多くは簡単に撤去・移設できないため、逆転の発想で「集電靴を自在に引っ込められる構造にする」というアイデアが出されました。

集電靴を引っ込める方法は「内側にスライドさせる」「前後方向に折りたたむ」「跳ね上げるように折りたたむ」などの方法があります。この中で、必要な強度を保ち、他の機器に支障せず、メンテナンス性を高める方法として「跳ね上げるタイプ」が採用されました。

ただし、単純に上へ折りたたむだけでなく、車体の幅の内側に収める必要があります。そこで近鉄は「支点を作り回転して上げる」「支点を上へ移動して上げる」「支点を内側に移動して上げる」「集電靴を内側にスライドさせてから上げる」などの方式を考案し、特許出願しました。出願は2020年1月29日、公開日は2021年8月10日です。この時点でも話題になりました。

他の鉄道会社も利用できるか

この技術は他の路線でも応用できるでしょうか。相互直通は主に「集電装置」「軌間」「電圧」「信号システム」「車両建築限界」を一致させる必要があります。「車両建築限界」は小さい方に合わせれば解決ですね。「電圧」「信号システム」は両方の路線の機器を搭載すれば解決。「集電装置」も今回の新技術で解決しそうです。

あとは「軌間(線路幅)が同じ」という条件です。京成電鉄は今から約60年前、都営地下鉄や京急と相互直通するために全線の軌間を変更したことがあります。しかし現在は工事費用も莫大になり、工事に伴う長期運休も難しい状況です。

これらを踏まえて、集電方式の問題を解決できれば、相互直通ができそうな路線を探してみました(いずれも地下鉄第三軌条、もう一方が架線集電。いずれも軌間1435mm)。

横浜市営地下鉄ブルーライン京急電鉄本線
実現すれば、三浦半島新横浜駅が直結します。直通用の連絡線が設けられるのは、上大岡駅付近でしょうか。

名古屋市営地下鉄東山線近鉄名古屋線
実現すれば、伊勢直通どころか、大阪・名古屋地下鉄同士の直通も見えてきます。八田駅付近に連絡線を建設すれば可能。栄など名古屋中心街への直通は、近鉄にとっても念願かもしれません。

大阪メトロ谷町線京阪電鉄本線
守口(守口市)付近~関目高殿(関目)付近で線路が近接しており、連絡線で接続しやすくなっています。京阪電車にとっては長年悲願であった梅田駅直通のチャンスであるばかりか、大阪市南部のターミナル駅天王寺への乗り入れも見えてきます。

大阪メトロ四つ橋線阪急神戸線京都線宝塚線
四つ橋線を阪急十三駅へ延伸する「西梅田・十三連絡線」構想があります。これをさらに拡張し、直通運転すれば、大阪南港~京都のアクセス路線としての可能性も出てきますね。

大阪メトロ千日前線阪神電鉄本線
野田(野田阪神)付近で連絡線を作れば可能。ただし阪神なんば線と競合します。

* * *

なお、近鉄は軌間を可変にするシステムの開発構想もあります。合わせて採用すると、東京メトロ銀座線京王井の頭線大阪メトロ御堂筋線南海高野線大阪メトロ御堂筋線泉北高速鉄道、といった直通も可能です。夢はさらに膨らむばかりです。

近鉄が発表した新型一般車(画像:近畿日本鉄道)。