まさに「割れ鍋に綴じ蓋」とは、このようなものを指すのでしょう。

JBpressですべての写真や図表を見る

 トルコの首都アンカラで6月8日トルコロシアの外相級会談が開かれたのですが・・・。

 一人は「ヒトラーユダヤ人」発言以降、西側表舞台には引っ込みがちのロシア・ラブロフ「外相」。

 片やNATO(北大西洋条約機構)外相会合でスウェーデンの女性閣僚アン・リンデ外相に「フェミニズム外交」と暴言を吐いて総スカンを食らったトルコのチャプシオール「外相」。

 この2人が怪談ならぬ会談(https://www.jiji.com/jc/article?k=2022060800644&g=int)した。キツネタヌキジャンケンポンみたいな事態です。

 さて、そこでキツネタヌキが何を相談したかと言えば、オデーサを中心に輸出が困難になっているウクライナの「黒海穀物」を、どうやって運び出すかの談合だという。

 よく考えてみてください。これは基本的に「ウクライナの穀物」をどうやって輸出するかという話のはずです。

 しかし、それを相談する席に、どうしてウクライナ外交当局が同席していないのか・・・。

 ウクライナは世界有数の穀物産地(https://www.sankei.com/article/20220613-XSIK4DG5BBKJPHGXW6XQFV5ZBE/)として知られます。

 その輸出が滞ることで、全世界的に穀物不足、ひいてはアフリカなどの貧しい国々で飢餓のリスクなども懸念されています。

 特にトルコの場合、ロシアウクライナからの穀物輸入が63%を超え(https://www.jetro.go.jp/biznews/2022/02/1bc56ff9853a77ad.html)、特に小麦については87%を超える輸入依存状態(https://www.jetro.go.jp/biznews/2022/03/a8ee9da0631df272.html)で品薄が直撃したことから、トルコ国内では安全な穀物輸入ルートの確立が死活問題化している台所事情があります。

 しかし、トルコに百歩譲ったとして、どうしてアンカラにロシアヒトラーユダヤ人説」外相だけを呼びつけ、ドミトロ・クレーバ外相以下のウクライナ外交当局に声を掛けない合理的な理由は見当たりません。

 ではウクライナトルコの関係が悪いのかと言えば、この連載でもすでに触れている通り、独裁制を敷いているエルドアン大統領の娘婿、セルチューク・バイラクタル氏の率いる軍事ドローン会社が無人遊撃機をウクライナに提供、大量のロシア兵がその犠牲になっている現実があります。

 まさに、人の命を天秤にかけるキツネタヌキの化かし合いというロシアトルコの謀議だったわけです。

ロシアが「ウクライナから盗んだもの」

 名目上、黒海穀物輸出のために「安全回廊」を創設するためとして、トルコの首都アンカラに呼びつけられたラブロフ「外相」。

 会談後に開いたテレビ記者会見でウクライナ記者に問い詰められる一幕があった(https://www.jiji.com/jc/article?k=2022060900751&g=int)と報道されています。

 会見中、幾度も質問を試みて手を上げ続けたのに、ウクライナ公営放送のウメロフ記者はトルコ側の司会者に無視され続けたそうです。

 業を煮やしたウメロフ記者、会見終了間際にやおら立ち上がって、強引にラブロフ外相への質問に割り込み(https://www.themoscowtimes.com/2022/06/09/lavrov-faces-impromptu-exchange-with-ukrainian-journalist-in-turkey-a77950)、次のように問い質しました。

ロシアは穀物以外、いったい何をウクライナから盗み出し、それをほかに売りさばいたのか?(Apart from cereals, what other goods did you steal from Ukraine and who did you sell them to?)」

 予定外の質問に、露骨に分かるほどたじろいだ(Lavrov was visibly embarrassedキツネならぬロシアのラブロフ「外相」、しかし妖怪ぶりは板についており、にわかに表情に笑みを浮かべ、ヤクザの掛け合いかと見まごう下品な切り返しで胡麻化します。

「あなたたちウクライナ人は、いつも人様から何か盗めるものがないか窺ってばかりいるから、他人も同じだと思い込むのだろう(You Ukrainians are always worried about what you can steal and you think everyone thinks that way!)」

 さらに「ウクライナネオナチ掃討がロシアの大義」というワンパターンを繰り返した上で、開き直った発言をします。

「我々は穀物輸出の邪魔など一切していない。穀物輸出の再開は、ウォロディミル・ゼレンスキー氏が命令すればよい。それですべてカタがつく(We are not obstructing the grain. In order for it to leave the ports, Mr. Zelenskiy must give the order, that's all.)」

 ウメロフ記者は「すべてのウクライナ民衆が(ラブロフに対する)この質問への答えを切望しているので、私はあえて記者会見(のルールを破って質問)に割り込んだ(I took the risk of disrupting the news conference because all of Ukraine is waiting for the answer to this question)」と述べています。

 さてしかし、狷介な老人ラブロフがごまかした「ロシアウクライナから盗んだもの」ほかに何があるのでしょう?

「ドンバスはロシアの心臓」の意味

 ここに1枚のプロパガンダ・ポスターがあります。

 1921年、いまだレーニン存命中の革命直後のソビエト政権が作成したもので、上部には「ドンバスはロシアの心臓」と記されています。

 画面下部には黒海とカスピ海が見え、いままさにロシアウクライナから掠め取ろうとしている「ドンバス」が「心臓」として描かれています。

 そこから発する動脈がキエフキーウ)やオデッサオデーサ)はもとより、モスクワやぺテルスブルクに描かれた、煙突から煙を吐く「工場」に「血液」を送り込んでいる。

ロシア語では、ペテルスブルクはペトログラードと記されています。「レニングラード」という恥知らずな名に改称される以前のポスターであることがよく分かります

 ロシア革命直後のソ連はいまだ第1次大戦が続く中、ポーランドウクライナで激しい戦争を繰り広げます。

 1918年2月には現在はベラルーシの都市であるブレストで「ブレスト=リトフスク条約」が締結され、1917年11月に独立を宣言したばかりのウクライナ人民共和国が、一度はドイツオーストリアの支援によってロシアの蹂躙を離れて広大な所領を安堵され(かけ)ます。

 しかし状況は流動的でした。

 その後ウクライナは内戦状態で体制が二転三転、最終的に「ウクライナ民族主義者」勢は第1次大戦後の列強間の思惑の犠牲となり、1920年11月にキーウを離れポーランドに亡命せざる得なくなります。

 この間「不可分の大ロシア」なる、最近もどこかで聞いたようなスローガンを掲げた「白軍」「赤軍」が入り乱れてウクライナを蹂躙。

 ロシアソビエトの軍事的背景のもと、傀儡であるウクライナ・ソビエト社会主義共和国が全土を勢力下に置き、スターリン時代の凄まじい民族弾圧など、70年間に及ぶ悲惨な歴史を積み重ねなければならなかった。

 その「蹂躙初期」に作られた赤軍プロパガンダが先ほどの「ドンバスはロシアの心臓」ポスターだったわけです。

 ではなぜレーニンのソ連が「ドンバスはロシアの心臓」とPRしたのでしょう?

 100年後、プーチンロシアも「ドネツク」「ルハンスク」の2州だけを切り取って、つまり「ドンバス」だけを広大なウクライナから言わば分離、傀儡国家化した上でロシア連邦に「編入」して「盗もうとしている」。

 最大の理由は、ウクライナ側アゾフ連隊が立てこもった「アゾフスタリ」をよく見ればすぐに分かります

 レーニンのポスターも工場の煙突がもくもくと煙を上げている。

ウクライナなければロシアはただの寒村

 ウクライナは伝統的に豊かな農業地帯として国際的に知られ、「ヨーロッパのパンかご」(https://www.ua.emb-japan.go.jp/jpn/info_ua/overview/4economy.html)の別称があるほどで、これが本稿冒頭のトルコロシアの「黒海穀物」問題に直結しているわけです。

 同時に、ロシアがご執心で盗み取ろうと躍起になっているドンバスは黒海北部エリアにおける「鉄鋼業」「金属工業」一大中心であり続けて来ました。

「アゾフスターリ」も製鉄所なら、レーニンのポスターも重工業の工場が煙を上げている。

 歴史的に見れば「キプチャク・ハン国」以外の何物でもなく、その後継国家であったクリミア・ハン国を1768~74年の露土戦争に勝ったロシアが1774年のクチュク・カイナルジ条約で沿アゾフ海エリアを初めて奪い取り、さらに1784年にはこの条約すら破って全土に進入。

 女帝エカテリーナ2世率いるロマノフ朝ロシアがドンバスからクリミア半島モルドバに至る当該地域全体を「編入」してしまったのでした。

 この時期のロシアには「悲願」であった「黒海侵出」程度の了見しかなかったはずですが、やがて19世紀、ドンバスが巨大な石炭の埋蔵量を誇り、鉄鋼床にも恵まれ、エリアの重工業化、近代化の要衝であると判明するや・・・。

 それまではコサックが馬の水飲み場に使っていたようなエリアが「ロシアの心臓」だの「不可分の南ロシア」だの何だのという、今現在もプーチンが上げたがる祝詞(のりと)、お経の類がにわかに唱えられるようになった。

 スローガン的に言うなら、ドンバスなくして、あるいはウクライナを取り除いたモスクワ大公国時代の「小ロシア」はバイキング由来の北方の乱暴者国家でしかなく、経済的な実態は寒村とすら言えるかもしれません。

 近代化の観点に立てば「ウクライナなければロシアはただの村」という正体が、今般の情けない露軍の敗退ぶりで全世界に見えてしまった。

 いま現在、あれだけ巨大な版図を持ち、その地下資源に支えられながら、ロシアの名目GDP(国内総生産)は韓国のそれに及ばず、日本の3分の1程度、1人当たりGDPもロシアは中国と並んで日本の30%、米国と比較すれば5分の1にも及びません。

 そんなロシアが、兵士の命を粗末にして、現状のような20世紀前半型の白兵戦で領土侵略を続けている。

 実質的に第3次世界大戦を開始しつつあるような状況を創り出しており、ありうべからざることと断じなければなりません。

 ロシアウクライナから盗んできたもの、それは1783年の併合以来、独自の近代化を図ることができたはずの、ウクライナ固有の繁栄と近代化、一言で言えば未来すべてを盗み続けてきたと総括できるでしょう。

 そのような植民地の上に胡坐をかいているのがロシアの真の姿です。

 ラブログが即興的に口にした「いつでも他人の懐を狙うことばかり考えている」というのは、50年に及ぶ「ソビエトロシア」の外交官として、ラブロフ自身が常に頭の中にあることが、もろに露呈したと見て差し支えないように思われます。

[もっと知りたい!続けてお読みください →]  実はロシア衰亡の前奏曲、戦時景気とルーブル高

[関連記事]

ウクライナ侵略を草の根で支える「キリスト教ファシズム」とは

「個人の能力」でソ連を打ち負かしたフィンランド

トルコの首都アンカラで外相会談(6月8日、写真:AP/アフロ)