是枝裕和監督と、韓国映画界を代表する世代を超えたキャストがタッグを組んだ、衝撃と感動のヒューマンドラマ『ベイビー・ブローカー』(6月24日公開)。5月に開催された第75回カンヌ国際映画祭では、主演のソン・ガンホに韓国人俳優として初となる最優秀男優賞をもたらし、さらに「人間の内面を豊かに描いた作品」に与えるエキュメニカル審査員賞も受賞。2冠の快挙を成し遂げた。

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まさにいま世界が注目する本作を、K-POPや韓国ドラマなど韓国コンテンツの大ファンとして知られるドランクドラゴン塚地武雅が鑑賞。本作で、“赤ちゃんポスト”に自らの子どもを託すという選択を取った母親、ソヨン役に挑んだイ・ジウン(IU)を、「バラエティ番組『豪快ガールズ』に出演していたころから注目していた!」という塚地ならではのマニアックな視点から、『ベイビー・ブローカー』の注目ポイントや韓国エンタメの魅力まで、熱を持って語ってくれた。

■「是枝監督の世界観に、韓国のキャストたちのお芝居がすごくマッチしていた」

古びたクリーニング店を営みながら、借金に追われるサンヒョン(ソン・ガンホ)と、“赤ちゃんポスト”がある施設で働く児童養護施設出身のドンス(カン・ドンウォン)。ベイビー・ブローカーを裏稼業とする彼らは、ある夜、若い女ソヨンが“赤ちゃんポスト”に預けた赤ん坊をこっそりと連れ去る。しかし、翌日思い直して戻ってきたソヨンは、赤ん坊がいないことに気づき、成り行きから2人と共に赤ん坊の養父母探しの旅に出ることに。一方、彼らを現行犯逮捕するため、刑事のスジン(ペ・ドゥナ)と後輩のイ刑事(イ・ジュヨン)は静かにあとを追っていく。

本作で、以前から韓国の俳優と映画を作りたいと願っていた是枝監督のもとに集結したのは、『パラサイト 半地下の家族』(19)のソン・ガンホ、『新感染半島 ファイナル・ステージ』(20)のカン・ドンウォン、是枝監督作品は『空気人形』(09)に続き、2度目の出演となるペ・ドゥナ、歌手IUとして活躍し、ドラマ「マイ・ディア・ミスター~私のおじさん~」の演技も評価されたイ・ジウン、ドラマ「梨泰院クラス」のイ・ジュヨンといった多彩な個性を持つスターたちだ。「是枝監督の作品も、韓国の映画も大好き!」な塚地にとっては、「話を聞いた時から、むちゃくちゃ興味を持っていた作品」だという。

「まず、これだけの韓国人キャストを集めているのに、『やっぱり是枝作品だな』と感じましたね。是枝監督ならではの持ち味が活きているし、その世界観に、韓国のキャストたちのお芝居もすごくマッチしていて、違和感なく物語のなかにスッと入れました」。

■「自分ならどうする?って、問いかけられているような感覚になる映画です」

是枝監督はこれまで多くの作品で、様々な“家族のカタチ”を描いてきた。塚地は「今回の作品は、さらにもっと核となる“命とは?”というテーマが刺さりましたね」と話す。

赤ちゃんポストに我が子を託す決断をしたソヨンと、『捨てるなら産むな!』というスジンが意見をぶつけ合うシーンも印象的でした。産まれた一つの命に対する、それぞれの考え方が交差しており、登場人物たちの姿が人間の縮図のような気がして。誰も間違っていないような、誰も合っていないような…。観たあとに『あーおもしろかったな、楽しかったな』だけじゃない。自分ならどうする?って、問いかけられているような感覚になる映画ですね」。

■「純粋無垢な子どものセリフに、大人たちがグッとくる」

一方で、登場人物たちが一台のバンに乗り込み、赤ちゃんの養父母を求めて移動し続ける珍道中の様子は、まさにユーモラスなロードムービー。社会的なテーマを説教臭く描くのではなく、エンタテインメントとして見せる手腕も是枝作品ならではだ。

そのなかで、途中から旅に加わる少年ヘジンを「本作における、いわばムードメイカー的な存在」と絶賛する塚地。「あの少年の役回りは大きかったですね。純粋無垢な子どものセリフに、大人たちがグッとくるというのは、是枝作品らしいと思います」。

なんの計算もない、いかにも子どもらしいヘジンの言動は、結果として登場人物たちの本音を引き出していく、重要な役割を担っている。「歯に衣着せず、思ったことを全部口にしちゃうんです(笑)。ソヨンに『お姉ちゃん、好きだ!』みたいなこととか、『かわいいね』とか、サラッと言っちゃう。旅している最中の言い合いなどは、どれもこれも本当におもしろくて」。

■「IUは、スター性とか、彼女らしい品のよさを完全に消していた」

本作のヒロインとも言えるソヨン役を演じたイ・ジウンは、韓国では老若男女を問わず、絶大な知名度と人気を誇り、“国民の妹”、“K-POPクイーン”、“CM女王”など数々の異名を持つ。もともとIUのファンである塚地は、女優としての頭角を現したころから、本作における彼女の魅力を熱心に語る。

「彼女が2011年にドラマ初出演した『ドリームハイ』では、ちょっと肥えた特殊メイクもして(笑)。あとはやっぱりドラマ『マイ・ディア・ミスター~私のおじさん~』は大きかったですね。IUには華やかなイメージがありましたけど、暗い陰のある女の子役がハマっていて、こんな表現ができるんだなと驚きました」。

本作でのソヨン役は「さらにその魅力を強く感じさせるものだった」という。「スター性とか、彼女らしい品のよさを完全に消していて。染めているパサパサの髪など、メイクや衣装のスタイリングもありましたが、ちょっと荒んだ感じの女性の見た目が違和感ないというか。本当にそういう子に見えたのは、女優“イ・ジウン”としての、IUの演技力の賜物だと思いましたね」。

■「『いや、それやりすぎやろ!』を迷いなく見せるのが韓国コンテンツのおもしろさ」

先述したように、カンヌ国際映画祭での快挙など、世界から高い評価を獲得している本作。近年では『パラサイト 半地下の家族』が韓国映画初のアカデミー賞作品賞を受賞し、サバイバルドラマ「イカゲーム」が大ヒットするなど、世界を席巻しているといえる韓国コンテンツだが、その独自の魅力について、塚地は「おもしろいと思うものを、ドストレートにやる豪快な精神」にあるのではないかと分析する。

「K-POPとか音楽もおそらくそうだと思うんですが、ハリウッド映画や洋楽に対する憧れが相当強いと思うんですよ。それで『あれよかったな、やってみよう!』というまっすぐさがある。韓国ドラマを観ていても、『いや、それやりすぎやろ!』とか『むちゃくちゃなつじつまやな』みたいなツッコミどころが多々あるんですけど(笑)、それを『なにが間違ってるの?』っていう迫力とキャストの演技力で、迷いなく見せるのが韓国コンテンツのおもしろさですね。日本でもかつて劇的な急展開がある昼ドラや大映ドラマが人気でしたが、あのドロドロした感じの楽しさに通じる部分があるかもしれない」。

そんな塚地は、俳優としての評価も高く、多数の映画作品にも出演している。今後、是枝監督作品や、韓国作品への出演の意欲について尋ねてみると、「それは必ずみんな『出たい!』ってなるんじゃないですか(笑)」という答えが即座に返ってきた。

「是枝監督の繊細で、生きる強さを感じる作品にも出たいですし。韓国のドラマも映画も大好きなので、機会があるなら、本当に出たいですよね。日本人の役でもいいですけど。僕、俳優ではドラマの『賢い医師生活』や『ミセン-未生-』に出ているキム・デミョンさんの演技が好きなんですよ。恰幅がよろしくて、温かみのあるタイプの役者さんで、作品を見るたびにおもしろいなと思うので、そういった感じの役者さんになりたいですね。あと、監督で注目しているのは『マイ・ディア・ミスター~私のおじさん~』、『ミセン-未生-』、『シグナル』などのキム・ウォンソク。僕が好きなドラマをいつも演出されていて、自分のツボを捉えるんですよ。そういう人たちの作品にいつか出られたら、最高です!」。

■「“あるセリフ”を聞いた瞬間、グワッときちゃいました」

最後に、塚地が『ベイビー・ブローカー』で最も心を揺さぶられたシーンを明かしてくれた。本作では、是枝監督が韓国での取材の過程で出会った、養護施設出身の人たちの「自分は生まれてきてよかったのか?」という問いへのアンサーが描かれている。塚地が挙げたのは、そんな是枝監督の強い想いが込められた、あるシーンだ。

「サンヒョンやドンス、ソヨン、へジンが、寝ている赤ちゃんのそばで語らう場面です。そこで語られる“あるセリフ”を聞いた瞬間、すごく感動して、グワッときちゃいました…。いろんな作品に出てくる、ある種ありきたりなセリフでもあるんですけど、そこに至るまでの流れが、これまでに見たことがなかったような気がして。まっすぐな言葉を口にする時の恥ずかしさを、ちゃんと描きながら伝えているところが心憎い感じがしました」。

“あるセリフ”とは、どんな言葉なのか。その答えを探しに、ぜひ劇場へ足を運んでほしい。

取材・文/石塚圭子

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