2022年4月10日から開催された、タクティカルFPS『VALORANT』の世界大会『Champions Tour 2022: Stage 1 Masters – Reykjavík』。そこへで日本代表として出場したZETA DIVISIONは世界3位というeスポーツ史に残る偉業を成し遂げ、Twitterでも「#ZETAWIN」がトレンド1位となるなど大きな話題となった。

 しかし、「世界3位」という結果ばかり独り歩きし、どのようにしてZETA DIVISIONがそこに至ったのか、なにが勝因で、誰が重要だったのか、そうした内実はあまり鑑みられなかった。そこで今回、同大会にて解説を務め、ほか他にも数々のキャスターとしての実績のあるyukishiro氏に、放送では話しきれなかった「#ZETAWIN の正体」について質問。後編では、ZETA DIVISIONの快挙の要因について、具体的な例を交えながら解説してもらった。(Jini)

参考:ゲームキャスター・yukishiroが、14年間シーン見つめ続けた末の悲願 『VALORANT』の快挙を振り返る【前編】

■ZETA DIVISIONの強みは“引き出しの広さ”

――では今回の本題でもある「ZETA DIVISIONがなぜ世界3位にまで勝ち残れたか」という疑問なのですが、やはりZETAはそうしたチームとしての強さで勝てたのでしょうか。

yukishiro:ZETA DIVISIONの強みは戦略の多様さ、要は“引き出しの広さ”ですかね。多くの守り方、攻め方を熟知した上で、それぞれを完璧にこなせるように練習をしたことだと僕は思っています。たとえば、攻め側の定番戦略の一つに「ラッシュ」というものがあります。マップの特定の地点に素早く攻めこんで制圧する戦略ですが、あまりに有名なので対策も多くあります。ZETAの場合、そうした「対策」に対する「対策」が徹底しているように思います。「相手はこういう構成だから、相手がこのアビリティを使ったらあそこから狙撃してくるよ」といった予測をちゃんとして、それを迎え撃つような対策。

――ただ単にたくさん作戦を作っておくだけでなく、その作戦への対策にまで答えを用意しておくと。

yukishiro:特にZETA DIVISIONの印象的な部分は、とにかく地力が強いということ。このゲームには「エリアコントロール」といって、自分たちがマップ上でどれだけ安全な場所を確保できているかという概念がありますが、ZETAはエリアコントロールの取り方が本当に徹底していました。それは事前に用意した戦略がうまく機能しているだけでなく、その戦略を実際にチームが実行できるだけの地力がある証拠でもあります。

――事前に用意した作戦と、実戦における地力はどう違うものなんでしょうか?

yukishiro:地力というと、自分たちが用意した作戦が通らなかった時に、じゃあ次はどんな手を打とうかと即座に考えて判断できる能力ですね。たとえば、MastersにおけるZETA DIVISIONの初陣となるDRX戦ですが、ここでZETAは惨敗してしまいましたよね。この試合におけるDRXはまるで軍隊のように完璧に作戦を実行してみせました。いつ、誰が、どのタイミングで、なんのアビリティを使い、この時間には設置して、仲間はその間どこでカバーするのか、その順番まで全部決めて事前に練習していたと思います。だからこそ、ZETAは手も足も出ずに負けてしまいました。ただ言い換えれば、そこでDRXは自分の手札をかなり見せてしまったんです。

――ZETA DIVISIONは一週間後のLower Bracket Round 2で再びDRXと対戦し、勝利しました。あの惨敗から1週間でリベンジ達成という、非常にドラマチックな展開でしたが、これにも理由があると。

yukishiro:たとえば、DRXが得意とする戦術に「VS設置」というものがあります。これは「アイスボックス」というマップで、マップの中央からエージェント「セージ」が壁を作って陣形を分断し、その間に最速でエージェント「ジェット」がBに設置するというもの。ZETA DIVISIONは初戦、このDRXの見事な「VS設置」を前に敗北してしまいました。言い換えれば、「VS設置」は中央から攻める意外性を活かした奇襲であって、次にZETAがリベンジをした時には、最初から中央に守りを意識しつつ、既にセージが壁を作った時点で「VS設置」を予見して迎撃してみせました。DRXの作戦が見事なものでも、ZETAはチーム間での対策とコミュニケーションをしっかりした上で修正できた。ZETAの地力の高さをうかがえる例の一つですね。

――裏をかいた「VS設置」に対して、そもそも裏を潰してるってことですよね。ここにちゃんと置いておくという。

yukishiro:そうです。DRX側の視点で考えたとき、「VS設置」を潰されたときに別の一手は何なのかっていう、引き出しをたくさん用意しておくことが望ましいんですが、どうしても戦術には限りがありますし、それがなくなった時はアドリブ、いわば「地力」が問われる。その時、僕も直接DRXのプレイヤーに聞いたわけではないですが、ZETAが対応していく中でDRXはどうしても初戦ほどの完成された動きができず、迷いを見せた瞬間があったように思います。

――なるほど、実際にチームの「地力」とは、選手個人のものでしょうか、それともチーム全体での練習で培われるものでしょうか。

yukishiro:どちらも重要ですね。各プレイヤーの能力もさることながら、プレイヤー同士での連携、コミュニケーションも重要になります。仮に安定して戦える戦略があったとしても、もちろん弱点、突破口は必ずあるわけですよ。たとえば、ZETA DIVISIONが手堅く攻める時、よくチームで広く展開して相手の出方をうかがうような動きをします。ですが、それに対して守り側が一点集中で3人ほど逆に仕掛けられると、かなり苦しくなる。

――実際、ZETAのライバルチームはそういう動きをしましたよね。

yukishiro:そんな時、ZETAのプレイヤーはここに3人集まっているから、ほかは手薄だよと素早く連携して逆に攻めるような判断ができていたり。あるいは3人に追い込まれた1人のプレイヤーが、その状態でも1人は持っていくという、ここぞという場面の撃ち合いの強さもやっぱり光りましたよね。ラウンドを連続して落としてしまった時でも、コーチとタイムアウトを取って戦略を切り替え、すぐにラウンドを取り返し始めるというシーンもよく見られました。

ルーキーの個性とベテランのフォローが際立った新生ZETA DIVISION

――TENNN選手もラストワンで持っていくシーンが目立ちましたよね。ほかにもSugarZ3ro選手、Dep選手の3人は、ZETA DIVISIONの新人として強烈な活躍を見せました。彼らの活躍をどう見ていますか?

yukishiro:もちろんチーム全員が活躍しているので特にこれとは言いづらいんですが、強いて言えば、彼らを含めて各選手の個性を尊重するようにチーム全体が動けていたと思います。

――個性とチームプレイという、一般的には矛盾しそうなことがZETAの中では両立しうると。

yukishiro:たとえばSugarZ3ro選手でいうと、今回の大会では弱体化を受けてほかチームがあまり使わなくなったエージェント「アストラ」をよく使いました。アストラは素早くスターを設置し、それぞれ適切に使い分ける必要があり、特に操作量が多いエージェントとして知られています。そんなエージェントを恐らく日本国内で一番得意とするSugarZ3ro選手ですから、仮に弱かったとしても彼にアストラを使わせたチームの判断はまさに個性の尊重だと思います。実際、Paper Rex戦の「スプリット」では相手の逃げる先を予測して「グラビティウェル」を使って逃げ道を封じる、SugarZ3ro選手の操作だからこそできる作戦を成功させていました。ほかには、TENNN選手がエージェント「レイズ」の機動力を活かしてキルを取りに行ったり、あるいは「ジェット」使いとして有名なDep選手は実はとても器用なプレイヤーで、(ジェットと対照的な)「セージ」や「ヴァイパー」を使ってマップをコントロールしたりと、各選手の強みをチームが信頼し、うまく尊重した上で勝利を収めたシーンはよく見られたと思います。

――一方でLaz選手、crow選手といった、これまでAbsoluteの時代からシーンを支えてきた2人のプレイヤーはどうでしょうか。

yukishiro:Laz選手といえば「ヴァイパー」のような守りが得意なエージェントを得意とする一方、「チェンバー」のような攻撃的なプレイでチームを支えましたよね。crow選手は一貫してサポート役としてチームの要になっていました。ただ、あくまで僕の予想ですが、この2人は大会経験も豊富なベテランなので、試合中のみならず試合前や後における味方へのアドバイスも大きかったのではないかと思います。特にキャプテンであるLaz選手は、特に3人がいきいきと戦えるようにフォローしつつ、しっかりまとめ上げていたのかなと。

――ここまで新生ZETA DIVISIONの魅力や強さについて解説いただきましたが、yukishiroさんが特に印象に残った試合などありますか?

yukishiro:新生ZETA DIVISIONの強さが特に印象的だったシーンは2つあると思います。1つはDRXとのリベンジマッチとなったLower Bracket、特に「アイスボックス」でSugarZ3ro選手とcrow選手が連携しながらDRXのAへの設置を2連続で止めた時です。この時、2人の「ショックダーツ」と「スネークバイト」というアビリティだけで設置を防いだんですよ。撃ち合いになる前にアビリティで有利を取る理想的な展開を、2人の的確な連携で実現できた。これは一朝一夕では実現できないことで、新生ZETAの強さが出た瞬間だなと記憶してます。

――敗北の記憶を一瞬で吹き飛ばすような、きれいな勝ち方でしたよね。yukishiroさんの言う「撃ち合わずに勝つ」という。

yukishiro:もう1つ、Group AにおけるNinjas in Pyjamas戦の「フラクチャー」での逆転。NiPが先に12ラウンドを取って王手をかけた時、ZETAはまだ8ラウンドしか取れておらず、あと1ラウンドを落とすだけで日本敗退という絶望的な状況かつ、Laz選手とcrow選手が早々に落とされてしまい、新人3人を残して相手が4人生き残っているという瞬間です。それでも3人が徹底した射線とアビリティの連携によってNiPのプレイヤーを1人、また1人と削って逆転したラウンドですね。そしてZETAがついに勝ったという。

――いやもう、言葉が出なかったですよ。誰もが敗北の2文字を覚悟した瞬間に、あんな逆転を見せられたら。

yukishiro:攻撃側なのに人数不利、しかもスパイク(爆弾)の設置すらできていなかった。応援している僕ですら「これはキツいな」と思っちゃうシーンでした。でも、そこを新しいメンバー3人は落ち着いて的確なプレイで逆転できた。ここに限らず、ZETAはいくつも敗北しそうになった瞬間はありますが、そういう時にひっくり返せたのはやはりこの3人の力が大きかったんですよね。

――まさにチームで個性を尊重した結果の勝利なわけですね。ただ、ちょっと性格の悪い質問ですが、これほど強いZETAでも最後、北米のOpTic Gamingには惜しくも敗れてしまったわけですよね。それはZETAのなにが課題だったのか、あるいはOpTicのなにがZETAを上回ったのでしょうか。

yukishiro:意地悪ですね(笑)。すでにOpTicの選手が話されていることかもしれませんが、OpTicのZETAへの対策が徹底していたことが勝因だと思います。

――対策、ですか。

yukishiro:特にOpTicのIGL(※)であるFNS選手が、柔軟な発想から大胆な作戦を通してくるんですよね。日本ではあまり見ない、リスクのある動きを積極的に行い、それを通すことがOpTicの強みだと思います。たとえば、これはマップ「フラクチャー」で顕著でしたが、ZETAは攻める時も時間を使ってじっくり攻める動きを見せますが、そのなかでOpTicでトップレベルに撃ち合いが強いyay選手が一人で中央を詰めて、「相手はもうここを攻めてこないよ」という情報を手に入れて有利に立つシーンが度々ありました。やはりここまでZETAの試合をしっかり研究して、この時間にここから攻めるという戦術をしっかり読んだ上での動きですよね。

 それと、OpTicのMarved選手が終盤で「ジャッジ」という近距離に特化した武器を使って、「ここでジャッジ?」と観客を驚かせたものの、実際にZETAの動きに見事に刺さったんですよね。これもZETAの動きを警戒しつつ、自分たちの戦い方を見せたOpTicが上回った印象です。実際ここまでZETAは敗者復活戦(Lower bracket)を含め多くの試合をこなし、その中で多くの情報を出してしまうのは仕方なかったといえ、そこを読んで対策してきたOpTicは強いなと僕も思いました。

※:IGL=In Game Leader。作戦の指示を主にこなす。

――対策もさることながら、その対策となる戦術を立案するFNS選手、また実行できるyay選手やMarved選手らの能力、そしてチームの連携と尊重ですよね。まさにチームの地力がOpTicも素晴らしかったと。

yukishiro:魅せられましたねぇ。本当にあの試合はOpTicの強さが表れていました。

■進化し続ける『VALORANT』のプロシーン

――優勝チームこそ北米のOpTicでしたが、決勝戦まで登り詰めたブラジルのLOUDや、奇想天外な戦い方で勝ち上がったシンガポールPaper Rexなど、今年はZETAのほかにも新しいチームの台頭が目立ったように思います。元々『VALORANT』を含むFPSは、アメリカかEU、ロシア辺りの活躍が印象深いですが、なぜ彼らは頭角を表せたのでしょうか。

yukishiro:おっしゃるように、本当にどの地域もレベルアップしたなと思います。ここで『VALORANT』の国際大会の歴史を振り返ると、最初に開催された『VCT 2021: Stage 2』では北米のSentinelsが自分たちのフィジカルを活かしたアグレッシブなプレイで優勝しました。次の『VCT 2021: Stage 3』ではEMEA地域(でロシアに拠点を置く)Gambit Esportsがアビリティを的確に使った圧倒的なエリアコントロール、つまり戦術的な力で優勝したわけです。こうした大会を研究し、「こういう戦い方があるんだ」と強豪チームの戦略を各地域のチームが取り入れながらレベルアップした結果、今回の大会では大混戦になったと思います。

――2021年に世界大会が始まったばかりの新しいゲームだからこそ、選手の進化もすさまじいわけですね。

yukishiro:たとえば、今大会では優勝候補とも考えられた北米のThe GuardがPaper Rexに負けてしまって「ジャイアントキリングだ!」と盛り上がったわけですが、そのThe Guardも誕生して半年で北米優勝した新生チームなんですよ。

――ジャイアントキラージャイアントキリングされたと。

yukishiro:ただ、The Guardもインタビューでも話していましたが、チームの天才的なエースプレイヤーのtrentは、いつも音楽を聴きながらゲームをプレイしていた。ただMastersでは音楽を聴く行為が禁止されてしまったので、いつもの調子で戦えていなかったんですよね。

――普通は想定されてませんからね(笑) 音が重要なゲームで、わざわざ音楽をかけるなんて。

yukishiro:こういう国際大会だからこそ、最終的には経験値がモノを言ったのか、同じメンバーで活動してきたOpTicが勝ちはしましたけれども、それは全体のレベルが上がっているからこその結果だとやっぱり思うんですよね。Paper Rexはちょっと特殊だなと思いますけど。

――Paper Rexはすごく前のめりな戦い方でファンを盛り上げましたよね。

yukishiro:これは『VALORANT』がわかる方にお話するんですが、「ブリーズ」というマップでスリーデュエリストなんて構成で、しかも「フェニックス」を出してるんですよ。「フェニックス」は大会での使用率が0%に近いのに(笑)。

――普通はフェニックス、というかデュエリストをそこまで使うマップではないんですよね。

yukishiro:ブリーズと言ったらコントローラー、特に「ヴァイパー」が鉄板でしょう。なのにヴァイパーは出さない。「おいおいどうなってるんだ」みたいな(笑)。でも、そういう思い切った構成で勝ってる。なんなら、世界的にはむしろデュエリストを減らしていこう、いっそノーデュエリストで良いんじゃないかなんて議論がある中で、Paper Rexはデュエリストを多く採用していくという独特なスタイルなんですけど、彼らは自分たちのインタビューで「これは自分たちだからこそやってる」と自信満々に答えていて。

――まぁ、本人がそういうなら、みたいな感じではありますけど(笑)。

yukishiro:良い意味でスタイルウォーズなんですよね。このスタイルウォーズになっていくなかで、各国のメタや強い部分を取り入れたり対策していくという、試合の内外での戦いもあって。だからこそ、今回は全体的にレベルアップがなされてるんだなと感じました。

――ZETAがまさにそうでした。同じチームでもメンバーが入れ替わっていたりしますよね。

yukishiro:ブラジルのLOUDもsaadhakとSacyはもともと同じチームだったけど他は新しいメンバーですし、NIPもxandを中心として構成されている新しいチームなんですよね。今年一発目のMastersで、これだけ新しいチームが出て本当によかったと思いますよ。世界中のチームにチャンスがあるんだよという。

――そうなると今年のChampions(年末に開催される最大の世界大会)も面白くなりそうですよね。

yukishiro:むしろ7月に開かれる「Stage 2 Masters」から注目したいですよね。今回のStage 1 Mastersは昨年のChampionsから4か月後に開催されていて、新興チームや再構成されたチームが活躍しましたよね。言い換えれば、「まだ新生チームだからね」と言えたのは前回までで、3か月の練習期間を挟んだ次のMasters 2からはチームの真価が問われます。

――たしかにそれはアツい! ZETAがさらに刃を研いでいるかもしれないし、一方で王政復古を目指すNAやEUの強豪たちが仕上がってくるかもしれないし、予想もつかない新興チームが台頭するかもしれない。

yukishiro:もちろん、まず国内大会の「Stage2 Challengers Japan」も楽しいですよ。まだこのインタビューを受けてる段階ではプレイオフも始まっていませんが、世界大会で3位という結果を残したZETA DIVISIONはいろいろなチームに注目されるし、その分対策されやすくなったり、プレッシャーもあるでしょう。ライバルにとっても刺激をもらえたからより強くなっていくわけじゃないですか。だからこそZETAが今回も勝ち上がるかどうかもわからないですし。それらを含めて、まずは国内が面白いですよね。

――さらに決勝戦(Playoff)はさいたまスーパーアリーナで開かれることになりました。このニュースを聞いてどう思いました?

yukishiro:僕もびっくりしましたよね。オフラインだったら嬉しいな、というくらいだったのに、場所がさいたまスーパーアリーナって……「え? どうなっちゃうの?」みたいな(笑)。

――そのあとに待ち受ける『Masters』では、yukishiroさんの解説も聞き逃せませんね。

yukishiro:プレッシャーだなぁ……(笑)。

(取材・文=ジニ(Jini))

(メイン画像=Getty Imagesより)