ひきこもりのお子さんがいるご家庭の中には、親御さんの収入でひきこもりのお子さんの生活費も賄っているケースは珍しくありません。そのため、親御さんが仕事を辞めて収入が公的年金だけになった場合、今までと同じような生活を送ると、大きな赤字になってしまうこともあります。赤字縮小のためには生活費を見直すことが必要ですが、そのためにはお子さんの協力も欠かせません。そこで、まずはお子さんに家計の収入と支出の金額を伝えるところから始めてみましょう。

長男の「月3万円」のたばこ代が重荷に

 ひきこもりの長男(41)を持つ父親(69)と母親(67)が、今後の生活に不安を感じ、筆者に相談しに来ました。父親はひどく疲れている様子でした。

「今まで家族のためにアルバイトをしていましたが、体力の限界を感じ、近いうちに仕事を辞めようと思っています。そうなると収入は私たち両親の公的年金だけになり、家計は赤字になってしまいます。何かよい方法はありませんか」

 それに対し、筆者は次のように答えました。

「残念ながら、誰もが驚くような画期的な解決法というものはありません。方法としては、収入を増やす、支出を減らすといったものになります。どちらも難しいようであれば、貯蓄を取り崩していくことになります。お父さまはお仕事を辞められるようですが、お母さまはお仕事についてはどうお考えでしょうか」

 すると母親からは「仕事をすることは難しい」という返事がありました。さらに「できるだけ貯蓄は減らさないようにしたい」とのことだったので、支出を見直してみることにしました。

 まずは、どの程度赤字が出てしまいそうなのか。筆者は、今後の月々の収入と支出を伺いました。

■収入
父親 69歳 公的年金 月額 約12万5000円
母親 67歳 公的年金 月額 約5万円
ひきこもりの長男 41歳 無収入
収入合計 約17万5000円

■基本生活費
食費 10万円
水道光熱費 2万5000円
スマホ代およびプロバイダー代 2万3000円
日用品費および雑費 1万円
医療費 1万円
国民健康保険料 1万2000円(両親の年金収入のみで試算)
長男の国民年金保険料 1万6000円
新聞代 4000円
長男 たばこ代 3万円
父親 お小遣いおよび交際費 1万5000円
母親 お小遣いおよび交際費 1万円
支出合計 25万5000円

 1カ月の赤字は8万円。基本生活費だけで年間約100万円の赤字になることが分かりました。69歳男性の平均余命を試算すると17年です。仮に父親が17年後の86歳まで生き続け、今と同じような生活を続けた場合、8万円×12カ月×17年=1632万円の貯蓄を取り崩すことになります。

 他にも、家電の買い替えや急な入院費などで200万円は別途見積もっておく必要があります。その結果、父親が亡くなるまでに少なくとも1800万円は貯蓄を取り崩してしまうという見通しになりました。その金額を知り、両親はがくぜんとした表情になりました。両親の貯蓄額は約2000万円とのことで、貯蓄がほぼ残らなくなってしまうからです。

たばこをやめるよう長男に伝えたが…

 基本生活費の中で、筆者が一番気になったのは長男のたばこ代。たばこを吸うのが悪いとは言いませんが、収入に対してその金額が多いように感じたからです。

 母親によると、長男は毎日1箱以上吸っているそうです。長男は心療内科に通院しており、薬を飲んでいます。医師からは「薬が効き過ぎてしまうこともあるので、飲酒は控えるように」とアドバイスを受けているため、飲酒は一切していません。その反動なのか、たばこは毎日吸っています。

 長男は無職で収入がないので、日々のたばこ代は母親が渡しています。たばこ代を渡さないと長男は声を荒らげるので、仕方なくお金を渡しているとのことでした。母親は長男の健康を心配し「もう少したばこを控えたらどうか」とアドバイスをするものの、長男は全く聞き入れてくれないそうです。

 念のため筆者は母親に聞いてみました。

「私(筆者)はたばこを吸わないのであまりよく分かりませんが、最近では電子たばこに切り替えるケースもあるようです。電子たばこにすることで、年間費用も従来の紙巻きたばこより抑えられるようです。本当なら、禁煙外来でたばこを徐々に減らしたり、吸うのをやめたりできればよいのですが。その辺はどうなのでしょうか」

 すると母親はさらに厳しい表情になりました。

「長男は何かを変えるといったことを嫌がる性格のようで、従来の紙巻きたばこの方がよいみたいです。また、禁煙することも拒否しています」

 母親の話を聞く限り、長男にたばこ代の節約を求めることは難しそうです。それでも、今まで通りの生活を続けてしまったら、両親が亡くなる前に貯蓄がほぼ底を突いてしまいます。そこで、筆者は次のような提案をしてみました。

・まずは長男にこれからの家計収支を伝える
・長男にも可能な限り、節約するようにお願いしてみる
・長男が節約を拒否するようであれば、両親の支出を見直す

「仮に息子さんのたばこ代が見直せないとなると、次はご両親の支出を見直すことになります。かなり痛みを伴ってしまいますが、具体的にはご両親の交際費やお小遣いなども見直すということです。また、息子さんの国民年金保険料は免除制度を利用することも検討しなければならないでしょう。本当なら免除にするのではなく、たばこ代の方を見直せるとよいのですが…」

 それを聞いた両親は、がっくりと肩を落としました。

「やはりそこも見直さないといけませんか…」

 父親はそうつぶやきました。

「いずれにせよ、今のような生活を続けることはあまり現実的ではありません。私(筆者)の方で、息子さんにも見てもらう資料を作成しますので、本人とよく話し合ってみてください」

はい。そうしてみます…」

 母親は力なくそう答えました。

 後日、母親から筆者に連絡がありました。母親によると、長男に今後の家計収支を伝えましたが、あまり理解を示してくれなかったそうです。長男はたばこの本数を減らすこともなく、毎日のように吸っています。一方で、長男は国民年金保険料の免除を申請することには同意してくれました。「当面は両親のお小遣いや食費を減らし、新聞購読をやめるといったところから節約することで赤字を減らしていく」といった結論になったそうです。

「息子だけに節約を強いても本人は納得しませんので、まずは私たち親の分から節約をしようと決めました。それでも家計が赤字になるようでしたら、もう一度息子を説得してみるつもりです」

 母親からの報告を聞いた筆者は、心が重くなっていくのを感じました。

社会保険労務士・ファイナンシャルプランナー 浜田裕也

ひきこもりの長男は、たばこを1日1箱以上吸う