この世は辛いことばかり。金がなければ、サラリーマン生活も楽じゃない。この世がダメなら、せめて来世でも‥‥現実逃避としての「死後の世界」が再びクローズアップされている。

 大ヒットマンガ「鬼滅の刃」で表現された「輪廻転生」の思想をベースにしたストーリーが、多くの読者から支持を得たのは記憶に新しい。作家で宗教学者の島田裕巳氏はこう話す。

「昔は現世の暮らしが厳しかったので、人々は、来世は何とか幸せな所に生まれ変わりたいという希望を持った。だからどこの宗教でも、天国や極楽浄土、あるいは逆に地獄などを説いたわけです」

 実際、世界の主な宗教は、死んだらどうなるかについて、独自の考え方を説いてきた。島田氏の解説をもとに、各宗教が「死後の世界」をどう考えているのか紹介しよう。

■仏教

 紀元前後に発祥の地・インドから中国に伝わり、そこで生み出されたのが浄土教思想である。

 浄土教思想では、阿弥陀仏の住む浄土に生まれ変わることが第一の目標に設定され、その手段となったのが「念仏」である。

 日本に仏教が入ってきたのは6世紀のこと。平安時代末期になると、念仏を唱えさえすれば極楽往生を果たせるということで、庶民の間でも大いに流行することになる。この流行に大きな役割を果たした僧・源信の著書「往生要集」で最初に描かれているのは極楽浄土の姿ではなく、現世において罪を犯した人間が落とされる地獄の様子である。

 地獄には「八大地獄」という八つの種類がある。例えば、八つのうち一番下にある阿鼻地獄は無間地獄とも呼ばれる。無間とは絶え間のないことで、そこでの責め苦は永遠に続く。無間地獄に落とされた亡者は、舌を抜かれた上に、百本の釘を打たれ、熱い鉄の山を上り下りさせられる。

 これによって、恐ろしい地獄に落とされたくなければ、しっかりとした信仰を持ち、念仏を繰り返し唱え、極楽浄土への往生を目指すことが欠かせないという死生観が根づいていくこととなった。

キリスト教

 最大宗派であるカトリックの教会においては、「七つの秘跡」と呼ばれる儀式が制定されている。この制度が確立されることによって、秘跡に預かることができなければ救われないということになった。

 誕生した時に洗礼を受けなければ本当に人として生まれたことにならず、結婚も教会で挙げなければ正式なものとは見なされない。そして、死ぬ時に油を塗ってもらう「終油の秘跡」を受けなければ罪深いまま亡くなり、地獄に落とされることになると信じられたのである。

 地獄については、旧約聖書にも新約聖書にも記述されているが、それに具体的なイメージを与えることに大きく寄与したのが、13~14世紀にかけてのイタリアの詩人で政治家でもあったダンテの「神曲」である。

 興味深いのは「神曲」に示された地獄が九つの圏からなっていて、下の圏に行けば行くほど、罪が重くなるとされている点である。最下層の第九圏は「裏切り者の地獄」と呼ばれている。最も重い罪である裏切りを犯した者は、そこで永遠に氷漬けにされてしまうのだ。

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